第240話 「颯憂鬱」
「……俺も飛び級がしたい」
新2年生向けのガイダンスが行われている中、早くも音を上げ始めた1人の少年が居た。
名前は善機寺颯と言う。表情はあくまでも無であり、感情を表に出すことはないが、声からは先程の、主を敵とする者全員に宣戦布告をした人のものではなかった。
主である御雷氷ゼクスが、留年だったとしたら。自分も1年待つことによってある意味では颯の願望は果たされる。
が、それはまさかの飛び級によって不可能になってしまった。
「情けない声を出さないでよ、颯君」
「月姫詠。……残念ながら、今の俺には元気が無い」
「見ていたらわかるよ」
斬灯はため息をつくと、「本当にゼクス君狂なんだから」と呆れた顔で颯を見つめる。
彼女から見る颯の目には、こちらを向かれていても何もうつっていないように感じられた。自分の事も、飽くまでも御雷氷ゼクスの――という扱いになっている。
それに例外があることもあるのだろうが……斬灯は、自分がその「例外」に分類されていないことを感じ取れていた。
「だいたい、何人くらいが来ると思う?」
「100は下らないだろうな、と。凡人が束になろうとも関係ないが」
ということで、申請をしてくると颯は立ち上がる。
【八顕】善機寺家の息子が部屋から出たところで、誰も咎める人は居なかった。
斬灯は、その姿を目で追いつつ明日はどうなるんだろうと考える。
自分たちは味方をしたくても出来ないだろう。だからこそ、多くても味方はファルクシオンの3人組を合わせても、たった5人。
多勢に無勢というのがあるのならば、今の彼らはそれに匹敵するのではないかと。
「心配ね。……雪璃ちゃん、心配だったら加わってもいいと思うのだけれど?」
「ううん。私は、2人を信じてるから」
雪璃の言葉に、斬灯は「なにを……」と言いかけてすぐに理解する。
目の前の少女がある意味では恋敵、ということに未だ気づいていない斬灯はふふふと雪璃に笑いかけた。
「貴方を見なおさなきゃ」
「……ありがとう」
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「……ネクサスたちって、俺と同い年だっけ?」
「そうだけど、まあ【ATraIoEs】とここはレベルが違うわけだから妥当じゃないかな」
俺……御雷氷ゼクスは留学してきたと主張するネクサスを見つめていた。
そういえば詳しく聞いていなかったような気がする。言われていたとしても覚えていない。
それよりも……だ。
「その方たちは?」
「紹介するよ。こっちがミオ・ミスティス、婚約者だ」
俺と古都音に向かって、ネクサスに紹介され「よろしくお願いします」と頭を下げる青みの掛かった銀髪の美少女……ミオは精錬された動きで表情を動かす。
……多分、少々古都音とキャラがかぶっている気がする。
「で、こっちも婚約者であるミュラク・アルクドレイクル。二人共、一応護衛を兼任してもらっているんだ」
次は赤髪の少女。こちらの方がどこか筋肉質な雰囲気だ。
良く言えば健康的、悪く言えば……脳筋っぽさを感じられる。
赤髪の少女は「よろしく」と、その風貌からは感じられないほどかわいい声が聞こえて、俺は少々ドギマギしてしまう。
古都音への気持ちは揺るぐことが一切ないと確信できるが……なんというか、もし古都音に出会っていなかったらと考えてしまう自分も居ただろう。
最近、少々目移りし過ぎな気もする。5年間、冷撫しか親しい女性が居なかったということもあるし、その冷撫だって元々からアマツの婚約者だ。
……婚約者であるというのなら、目の前の2人だってそうなんだろうけれど。
「……もしかして、ロスケイディアって一夫多妻可能なのか」
「そうだけど? まあ、可能だからといって実現させる人間は極々限られているよねという話でしかない」
なんでもないことのようにサラッと言って、ネクサスは悪戯っ子っぽい笑いを見せると俺に手を差し出した。
「また、よろしく」
「……ああ、宜しくな」
次回更新は今日です




