第002話 「復讐を誓ったあの日のこと 下」
状況が変わったのは、そのすぐあと。
サイレンの音がなったと思ったら、パトカーから数人が、こっちに走ってきたんだ。
あのバッジは……なんだったかな。顕察官のものだったとおもう。
【顕現者】のなかで、さらに上位の人しか入れないっていう、警察とも違う特別な役割。
「……このタイミングで顕察かよ」
片方のお兄さんが、ちっと舌打ち。すぐさま【顕現】を解除して、逃げ出す。
もう片方のお兄さんも、それを見て同様に逃げ出した。
僕は動かなかった。いや、動けなかった。
むしろ、期待してたのかもしれない。もしかしたら、もしかしたら僕の状況についてこの人達が、助けてくれるのかもしれないって。
「君、迷子かな?」
一人のおじさんが、僕のことに気づいた。
髪の毛は黒に近い灰色。目は金色。髪の毛は長くて、目は切れ長。
顔にはシワ一つなく、かっこいい。
「うー……」
声を出したかったけれど、思った以上に難しい。
声が出ない。空腹と、投げやりな気持ちがどうしても争ってて、喉がつっかえる。
「怖かったのか?」
その言葉は聞こえているけれど。
……ちょっとまって。
僕、この人知ってる。
知ってるっていうか、多分日本で知らない人はいないひとだ。
知ってる。
「やりゅう、れいく」
「おー、俺のこと知ってくれてる。嬉しいなぁ」
漢字でどう書くんだっけ、絶対に覚えろって父さんに言われてた、名前。
そうだ、「八龍 冷躯」さんだ。
日本で一番強い【顕現者】。でも、なんでこんなところにいるんだろう?
「名前、分かるか?」
八龍冷躯さんは、そういって僕を軽く立たせる。
お腹から「くー」と音がなり、僕は何も口にだすことが出来ない。
そんな僕の対処に困ったようで、八龍さんは他の人たちと、こっちには聞こえないように話をしてた。
僕としては、助かるのかもしれないという気持ちと、このまま放って置かれるかもしれないという気持ちが、同時におそってきた。
「とりあえず、飯を食わせたほうがいいかも知れん」
「ですが」
反対してる人に対して、八龍さんは優しく笑っている。
そして、僕をおんぶという形で背負うと、「何か有れば俺が責任を取る」と。
その言葉、そして背中に、僕はなぜか安心した。
日本で一番強い人に守られてる、という感覚が強かったのかもしれないけれど。
「美味しいか?」
連れてこられたのは、牛丼屋。
お腹が空いて、それどころじゃないから掻き込む、掻き込む。
初めて食べるものだけれど、美味しいんだね。
そこから、僕は八龍さんを信用してしまって。
友人の蒼穹城くんに見捨てられたこと。
幼なじみの、東雲ちゃんに見捨てられたことの話をした。
親から追い出された話は、直接的にはしなかったけれど。
「……初めて食べた」
「ふむ、いい家の出身だな」
八龍さんの、顔は深刻そうだけれど、明るい。
明るさを取り繕っている。
ここで、もう一回名前を尋ねられて僕は「つぐりゅう」とだけ、答えた。
もう、僕は「とうま」の人間じゃないから。
苗字はもう、持ってない。
「胤龍。……ああ、刀眞の子か」
でも、八龍さんはすぐに理解したようで。
こちらを見つめて、目を細めた。
「歳は?」
「10」
ああ、と相手が納得する。今日、【顕現者】の結果発表があることはみんなわかってるから、そっちだと感づいたんだと思う。
八龍さんは、僕の方を見つめて頬を掻いていた。
何か、言い難いことでもあるのかな?
「……捨てられたのか?」
「…………」
僕からの反応は、無言。けれど、それは「はい」って言ってるのと同じ。
それを僕は幼いながらも、よく分かっている。
八龍さんは、悩んでいた。
ただ追い出されただけだったら、戻ればよかったかもしれない。けれど、父さんも母さんも、兄さんももうどこかに行ってしまった。
しかも、こういうことは。
法律よりも強い発言権を持つ父さんだから、戻るのは不可能だと、八龍さんもわかってるんだと思う。
「胤龍、このまま保護施設に入るのと」
「ほごしせつ?」
身寄りの無い子供を保護する場所だ、と八龍さん。
……なんていうか、もう、嫌な雰囲気がするね。
「保護施設に入るのと、俺の家に引き取られるの、どっちがいい?」
「へ?」
僕が、間の抜けたような声を出すのは、今日で2回め。
いきなり何を言ってるんだろう、このひと。
僕は、まじまじと八龍さんを見つめていた。
「でも」
「俺なら、君の失ったものを提供できる。親も、友人も。
君の認められなかった部分も、5年後にリベンジできる」
八龍さんの声色は、あくまでも本気みたい。
僕は悩む。
でも、悩むことなんて一つもない。
今は。この人についていくべきだと、本能がそう叫んでる。
「よろしく、お願いします」
「ああ、宜しく」
そういって八龍さんは、僕に手を差し出す。
その手を握って、僕はそのぬくもりを直に感じる。
……同時に、前の親にさよなら、と心のなかで挨拶をした。復讐してやるとも、ね。