第233話 「峻別」
2016.07.17 1話め
今日は泊まっていくように言われ、おとなしくそれに従う。
とは言っても、夜にはまだ早いとも言える。
午後3時。ここに到着したのが正午であるからにして、正直早くつきすぎた。
だからといって、街に出たところで1人で徘徊するのも気が引ける。
夜と判断するには早過ぎる時間ではあるが、出かけるのには少々遅い時間のようにも思われた。
悩んでいると、その辺に放っておいた携帯端末から着信音が鳴り響いた。
取って、画面を確認する。
「……月姫詠か」
彼女にも、今日学園にいないことを伝えたはずなんだが、何故通話がかかってくるのだろう?
俺は首をひねりながら、とりあえず出ることにした。
何か非常事態が起こったのかもしれない、という考えは彼女の声ですぐに打ち砕かれたが。
『こんにちは、颯君っ』
「声が弾んでいるのはどういう?」
何か、嫌な予感を覚えて俺は顔をしかめる。もちろん相手にそれが伝わることもなく、月姫詠斬灯は俺の話を無視して自分の話を推し進める。
『今、暇かなって思ってっ』
「……実にいい勘をしているな。そのとおりだ」
『私も今日学園を離れているのだけれど、この後会わない? 遊びに行きたいなって』
丁度良い誘いである。俺は問題なく承諾の返答を返し、待ち合わせ場所を聞いた。
「何処で待てばいい?」
「この前と同じで。私から行くよ」
礼を言って、俺は電話を切った。
本当はこちらから出向くべきなんだろうが、相手が何処にいるのかわからない以上こちらから何かする必要は余り感じられない。
【三貴神】関係のものならば、こちらが知る必要もないだろう。
俺が当代になってから知るべきものだ。ゼクスは【三貴神】に気に入られているか、特別扱いされているか……。
……ファルクシオン家との繋がりの一つでもあるから、特別扱いされるのは当たり前か。
ゼクスは特別。
何が、というのはその人自体が、である。
特別の意味が人にとっては違うのかもしれないが、彼を「特別」として扱う人間は多いだろう。
……今は主人のことを考えていないで、目先のことを考えるほうが無難か。
服装は……特に気にしなくていいだろう。
月姫詠斬灯にどんな考えがあるのか、俺には分からないが……。
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「颯、斬灯ちゃん来てるわよ」
「少し出かけてくる」
「はーい」
母親に今日はいつ帰宅するか未定であることを伝え、家を出る。
黒塗りの高級車から一度降りた、……なんだか白いワンピースを着た少女は手を振って笑い、手招きする。
「……仰々しいと思わんかね、月姫詠斬灯」
「まあ、そうなんだけれどもね? 中心部についたらすぐに降りるし、問題ないかなって」
気楽に言ってくれる。確かに、これで少なくとも有力な家であることは証明できるかもしれないが……。
それに伴う危険について、この少女はどう考えているのだろうか。
「何かあれば私がなんとかするし、颯君も尽力してくれるでしょう?」
「……出来れば、使いたくはないがな」
左手からは、瘴気さえまとわせなければいつもと変わらない【顕現属法】が使えるだけマシだと思える。
問題はそちらではなく、右手だ。
どう介そうとも、名前未定の新しい力が発動する。強化されているだけなら良いほうだと考えたかもしれないが、普通に【顕現属法】を使うよりも数倍吸い取られているのだ。
たった2分程度の発動で全身汗だく、膝をつきそうになるのは……どうしようかと悩んでしまうのだ。
右手は封印したほうが良いかもしれない。通常で使っていられないほど消耗する。
「あらあら。ゼクスくんに宣言したんでしょうに」
「……ゼクスといえば、こういうことをして構わないのか?」
はて、と月姫詠斬灯は首をかしげる。
数秒後、俺が何をいわんとしているのか理解できたのか、頬を軽くふくらませながら返答した。
「好きな人と話しやすい人の峻別くらい、私にだって出来ますー。……立場的にも可能性ゼロになっちゃったし、でも私だって次のことも考えないと」
たしかに。
御氷家……八龍家は御雷氷家と名前を変えて【八顕】の仲間入りを果たしてしまった。
この少女にその気があるかは別として、ゼクスを手に入れる手段はまず、彼女が次代候補を破棄する必要があるけれど。
……破棄は出来ないだろうな。次の候補に、当代の苦しみや悩みを押し付けるようとは思わないだろう。
俺は少なくとも、楓にまかせて逃げようとは思わない。
「いい人知らない? 出来れば【八顕】【三劔】以外が良いのだけれど」
「……そういう言い方はやめたほうがいい。あと、俺が知っていると思うか?」
学園内ではゼクスの周りとしか接していない。
イコール、そもそもゼクスだって敵を作りまわっている状態で、他の人間を知っていると本気で考えているのだろうか。
……本気では無いのだろうが。
「聞いてみただけよ。……もう時間がないってのにね」
「無いものは無いだろう。そう考えれば、ゼクスは運が良かったといえる」
いや、運が良すぎた……か。
と、ここで車がとまる。運転手がこちらの方を向いて、まゆをヒクヒクさせながら「到着です」と。
服装からして、執事か。たしかに主人のそういう話を聞かされたらそんな表情もするだろう。
とりあえず、先に降りて運転手が月姫詠斬灯を下ろすのを横目で見ながら大体の周辺を確認する。
こちらに注目している人は少なくないが、大体は俺や月姫詠斬灯の顔を認識して察したような顔をしながらそそくさと去っていっていた。
写真に撮る人間も……いたが気にしないでおこう。
「とりあえず、待た連絡するからそれまで近くの駐車場で車は待機を。貴方は自由にどうぞ」
運転手に指示を出し、こちらを向いた彼女は「ん?」と周りの状況を把握し、目を一度閉じる。
途端、少なくともまちなかで発していいレベルではない顕現力が流れだし彼らの携帯端末へ影響をおよぼすのを感じ取った。
慌てて少女の肩に右手を起き、話しかける。
「ストップだ、月姫詠斬灯」
「……ん?」
「カメラ機能の破壊だけで充分だ」
「甘いのね」
甘くて結構。必要以上のことはする意味が無いし、そのために目の前の少女が顕現力を消費する価値すら無い。
「右手を人に触れさせるの、私は問題ないけれどやめたほうが良いよ」
「……わかってる」
「心を弄られてる感覚がするの。干渉力がかなり強いけれど……」
俺は彼女から手を離そうとしたが、代わりに月姫詠斬灯は右手を左手で捉える。
「これでいい?」
「……良いのか?」
「私は問題ないって先ほど言ったばっかりよ」
行きましょう、と幼子のようににっこり笑って俺の手を引っ張る。
「こういうこと、してみたかったし」
「……ああ、分かったよ」
木金土日はやはり書きづらいですね。
月火水は問題なく書けると思うのですが。
次回更新は明日です。




