第222話 「切り離し」
「許してください! 許してください、ツグ君……!」
「もう、その時期はとっくに過ぎた」
許しを請う東雲契の目はただ一点に注がれている。
俺の顕現力、それも鳳鴻の【WARCRY】によって何倍にも増幅された顕現力の注がれた【髭切鬼丸】は、バチバチと音を立てながら瞬いている。
正直流しこみ過ぎか、とも考えたが……。”彼女”自身が問題ないと言っているため、構わず流しこむ。
一心に首をはねてしまうのも良い。だが、それでは彼女が受ける苦しみが少ないようにも感じられてしまうのだ。
やはり、【顕現】でなぶり殺しにしたほうが……今世での行いを後悔しながら死んでいってくれるだろうか。
それとも、最後の最後まで、自分が悪く無いと主張し続けるだろうか?
俺にはどうでもいい話だ。俺は、今日を持ってこの復讐劇を終わりにする。
そして、新しい未来へと歩き出すのだ。
「よかったな、契」
俺は一旦【髭切鬼丸】を鞘に戻し、彼女に笑いかける。
この間も、顕現力は流し続けている。
彼女は、きょとんとした顔をしていた。もしかして許されたのかもしれないと安堵しているのかもしれない。
今まで、蒼穹城進に対してはそれだけで許してもらっていたのだろう。
謝れば許してくれると。
しかし、俺は絶対に許さない。
「良かったな、契。お前は俺の人生を二度変えた人間として語り継がれるだろう」
最初は、俺がお前たちに見捨てられた時に変わった。
その結果がこれだ。ある意味、俺は契たちに感謝している。
今回は、契を殺して俺の精神的平穏を取り戻すことにしよう。
俺は彼女に反省の色がないこと、そればかりか「大切な人」を傷つけたこと、その価値を包み隠さず俺に教えてくれたことへ感謝する。
「どんな感じで死にたい?」
「……ツグくんは優しいのですから、私を殺したり出来ませんよ」
「それはどうかね?」
蒼穹城進の【顕現者】人生を殺し、刀眞一家の【八顕】人生を殺してきたのを身近に見てきた彼女は、まだ俺に良心の呵責があると勘違いしているらしい。
俺の良心は、今まで俺を支えてくれた人々に向けるものだ。
決して。決して、俺を見捨てた人間に送るものではない。
「安心しろ、楽な殺し方は、しない」
俺は【髭切鬼丸】に溜めた顕現力を、右手にすべて移す。
一番最後に復讐をするのは、復讐対象に選んできた中で一番弱い人間であった。
心も、身体も、【顕現者】としても、人間としても弱い人間。
だが、俺はそれが腹立たしいとは思わない。
そんなひとはいくらでもいる。
しかし、彼女は俺と価値観が全く違う。ただそれだけの話しだ。
この少女を殺せば世界が助かる、とか。もっと大層な義があればもしかしたら今の向き合い方も違ってきたのかもしれない。
違う。
これは復讐だ。
復讐は何も生まないことは知っている。それを古都音たちも、表に出さないながらも俺に対して諭そうとしてくれていたのはわかっていた。
だが、俺も、弱いのだ。
成し遂げなければ、その自信を持つことも出来ないほど弱い存在でしか無い。
「【拒絶】」
俺は俺が今持ちうる限りで最強の力を唱え、発動する。
対象は東雲契。
「この世界から消えてくれ、契。他でもない、俺のために」
握りこんだ右手の拳に、灰色ながらも煌めく顕現力が宿る。
すべての力を持って、俺は目の前を粉砕する。
撃ちだされた拳は、そのまま一切の抵抗なく東雲契の心臓に突き刺さった。
正しくは拳ではなく、拳の前に生成されたナイフに近いものが……であるが。
「……私、ずっと、ツグくんの事好きでした」
「申し訳ないが」
俺は地面に倒れ、眠りにつかんとする少女の最後の言葉を聞き取りながら、返す。
「俺は、契のことが嫌いだ」
まだまだ、契には苦しんでもらわなければならない。
過剰と思われようとも。
「身体を動かせないまま、精神のみこの世界で宿り続けるといい。それまで、死んだ扱いで居ろ」
俺は、顕現力が意志を持って何かを……東雲契の魂か何かを包み、一つの丸い球となって何処かへ飛んで行くのを見送った。
精神と身体を【拒絶】させ、精神と死を【拒絶】させる。
あっさりと終わってしまったが、これからのことを考えると色々と億劫だな。
しかし、確かに復讐を成し遂げたという達成感は確かに、覚えられるものだ。
人を殺すのって、感動的なものでも、何か喪失したような感覚もしない。これは、俺が完全に対象が死んでいないと知っているからだろうか。
それとも……。いや、考えないでおこう。
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「俺の責任だ」
俺……御雷氷冷躯は呆然としてしまった。
ゼクスが復讐を完遂させた。最後は……。
今、顕現警察に身柄を拘束されているという。
【八顕】の当主全員が……あの蒼穹城劫までもがゼクスの肩を持っているあたり、日本政府側も、警察側も何も出来なさそうだが……。
結局、【八顕】というのが存在している限り法すらも牛耳れるというのは……だからこそ、復讐が後を絶えないわけだ。
「俺たちの言葉は、結局ゼクスには届いていなかったのか?」
ゼクスは意思の強い子だ。それは引き取ってからの5年間でよく分かっている。
俺が考えていたよりも、恨みが多かったのかもしれない。俺たちが考えていたよりも、その苦しみは強かったのかもしれない。
しかし……。俺は、自分のやってきたことが無駄だとは考えたくなかった。
「どこへ?」
「警察だよ」
とりあえずは……、事実確認だ。
ゼクスのその後の反応が薄いのは、東雲契の価値をそれほど低いものだと考えているからです。
次回更新は明日になると思います。




