第236話 「斬灯襲来 上」
「やっほー、ゼクス君」
2月中旬であるこの日も、俺は鍛錬に費やしていた。そもそも、それ以外にすることが無いというのが現実だ。
やりたいこと、が現在ない今。実家から出ることも4月までは許されていない現状、出来ることといえば極々限られてくるものだといえよう。
俺はそれでも問題はないのだが、両親は気になるらしく日々話し合っていることを知っていた。
俺のことをそう考えてくれるのは有り難いが……。
来年度からどうなるのかも通知が来ていない今、それは何か変わることなのかと問われれば俺は口を噤んでしまうだろう。
そんないつもと変わらない生活の中、このバレンタインデーという日に斬灯が満面の笑顔で夜にやってきた。
「こんばんは、ゼクス君」
母さんに呼ばれ、慌てて玄関に向かった俺を出迎えたのは斬灯の声であった。雰囲気を変えたのか、今日は黒いワンピースを着てやってきている。
「こんばんは、斬灯。今日は何の用事で?」
「えへへ、添い寝しにきた!」
子供のように笑いながら核爆弾並の発言をした斬灯に対し、俺は空を仰ぎ見、母さんはブッと吹き出す。
それもそうだ。俺には少なくとも終夜古都音という彼女がいて、それは斬灯自身も良く分かっていることなのだろう。
「……古都音の許可は取ってきたのか?」
「ええ」
自信満々に胸を張る少女に対し、俺は黙って即古都音に電話を掛けた。古都音、少々優しすぎないだろうか。
俺の事を信じてくれているというのなら有り難いが、そういうのは……困る。
何より、古都音の事を考えるとかではなく俺が困る。
『はい。……ゼクス君からお電話なんて珍しいですね』
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許可、とってた。
俺は唖然としながら斬灯の方を向き、頭をガシガシと掻いてどうしようかと頭を悩ませる。
許可する古都音の考えもよくわからないし、彼女がいる男にこうやって言い寄ってくる女性の気持ちもよく分からない、というのが本音である。
……この人は何を考えているんだろうな。
「えへへ、夢が一つかなったよ」
「…………」
少女のボヤキには何も言わずに、部屋へ上がり込んできた斬灯を見つめた。
心なしか、その目に迷いが感じられる。
最後に、家族以外の女性に会ったのはクリスマスのあの日以来だろうか。いや、終夜巫さんや、奏魅さんには何度か今後のことで話があったものの、同年代の女子は今回が今年に入って初めてだ。
御氷家の新年祭? には、俺はもちろん呼ばれなかったし。
「超絶美少女が部屋の中に入ってきて、反応がうすすぎない?」
「……自分のことをそういう時点でマイナス点」
「はいはい。冗談だって分かってるくせに」
頬を膨らませてベッドに座った少女は、俺をじっと3秒ほど見つめてから、突然うつむいた。
そもそも、この状況を俺はどうすればいいんだろうか。
斬灯に対して、客人としてしっかりともてなすべきなのか、それとも邪険に扱うべきなのか。
……まあ、邪険には出来ないわな。
「どうした? そんな顔をして」
「……私は、ゼクスくんのことが好きです」
語りだした少女に、俺はゆっくりと耳を傾けた。
斬灯から発せられる、俺への好意というのは古都音が俺に向けるものとはまた違うものがある。
古都音から発せられる俺への好意は、なんというか慈愛に満ちているものだ。飽くまでも俺を気遣いつつ愛情を伝える、どう言えば良いのかな、将来を見据えた上での抱擁力の塊のようなイメージである。
しかし、目の前の少女から発せられるのは違う。愛情というより、飽くまでも友人からの延長にすぎないようなものを感じる。決してこれからの将来を考えていない、若者の恋慕のような……って。
俺、少々悟りすぎているのかもしれないな。
「……おう」
「でも、最近は……少し悩んでる。他にも好きな人ができちゃったかもしれないの」
……んんー?
多感な時期だからか? それは直接的には俺に関係なさそうな話ではあるが。
……俺にわざわざ言うってことは、こちらに対して少なくとも少々は関係のある話なのだろうと考えられる。
「詳しい話をする前に、まず添い寝してあげる!」
「……はいはい」
寄り添ってベッドに寝て、直ぐにわかるのがやはり斬灯は小さいということであった。
古都音はまだ許容範囲というか、視線を合わせるのは簡単。だけれど斬灯は……うーむ。
ワンピースのままで寝るのか。
「古都音さんとは、こういうことしてるの?」
「してないと思うか?」
「……思わないね。ゼクス君って外と内では性格が変わるタイプでしょう?」
それは間違っていないが、……俺は。
斬灯や古都音たちのように、表裏なく日常を過ごす事ができない。
プライベートくらいは肩の力を抜きたいし、態度も変わる。
「そうだが?」
「それでいいと思うよ、私は。変にプライベートも気張ってるよりは、ずっと良いと思う」
「斬灯はどうなんだ?」
俺の質問返しに、斬灯は「私はねー」と答えかけてから、一度言葉を詰まらせる。
目が一瞬だけ揺れて、斬灯は不安そうに自分の右手を見つめた。
「そういえば、あまり肩の息を抜いたこと……ないかな。今とかは抜けるんだけれど、やっぱり難しいね」
「今?」
「うん。ゼクス君と一緒にいると、安心する」
じゃれつくように俺の左手へ飛びついた少女は、「そうそうこれこれ」と、頬ずりし始めた。
「ゼクス君強いもん、ね」
「それはあまり関係がなさそう」
「そうかな。私は関係おおありだと思うよ。直接的に、相手へ影響を及ぼせる顕現特性ってやっぱり強いと思うんだ」
確かに【拒絶】・【拘束】とかは直接だし、【書換】もおそらくは直接的に出来るものだと思う。
唯一無二の特性だとは考えているが、やはり身体への負担が怖くて思い通りに扱えないというのもあるな。
上限がわからないと、上限を超えてしまった時に反射ダメージがどうなるかわからないから。
「……俺は強くないよ」
「またそんなこと言って。……5年前に決意しても出来なかったことを、自分も相手も成長はしているはずなのに完遂できたんだよ」
元からゼクス君は才能がないわけじゃなかったんだ、と。
ただ、それの開花が遅れていただけなんだ……と。
斬灯は俺を元気づけてくれる。
「……ありがとな、斬灯」
「ううん。……でね」
話を戻すらしい。
「他に好きな人できちゃったみたいなんだ」
「はい」
「……これを言ったら、ゼクス君はとても困ると思う」
なら言わないで欲しい、というのは無理だろうな。
俺は問題無い、と首を振って先に促す。
「……颯くん」
「あー……。えぇ?」
嗚呼、それは困る。
俺は雪璃が最近、颯のことを気になり始めていることを知っている。颯も気づいているのか気づいていないのか、古都音に指摘してもらうように言ったところまんざらでもないらしく、新年は2人で初詣に行っていたらしいし。
颯も、「従兄弟なら結婚は可能だな」とかなんとか。彼のことだから自分のしたくないことは断固として断るだろうし、今雪璃と一緒にいるということはそれが彼のしたいことだからだろう。
しかし、……ここに斬灯が入ると事情が違ってくる。
そもそも斬灯は【八顕】の次代最候補だろう。
将来のことを考えているのか考えていないのか、俺の知る範疇ではないが将来まで考えているのなら俺のような「例外」が出来てしまうし、学園生活でだけの恋人関係というのなら雪璃が対抗する。
2人が対立しあって颯が嫌になればすべてがパーである。
「……斬灯と颯は良い友人だと聞いたが」
「そうだったはず、なんだけれど」
「俺は人の関係にあーだこーだ言うほどの権利はないぞ。自由にすればいい」
投槍な態度のようにも取られるが、どうしようもない。
これは、斬灯の問題だ……。
次回でこの章は終了です。
来週からは第2部新年度をお届けします。




