第211話 「通り魔の噂」
2016.05.31 1話め
「おはよう」
授業の用意をして古都音の部屋を出、寮の入り口に差し掛かった頃に颯と合流する。深緑の髪をし、顔に大きな傷跡のある颯は同世代の顕現者の中でもかなり浮いている方だと思う。
もちろん、誰かに話しかけられているということもない。
「…………」
俺の方を見、認めて黙って合流する。
その間も周りを警戒するように首を回さず目で威嚇しているようにも感じられる。
トラン=ジェンタ・ザスターとの決闘は完全に終わりを告げた。ザスターが自殺した、という知らせを受けたのは昨日のことで、ザスターの父親が廃人状態なのだということも知った。
きっと、勝利できなかったばかりか【 AURGELMIR】が破壊され尽くした結果を見て、噴火する火山のように怒り狂ったのだろうなと予想はつく。
ザスターは鳳鴻のおかげで、とても死にやすい状態であったから、自分が自殺することに何も疑問を持たなかったのだろう。
鳳鴻の説明によると、少しでも「死にたくなった」ら躊躇しない。けれど【顕現者】は普通の人間よりも丈夫だ。
詳細は明かされていないが、どうやって死んだのか気になるところ。
……流石にビルの屋上から飛び降りたら死ぬが。
「何を警戒してるんだ?」
「……数日前から、学園で通り魔事件が多発しているらしい」
颯は、いまいちピンとこない俺に説明してくれた。
あくまでも風のうわさで流れているが、現在襲われたのは蒼穹城進を始めとして30人ほど。全員死亡はしていないが、半殺し状態で医務室に運ばれたのがその半数らしい。
あの時、蒼穹城進の義手が損壊していたのはそれが原因だったんだろうなと俺は思い出しつつ、目ではなく顕現力の眼で、周りを探ることにした。
俺に敗北したとはいえども、蒼穹城進は生徒のなかとしては上の中だろう。それに現在は【顕煌遺物】も持っている。
簡単にやられることはないはずだ。ということは、相手は【顕煌遺物】か、それと同等のものを持っているということになるだろう。
『オニマル、何か感じるか?』
『我と同等の気配が数個。一つは……蒼穹城進じゃな、ああ……ほかは、こちらとの繋がりが薄くて分からぬ』
オニマルにもわからないというのなら、引き続き少しずつ顕現力を流して仕事でも与えるか。
流石にもう、カップ麺の蓋扱いは嫌だろうし。
「……ゼクス君、もしかして首を突っ込もうとか考えていませんか?」
「考えてないぞ。全然考えてない」
ただ、自分に降りかかる火の粉は払わねばならぬ。
自分のほうに向かってきた時に、俺がそれに対して対処できるか出来ないかで、これからが変わってくるわけだし……。
1にも2にも訓練だな。
「それにしても、それはもう封印しないのか?」
「……封印して勝てないのなら、封印しなくても良い。亜舞照鳳鴻の精神操作は必ずしも悪い方向に動くんじゃないという証明にもなるし」
颯は、煌めく黄緑色の風を通して何かを感じ取っているようだった。問題なし、と俺に聞こえるようにつぶやいて【煌】を解除する。
……ちなみに俺だが……雷君様に聞いてみたところ、雷属性の加護を与えるために、俺の使用可能属性を一部書き換えたらしい。
現在、俺が扱える【煌】は火・氷・雷・闇の4つ。今までと変わらない非公式の【四煌】で要られる。
何時かは世界的にも【顕現者】に認められる必要は出てくるだろうが、生徒である状態では必要ないらしい。
同時に使用可能な属性も変わった。6属性だから、これに天と地が追加されている形になっているという。
色々とごっちゃにされた気分ではあるが、特に問題はなさそうだな。
「おろ。おはよー!」
そんなこんなしていると、次に合流したのは斬灯であった。
トランジスタ・グラマーを体現したような、幼女然とした少女が駆け寄ってくる。
「皆様物騒な顔だね」
「そうか?」
「もっと笑顔を作ると良いよ。印象も良くなるし、そんな顔をゼクス君も颯君もしてるから、周りに私達しか寄らなくなるのよ」
そう言われて俺は初めて、顕現力ではなく雰囲気を読み取った。
確かに、俺は入学以降ほとんど……他の生徒に話しかけたことがないし、話しかけられたこともないな。
正直、他の生徒の存在がなくとも学園生活は送れている。これが全日制で、クラス単位で動いている学園だったら違ったのかもしれないけれど……。良くも悪くも、この学園は個人主義で、授業から休日の過ごし方まで自分の意志で動くことが出来る。
だから、他の生徒が必要ないといえば必要ないけれど……。
それに一石を投じるのが、今日ガイダンスのある新制度だろうなと。
「正直、俺は面倒なことしたくないからな」
「どういうこと?」
「グループを作ってランキングとか組むんだろ。トーナメントもあるだろ」
俺はパンフレットを広げながら、簡単な概要を確認する。
やっぱりある。
「俺は出来れば出たくない」
「……うん、わかるよ? でも、私たちはシードに入ったり、ランキングから除外される可能性の方が高いと思う」
まあ、【八顕】やそれに準ずる名家が固まってたら、色々と面倒だろうしな。【八顕】は【神座】の加護を受けている、それだけでも十分に他の……言い方は悪いが一般生徒とは大きく違う。
いい家庭に生まれた、ということは遺伝的に【顕現】もよいものが生まれやすい。ということだ。
その最たる例が一般の実技系授業すら免除されている【三貴神】だろう。
「それなら安心だな!」
その言葉を聞いて、俺は気分が良くなりサムズ・アップする。
正直、【髭切鬼丸】を満足に使えないから戦闘に参加しても無駄、という考えも最近は芽生えつつある。
オニマルは俺と一緒に歩んでくれると言ってくれた。
"彼女"だって生きている。
「もう。……あまり無理はダメですよ?」
古都音に注意され、俺は頷いた。
でも……。
――古都音や、俺と関わってくれる人を救うためなら、颯のようになりたいとも思う。
今日はもう一話更新出来たらいいですね。




