第199話 「手負いの蒼穹城」
2016.05.20 2話め
刀眞遼が傷だらけで倒れている蒼穹城進を見つけたのは、全くの偶然であった。
【神座:雷】との関係が一切【拒絶】されてから落ち込み、軽蔑の目を避けるため引きこもりがちになっていたのだが、今日やっと外に出てみようという気持ちになる。
こそこそと隠れるように寮から忍び足で抜け出し、朝の9時――丁度、ザスターとゼクスたちが決闘する3時間前のこと。
遼は、校舎裏に隠されるように倒れていた進の姿を発見した。
「……進っ!?」
思わず、走りだす。遼はほとんど動いていなかった自分の身体が軋むのを強く感じ取りながら、友人に駆け寄る。
そこに広がっていたのは、実に痛々しい姿であった。
「……遼? 良かった、外に出られたんだね」
「どうした?」
義手はねじ切られ、分離した手の部分が火花を起こしながら漏電している。
制服はこれでもかと言うほどずたずたに切り裂かれており、上半身から下半身まで血だらけだ。
遼は、状況を確認するとどうしようかと周りを見回す。
校舎裏に立ち寄る人間なんてほとんどいない。勿論、自分だって進の存在に気づいたのは偶然であったし、自分はそもそも回復関係の【顕現】を持ち合わせていない。
そこで思い立ったのが、自分の最も近い人物で、回復を持っている東雲契、だ。
「ちょっと待ってろ、契を今すぐ呼んでくる」
「……いや、大丈夫だよ。……大分血は止まっているし、動ける。義手がどうにもならないけれど、隠しながら行くよ」
そう言って、進はゆっくりと立ち上がり。
自分のちぎれた義手を痛々しい表情で見つめて拾い上げる。
「何があったんだ」
「……ちょっとね。復讐を食らっちゃった。……ああ、ゼクス君じゃないから」
直せるとはいえ、二度目の……右手の喪失に、進は悲痛な表情を出来るだけ隠そうとしながら進はそれを見つめ、自分の制服を見つめる。
これだけの出血がありながら、命に別状がないと言い切れるのは【氷神切兼光】が今も、【顕現】でなんとかしているおかげだろうと分析し、『ありがとう』と心のなかで呟いた。
それに応えるように、弱々しく【氷神切兼光】は点滅する。
「御雷氷ゼクスは別格とはいえ、進は相当強い部類だろう? この学園で、入学時に入手したデータでは、そうそう負けるはずなんてなかったけれど」
「……入学時のデータは、逐一最新の物にしてくれないよ。……この数日、数ヶ月で急激に強くなった人もいれば、入学時には力を伏せていた人もいる」
前者が東雲契だとすれば、後者は善機寺颯。
そう理解しながら、しかし進はショックを受けていた。今からリベンジしに行くような愚かさをもう捨ててしまったが、契は次に誰へ矛先を向けるのだろうと思案する。
自分のせいながら、酷な環境に置いた時に助けることをしなかった、その力を一切持っていなかった善機寺颯か――。
あるとすれば、傍観者に徹し、見て見ぬふりをしていた刀眞遼。
『この、【氷神切兼光】に攻撃を許さないだと……?』
『【顕煌遺物】がどうなっているか僕にはわからないけれど、あれは【顕煌遺物】なの?』
『聞く限り日本のものではないため、俺にはわからない。……そもそも、海外の物は知らん』
ヒントが、情報が殆ど無い。そもそも【顕煌遺物】は、普段遺跡などから現れるもので、ゼクスが彼から奪いとったのは基本的にレアケースである。
【氷神切兼光】であっても、蒼穹城家からそう遠くない場所の遺跡に進が導かれた結果のものであった。
『考えられるのは、この数ヶ月の間に海外の遺跡へ足を運び選ばれたか。東雲家が元々所有していたか。それとも……第三者に、仮契約として譲渡されたか』
「……遼、ちょっとその上着だけ貸してくれる?」
「ああ」
進は、寮に手伝ってもらいつつ制服を羽織ると、ゆっくりと歩き出した。
歩きだしながら、カネミツに提示してもらった推測を一つずつ考えてみる。
まず、2つめの東雲が持っている、というのはありえない話。それもそのはずで、東雲にちょっかいを掛けた時にすべてを確認した上で取り込もうとしたからである。
結論はなかった。
1つ目もほぼありえない。夏休みであっても、東雲契は学園から実家までの往復と、実家から刀眞家、実家から蒼穹城家への往復しかしていないことは把握している。
あるとすれば、3つ目の譲渡コースしか無いのだ。
「早めに帰ろう。……後でゼクス君達の試合も見に行きたい」
しかし、そう簡単に……。
【死】は、蒼穹城進を放してくれない。
「あら? ……まだまだ元気そうですわね、進様」
歩き出した先で、声がし。進は戦慄が身体を走り抜けるのを感じ取り、遼は困惑する。はて、その少女が持っている巨大な、紫色とも黒とも言いがたい色をしている大鎌は何なのだ、と。
そして、予想は簡単に的中してしまう。
「もしかして、契が?」
「……そうですね。遼さんも、邪魔をされると困ります」
そういって、コポコポと泡立つように反応した「それ」から進を庇うように前へ進み出る。
「飽くまでも邪魔をすると。……では、貴方もどうですか?」
遼は進ほど実力を持っていない。進がこうなっていることを考えるに、自分がなんとかなるとも考えられなかった。
しかし。
――契が躊躇なく【タナトストルドー】を振り下ろしたそれを、突然とある人影が手で受け跳ね飛ばす。
進も、遼もその人物を知らなかった。
いや、何度かは目にしたことがある。黒と紫色の特徴的な髪の毛をした少女が、最近終夜古都音の近くにいることを横目で見ることはあった。
が、それが誰なのかわからない。
勿論、契もわかっていないようで少女を忌々しげに見つめながら静かに問いかける。
「申し訳ございませんが、どなたでしょうか?」
「……お話の通じない人とは、あまりお話したくないのだけれども」
少女は、契を見向きもせずに進たちへ振り返ると、地面に手を叩きつけて顕現力を噴出させた。
その色は、眩い金色。
「安心して、ただの目潰し。……さて、おふた方は行きましょうか」
次回は場面転換してゼクスたちへ。
ついに200話ですね。
次回更新予定は明日です。




