第208話 「極論」
2016.05.28 1話め
「もう、無理して……」
ザスターが去っていったあとに、入れ替わりでやってきたのは古都音達であった。
俺は、テキパキと俺を顕現特性によって治癒していく古都音と、アマツに命じられて颯を治療する冷撫、鳳鴻に駆け寄る斬灯とアズサさんを次々と見つめたあと、古都音に視線を戻す。
「でも、勝ったよ古都音。これでもう、安心だろ?」
「貴方に何かあれば困るのですよ、私としては」
古都音の表情は変わらない。ある程度俺の怪我を治せたのか、「これでよし、と終わらせると、上目遣いにこちらを見た。
勝利後のこれは中々のものだと思う。癒される。とても癒やされるぞ?
「ずっと元気で、健康でいてくださいね?」
「顕煌で?」
「……何か、ニュアンスが違いませんか」
煌めく【顕現者】でいてくれ、という意味ではないのか。健康もなにも、そもそも【顕現者】の健康とはなんぞやというのがありそうだけれど。
俺は膨れて「むぅ」と少々怒っている感じの、しかし困ったようにやれやれと笑った古都音から視線を外し、次に鳳鴻の方へと移す。
そこには、妙に清々しい表情をしている鳳鴻と、困ったような顔をしている斬灯、表情に一切の感情を含めないアズサさんの三貴神がいた。
「ちょっと、聖樹のところに行ってくるよ」
「……結局、したのね。……聖樹になんて言うつもりなの?」
「復讐は完遂した、って言うよ。遅かれ早かれ、彼は死ぬだろうからね」
半分言い争うような、それでいて言葉を荒げない鳳鴻と斬灯。
ザスターは、これから少しでも不安定な状態へなったら簡単に死ぬことになる。それが復讐だと鳳鴻は言った。
確かに、あれは本当に有効だ。死への恐怖感や抵抗を一切合切消し飛ばす、というのは。
人道的にどうなのか、という疑問はのこるけれど、それは俺だってそう。復讐に人道的も何も無いのだろう。
斬灯は、復讐のためとはいえ人を死に追いやるだろう鳳鴻を見つめて何かを言いかける。
「貴方……」
「今僕を責めたって仕方ないと思うけれどもね。彼が死ぬような心情にならなければいい話だし」
けれど、それを鳳鴻は遮って言葉を続けた。
「そもそも、極論かもしれないけれども。聖樹を恐怖から解き放つためには、トラン=ジェンタ・ザスターを彼女から永遠に引き離さないといけないんだ。でも、引き離しても例えば古都音さんや斬灯に毒牙を向けるかもしれない。それなら……もう、殺してしまったほうが良い」
その言葉に、確かに。と考えてしまった俺がいる。
極論ではあるけれど、それは正しい。もうこの世にいなければ危険もなくなる。
斬灯が、大きなため息をついた。
「ほんと、貴方は凄いね、私は出来ないよ」
「褒めてないよね、それ」
「うん。褒めてない」
俺も「まだ」、そんなことはできない。人を殺すというのがどういうことなのか、俺にはまだわからないからだ。
父親は「不殺」を突き通してきた人間で、半殺しにしようが相手の四肢を切断しようが、決してそれを死なせることはしないと語っていたし、だから俺もそれに習って、蒼穹城をああしたわけだし。
……そういえば、何故蒼穹城と刀眞遼は、アマツたちと肩を並べているのだろう?
数ヶ月前だったら確実にありえないものだった。
【八顕】も平和になったものだな。刀眞はもう【八顕】ではないけれど。
「……蒼穹城、その腕はどうした?」
「君にはまだ言えないよ。これは……」
俺は、俺が切断した右手に代わりとしてついていた義手の、手がなくなっていることに気づく。
アマツたちからは【拒絶】をそろそろ解除してもいいんじゃないかと言われ、どうせならいいかと解除してみようとしたんだが、出来なくなっていた。
多分、そういう解除可能な期限というのが存在するのだろう。
顕現特性【凍結】や【炎上】とかと違って、俺の【拒絶】や【書換】は多分、唯一無二のものだからな。自分の体を持ってして検証を重ねるほかなさそうだ。
それにしても、あの……妙に懐かしい声をした少年の、カウントダウンってなんなんだろう?
「……顔色が悪いな、兄さん?」
「……御雷氷ゼクス、もう許してくれ。進みたいに……俺も、許してくれ」
俺が皮肉たっぷりに刀眞遼をそう呼ぶと、彼は泣きそうになりながら震える声で懇願する。
はて。
許すとはどういうことなんだろうね。
俺は、蒼穹城も刀眞も許したつもりはないけれどもな。
次回更新は明日です。
つかの間の日常を描くつもり。




