第203話 「【AURGELMIR】」
2016.05.24 1話め
「始め!」
開始の合図と共に、まず駈け出したのは颯でもゼクスでもなく、鳳鴻であった。
両手につけた【WARCRY】から剣をいくつも出現させ、それを射出しつつ次を【顕現】する。
顕現力がうなりを上げ、さながら鬨の声のように音を立てながらトラン=ジェンタ・ザスターに迫った鳳鴻は、ザスターが笑っていることに気づいて妙だと感じた。
自分の【顕現】した剣が、1本足りとも彼に当たらない……と感じた時にはすでに遅く、ザスターの【顕装】――【 AURGELMIR】の銃口が、すべて鳳鴻自身に向いていることに気づく。
「バカめが!」
嘲るような笑い声と共に、銃口が瞬き【顕現】の光が溢れだす。
咄嗟に防御耐性に入ろうとした鳳鴻であったが、すぐに間に合わないことを悟った。
この動きに反応したのはゼクスである。銃口が瞬くその瞬間に駈け出し、鳳鴻とは違う方向から攻撃を仕掛ける。
【髭切鬼丸】が強く点滅を起こし、ザスターの注意は一瞬のみそこへ注がれ、すべての銃口がゼクスの方向をむく。
鳳鴻の剣か、彼が一度でもトラン=ジェンタ・ザスターに触れればほぼ勝利は決まるのだ。【精神操作】の効果により、その後は少しずつ相手の動きを鈍らせることが可能なのだから。
だからこそ、ゼクスはすべての銃口を自分に向かせることによってそれを実現させようとする。【 AURGELMIR】から六筋の光線が放たれ、それを左右に動くことで避けつつゼクスは無言で鳳鴻へアイコンタクトを送る。
「……分かった」
合図を受けて、鳳鴻と……動き始めた鳳鴻を見つめながら、颯が顕現力をまとった右手で地面を叩いた。
地面が亀裂が入る。そう見るものが錯覚するような、視覚化された【顕現属法】が戦場を走りぬけ、鳳鴻を護るように2つの巨大な竜巻が辺りを周回し始める。
夏休み中、颯が訓練して完成させた【大竜巻】である。
2つが限界だったものの、完成度は非常に高く、乱射を始めたアウルゲルミルの顕現力を竜巻が壁となり、弾く弾く。
そんな【大竜巻】を操作しながら、颯は【髭切鬼丸】を手にして駈け出したゼクスの方にも目を向けた。
眩い白。力強さを感じさせる【顕煌遺物】の光は、一閃となってザスターへ迫る。
「……愚かな」
しかし、次の瞬間――。
ゼクスは、自身が自覚できないまま、背中に走る衝撃で吹き飛ばされたことを自覚する。
何が起こったのかすら理解できず、颯が補助の手を回すどころか、その認識を超えて。
ゼクスは、それまでは何もザスターが発動していないことを……記憶の遡りにより確認しながら、立ち上がる。
そして、【敵】へ向かって【選別】を発動させた瞬間……。
彼は、再度……自身の身体が宙を舞うのを感覚として受け取った。
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観客席では、入学以来ゼクスが初めて、自分の意志以外の方法で地面を離れたという事実にどよめいていた。
そもそも、今まで彼が敗北することはなかったのだ。学園の中で、【顕現】としての実力は底辺に位置していたとしても、異端の【顕現者】として実力、装備、特性共にトップクラスであった彼と、戦おうとする人は少なくともいない。
勝てるわけがない、というのが本心であった。
「……なんで、ゼクス君は【拒絶】や【書換】をしないのかな」
疑問を最初に口にしたのは斬灯であった。
例えば、ゼクスが古都音を護るためにしたように、自分たちにトラン=ジェンタ・ザスターの【顕現】を拒絶するようにすれば良いのではないか、と考えるのは当たり前の話で、それだけで試合は終わってしまうように見える。
しかし、ゼクスはそうしていない。
「……何か、使えない理由があるのでしょうか」
古都音としては、早くこの決闘を終わらせて欲しいという気持ちもある。
しかし、その前にゼクスへの体の負担も心配であった。
まだ、【顕現】にはわからないことが多い。顕現特性の及ぼす心体への影響も、ほとんど解明されていないのだ。
だからこそ、いつも使っているゼクスのことが心配である。
【拒絶】、【書換】といった強力すぎる顕現特性を、ゼクスが要所要所でしか使わない理由も少々わかる気がした。
「……ゼクス君、どうかご無事で」
古都音は、後ろに目をやって蒼穹城進が、半ば祈るように手を組んでいることに気づく。
彼女には、その真意がわからなかった。
ジャンル再編で「ローファンタジー」に設定しました。作品のテーマ的に「ヒューマンドラマ」でも良かった気はしますが。
次回更新は今日……もしくは明日です。
 




