第219話 「たとえ、刺し違えようとも」
2016.06.14 1話め
両方、もしくは颯と雪璃のその片方が別段示し合わせたわけではなかった……。
が、2人は同時に突撃する。大鎌【タナトストルドー】を東雲契が構える前にその【顕煌遺物】を無効化しようと考えた結果、今までやってこなかっただろう二手からの攻撃を試したのだ。
颯は全身に風属性を、雪璃は全身に風属性と氷属性の混合――吹雪を纏って突進する。
顕現力の発散が明確な、視覚できる威圧として東雲を襲った。
轟々と聴覚を遮り、顕現力に色づいた視覚情報が2人の性格な位置をごまかす。
普段の【顕煌遺物】……【髭切鬼丸】や【氷神切兼光】なら、それが有効であった。
本契約・仮契約関係なく、【顕煌遺物】は契約者の情報を補助できる。
五感プラス、顕現力の探知である第6感を一部ジャックすることで有効利用できるのだ。
だからこそ、その部分を偽装してしまえば良い。
「甘いですね……! そのていどで、この【タナトストルドー】を出し抜けると?」
颯は、嫌な予感をとっさに察知して踏みとどまり、同時に雪璃へ手を伸ばす。
右手から風属性の――黄緑色の鎖が射出され、雪璃を巻き取るのを確認しすぐに巻きとった。
間一髪。
先程まで雪璃が居た場所……東雲契の右隣から1メートルほどとに黒い斬撃の軌跡を認識し、颯は安堵の目を少女に向けた。
しかし、その目線に雪璃自身は気づいていない。
何かを感じ取ろうとするかのように、一心に見つめていた。
それを、颯は理解することは出来ない。
すでに颯は、視界で情報を得る領域を超越している。
顕現力の流れを感じ取ることによって、顕現の攻撃。とりわけ今回は【顕煌遺物】の攻撃を把握できていた。
雪璃は何を考えているのだろう、と推測を巡らせながら、少女を素早く左側に押し出して颯は上へ跳躍した。
大鎌が、伸びている。先程まで自分達の居た場所に黒い顎が迫るのを判断しての動きは、颯の予測と寸分たがわず空間を貫通。
「さて、私の【タナトストルドー】が貴方達を……進様のと同じ状態にさせるほうが先のようですわね」
その言葉を聞き、颯は元同胞であった蒼穹城進の義手を思い返した。
そもそも、義手になったのはゼクスが原因で、そのゼクスが復讐をしたのは進が原因である。
颯はどちらが悪か、という結論を出せないのではなく、出さなかった。
この世界はこういうものだから、という認識が自分を縛り付けていたのかもしれない。
【顕現者】が世界に認められ、安定していると思われているこの世界は何も変わっていない。
歴史で学んだ戦国時代と、何もかも変わっていないのだ。
ただ、【八顕】とそれに続く【三劔】が安定を装っているだけ。
制度化された決闘や戦闘は、今も昔も血を血で洗っている。
「……それはどうかな」
強がりを言っては見たものの、攻撃に転ずることが出来ない今では対策のしようがなかった。
東雲契が所有しているのは神話などで見かけるいわゆる「伝説の武器」である。その刃が伸びることは当たり前のこと、極々限られた人にしか与えられない【煌】の【顕現】ですら、飲み込んでしまうのはある意味で予想の範疇であった。
しかし、颯はさて自分も【顕煌遺物】に頼ろう、という事にはならない。
善機寺家の使命とも言える縛りが自分を堅く拘束している。
それに、颯は信じているのだ。
自分の……【顕現者】自身の、可能性を。
「本来、俺の力は誰かを【守護】する為の力」
「では、そこの少女を傷つけてやりましょう。胤龍君のことを兄様、と呼ぶのであれば、貴方にとっても大切な存在でしょうから」
宣言、とも言える言葉に颯は反応せざるを得なかった。
東雲契が自分を挑発している、ということは理解できている。
それでも、善機寺颯は……。
――刺し違え覚悟であってもゼクスと、ゼクスが大切に思っている人々を、護る為の楯にも矛にもなる。
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雪璃は、東雲契が自分を「傷付ける」と宣言した瞬間に彼の纏う【顕現】がまるっきり違うものへと変化したことを感じ取っていた。
そして、動揺する。今まで、自分を価値ある人間として見てくれた人はとても少ない。
研究所の中では、所長である神牙ミソラや一部以外では「実験体の成功例」としてある意味では人間でないような扱いを受けてきたから。
そして、事実上「御雷氷」に仲間入りをしても、彼女を認める人は少ないし、学園内ではゼクスと古都音以外からは変な目で見られることは多少なりとも存在する。
だからこそ、「家族」以外から向けられる感情には敏感であった。今回の颯の感情を、よくわからないながらも強く影響された雪璃は、どうすることも出来ず硬直してしまう。
雪璃に、大鎌の伸びた顎が襲いかかる。
咄嗟のことに反応できない雪璃は思わず目を瞑ったが、身体に痛みはなく、柔らかな風が吹き抜けるだけであった。
目の前には、【タナトストルドー】の刃を左手で掴んだ颯の姿。
「それ……血が……!」
掌を這いずり回るように、掘削するように刃がうねり、えぐられていく。
コポコポ、と毒を染みこませるかのように刃から液体が、颯の血液と混ざり合って颯を侵蝕していく。
が、颯はそれを顕現力で無理やり左手を硬化させると、右手から無数の鎖を東雲契へ射出した。
鎖の色は、白銀色。
「捕まえた」
鎖が、【タナトストルドー】を絡めきつく縛る。
東雲契の顔が、初めて歪みなんとかしようと大鎌の形を変化させる。
しかし、颯は離さない。大鎌が変形するたびにきつく縛り上げ、最終的に大鎌と鎖の一部を融合させる。
「飲み込みなさい! 【タナトストルドー】!」
「無駄だ、東雲契」
善機寺颯は、左手に走る激痛に顔を歪めながらも、笑っていた。
自分が新たなる【領域】に達したのを喜んでいた。
「御雷氷雪璃、俺が抑える。何とかして無力化しろ」
「そんな……でも、私は」
何も出来ない、といつもの言葉を吐き出しかけて、雪璃はそれを飲み込んだ。
「御雷氷冷躯の娘であり、御雷氷ゼクスの妹なら出来るだろ」
どこからそんな自信が、と雪璃が困惑する程度に――颯の言葉には謎の説得力がある。
ついに颯は東雲契から【顕煌遺物】を引き剥がした。
と、同時に颯自身の意識も現世から引き剥がされかけて、【タナトストルドー】は地面を転がる。
颯は膝をつき、なくなりかけた顕現力を振り絞りながら手繰り寄せた。
「それを……! 返しなさい!」
消滅しない鎖は、雪璃の目の前まで【顕煌遺物】を運ぶ。
……雪璃は、覚悟を決めた。
やっぱ颯かっけー。
次回更新は明日になると思います。
 




