第202話 「鬨の声」
2016.05.23 1話め
いつもよりも700文字ほど長め
『トラン=ジェンタ・ザスター、入場』
決闘会場である、すでに見慣れたスタジアムで最終確認を終わらせると、審判の声がした。
俺たちの向かい側で、トラン=ジェンタ・ザスターが進み出る足音がする。だが、一声として歓声は誰からも上げられない。
それは、古都音やアマツ達の集まっている場所で【八顕】とそれに準ずる名家の出身たちが一同にザスターへ冷たい視線を隠そうともしていないからか、それとも他の原因があるのか。
俺は息を吸った。目の前に居るザスターが、なんというか……。
アニメや映画なんかで、吸血鬼が入っている棺のような形の黒い物体を地面に下ろしたから、だ。
あれはなんだろうな、と考えるまでもなく……俺は、颯が蒼穹城進を通じて手に入れた情報である、【顕装】か何かだろうなと察した。
確かに、それは異質なものだった。【顕装】というのは俺も今まで見た中で、【始焉】やそして……ネクサスの持っていた【Vy-Dialg】見たいに、結局は【顕現の代わりに武器になる】ものであるから。
しかし、それは……どう見ても武器には見えなかった。
俺の後ろで、颯がおもわず息を飲むのを感じ取る。
『亜舞照鳳鴻、善機寺颯、御雷氷ゼクス。入場』
……呼ばれた。
俺は、【髭切鬼丸】に手をかけながら前へ進み出る。アレが何かわからない以上、下手に手出しするのは危険かもしれない。
が、アレが想ったよりも大したことではなかった場合、それはただの時間の無駄である。
鳳鴻が歯ぎしりをする。その音を聞いて、彼の激情を悟る。
俺も、彼に怒りを感じていないというわけではない。
けれど、それは鳳鴻の物に比べれば「些細」なことだろうから。
決闘をこなすだけだ。前回は、俺と颯だった。
今回は、鳳鴻もそこに加わった、それだけ。
『試合の条件。助命は基本無し、武器制限無し、顕現特性制限なし』
審判が粛々と規定の宣言をしていく中、俺達三人とトラン=ジェンタ・ザスターは刀光剣影の状態であった。
規定の宣言なんていうものは、毎回の儀式のようなもので。習慣や伝統のように、毎回しなければならないものである。
だから、最初のうちは本当に緊張する。けれど、慣れて来るまで戦いを続けていれば、この間に自分の感情を昂ぶらせることが出来る。
昂ぶらせれば、その結果は簡単だ。【顕現】の力が増す。感情が力に直結しているからこそ、これが可能なんだろうなと俺はのんきに考えながら、今回は怒りでも恨みでもなく、ただただ戦闘意欲を増した。
……もしかしたら、前の時点で……俺が鳳鴻にロスケイディアへ連れて行かれた時に颯が少々やられていたほうが強くなれていたかもしれない、と思うのは野暮だろうか。
颯は、本当に強くなった。強くなった、というよりは今までは実力を発揮出来る環境にいなかったと彼は言っているけれど……俺の目からすれば、本当に強くなっている。
初めて戦った時は、こんなに強いとは思わなんだ。
何より、心が強い。
『双方、使用する固有武器を宣言すること』
「無し」
使用武器の宣言、は。どちらかと言えばパフォーマンスの意味も強い。
最初に宣言したのは颯だった。無し、というのも一つのアピールだろう。己の力、己の感情、【顕現】と【顕現属法】のみで戦うと宣言した【八顕】が一角、善機寺家の次代候補に、今日初めて会場が湧く。
「【WARCRY】」
次に宣言したのは、鳳鴻。手に力を込めながら両手突き出し、【顕現】を込める。ダスターから、先ほど見せてもらった時以上に光が溢れ、強く点滅し……。
両手に1本ずつ銀色の、恐らく顕現によって生み出された剣が現れる。発動の間、【顕現】が多数の声を上げるように唸りを響かせ、ザスターが一瞬怯んだのを俺は見過ごさなかった。
確か、鳳鴻はこれを【顕現】の力を増幅させる装置、と言っていた。つまり、彼は今……顕現式を唱えずとも、無詠唱で剣を【顕現】するほど力を使っているらしい。
それにしても『WARCRY』=鬨の声、か。
俺はそのネーミングに妙な納得を覚えて、感心する。
「【髭切鬼丸】」
そして、俺。今回は【髭切鬼丸】を全力で使わせてもらうため、【始焉】は使用しない。
オニマルは大食いだから、【顕現】をよく使うんだよね。とりあえずは様子見、ということで少しずつ顕現力を"彼女"に流し込みながら、オニマルが『力が流れてくるのじゃー』と変にリラックスする声を感じ取っていた。
【髭切鬼丸】が白に限りなく近い碧の光を纏う。淡いそれは、鳳鴻の剣のように派手さはないものの、確かな存在感を持っているだろう。
なにせ、【顕煌遺物】だからな。
「多相飛去来着装型-顕現機巧装置。【 AURGELMIR】」
そして、ザスターはその棺型の【顕装】を起動させる。
顕現機巧装置、と銘打っているのだからあれは【顕装】だろう。
それにしても、アレだ。本来は英語だけれど、俺は顕現力を通してニュアンスだけを感じ取っているわけなんだが……。
何だ、あの複雑な漢字の羅列集合体は。
途端、目の前で棺が分解される。8つほどのパーツに分離すると、それぞれが自立的に宙へ浮かび上がり、トラン=ジェンタ・ザスターを取り囲むように陣形を形成した。
……こんな感じのものを、俺はどこかで見たことがある気がする。
ネクサスの【Vy-Dialg】。それも、遠隔操作が可能なものだった。
鳳鴻が、憎々しげにザスターを睨みつけている。口が開き、声が聞こえない程度に息を吐きながら何かを呟く。
そんな目の前のザスターが、恨みの篭った目線でこちらを見つめるのを感じた。蒼穹城進からは個別に、ザスターが「【顕煌遺物】所有者になれなかった」ことを聞いている。
自分が手に入れられなかったものを、目の前の人間が持っているのは嘸かし悔しいのだろう。
俺も、昔は【顕現】が上手く扱えなくてそう考えた時もあったけれど、今はそう思わない。そう感じない。
自分が手に入れなかった、真っ当な【顕現者】の道。
けれど、今はそれを凌駕するだろう強力なものを俺は持っているのだから。
新しい家族も、仲間も、恋人も出来た。
その先に何があるかは分からないが。俺は、今の居場所から外敵を排除するために戦おう。
「…… 【気に入らん者共は潰せ、欲しければ奪え、拒めば壊せ】。御雷氷ゼクス、亜舞照鳳鴻、善機寺颯。……貴様等を潰し、俺が最強を証明する」
ザスターの怨嗟が聞こえる。
――が、俺がそれに答えるよりも先に、審判による決闘開始の合図が、高らかに宣言された。
次回から戦闘回です。
明日は11時から「小説家になろう」メンテナンスですね。
終了と共に投下したいと思います




