第197話 「決闘一日前」
2016.05.19 1話め
「さて、決闘までの時間がそろそろなくなってきたわけだが」
「……結局、戦闘に参加するのは僕と、善機寺君と、ゼクス君の3人か」
御雷氷ゼクス、善機寺颯、……亜舞照鳳鴻の三人は、トラン=ジェンタ・ザスターとの決闘前日に集まっていた。
集合場所はゼクスの部屋で、机を挟んで額を突き合わせている。
「……戦力的には問題はない。……進から情報は得た」
「それは信用できるの? 僕は信用したくないんだけれど」
「もう彼は敵ではない」
蒼穹城進から得た情報は、トラン=ジェンタ・ザスター自身が絶対の自信を持っている原因がとある【顕装】にあること。
鳳鴻は蒼穹城、という立場に対して未だ不信感を拭えなかったが、ゼクスはそれを制した。
敵ではない=信用できる、という考えのゼクスは表情ひとつ変えずそう答え、鳳鴻が苦笑して彼に笑いかける。仮にも蒼穹城進という
「ゼクス君も、かなり極端な考え方だよね」
「鳳鴻もだろ」
「ハハッ」
思わぬ反撃を食らって、鳳鴻は自分の事を思い返し……自虐的に笑ってしまう。
そうだ、自分だって……と。
しかし、鳳鴻は言葉を続けた。
時間はすでに夜の10時。いつもならゼクスと颯は鍛錬を終わらせ、鳳鴻は書類の見直しをしている時間である。
けれど、鳳鴻は今この瞬間がとても幸せに感じた。亜舞照家当代と言ったって、鳳鴻はまだ16歳の少年であるのだから、勿論友人といえる存在の彼等とこうして同じ時間を過ごせるのは幸福である。
いつもは、月姫詠も須鎖乃も女子で、話など合うわけがないのだから。
「作戦会議も何も、正直過剰戦力だと僕は考えているけれど」
「いや、けれど彼はそれだけ自信があるということだよな? 3人もこちらが用意しても問題無い、【八顕】全員が向かっていっても勝つ自信があるということなんじゃないか?」
ゼクスも、大丈夫だろうとは考えていたものの、それでも一抹の不安は拭い切れない。
【顕装】程度、と颯も感じて入るもののあの態度が気になり、ゼクスに聞かれないよう鳳鴻に話しかける。
「……亜舞照鳳鴻、頼みがあるんだ」
「ん?」
ひそひそ、と颯の作戦を聞き届けた鳳鴻は、慌てたような顔をして首を横に振った。
その顔には苦痛に近い表情が浮かんでいる。
勿論、ゼクスにはそれが届かないのだが、表情を読み取れないほど彼も愚かではない。
「いや、駄目だよ。僕はそんなことをするために【精神操作】を持っているわけじゃないんだ」
「……何も問題ない。頼む、万が一の時でいい」
苦痛に満ちて「そんなことをしたくない」と言っている鳳鴻を、なんとかして説得しているような表情の颯を見て、さて何を言っているのかとゼクスは気になってしまった。
しかし、鳳鴻は言わなかった。颯の従兄弟であり、仮にも颯の主であるゼクスに、臣下の決意を伝えるわけには行かなかない。
颯も言わなかった。自分の考えをゼクスに悟られれは、必ず止められる。
自分自身は、正直どうなっても構わないのだ。……終夜古都音は優しいからそう言ってくれたが、善機寺家の地位は一度地に落ちた。それがたった数ヶ月で直せるほど善機寺家は強くなく、そのためにもこれから頭角を現すだろう御雷氷家の臣下として、それなりの成果を挙げなければならない。
終夜家を代々守ってきた蜂統家は、普通の上流家庭から【三劔】にまでなれたのだから。
「ん?」
「いや、なんでもないよ。ごめんね」
そう謝った鳳鴻には、2つの意味が込められていたことだろう。
自分がそれを、彼に伝えることが出来ないという謝罪。
おそらく、自分の目的のためにも、万が一億が一、そういう状況になった時にそうしてしまうだろうという謝罪。
「……鳳鴻、君はトラン=ジェンタ・ザスターをどうしたいんだ?」
「正直な話をすれば、精神崩壊させたいかな」
鳳鴻は復讐者である。トラン=ジェンタ・ザスターを滅するためには手段を選びたくないのが本音だ。けれど、今まではなんにせよ、一番の人であった聖樹に止められてきたから、表立ったことは出来なかった。
けれど、今回は違う。今回は、飽くまでもゼクスの応援として参加する。
意味合いが少々違うのだ。だからこそ、徹底的に彼を殺ることが出来る。
「僕は彼を赦すことは出来ないだろうから」
「そうか。……まあ、俺も特に止めはしないし」
「君は?」
鳳鴻は、颯の決意を聞いた。
颯自身から返される言葉は、単純なもの。
「……俺は、ゼクスと終夜先輩に迫る脅威を根絶する」
「格好いいね。誰かのためにそこまで言える人は」
「俺も鳳鴻も復讐者でしか無いからな」
その言葉に、ゼクスも鳳鴻も彼が眩しく感じてしまった。
運命、と言ってしまえば逃げになる。颯は運命的に導かれたなどと宣う事なく、自分の意志でそう決定したと言った。
使命や任務、ではなく。「自分が何をしたいか」。
そこに、神牙アマツや蜂統アガミとの大きな違いをゼクスは再認識し、目を細める。
「とにかく、だ。まずは彼を倒す事を第一に考えよう」
「そうだね」
鳳鴻は大きく深呼吸をした。
復讐の時が、すぐそこまで来ている。
ゼクスも同様に、息を吸う。
……これが、自分が誰かを守れる第一歩になれたなら……と。
颯はそんな2人を護るため、心に覚悟を決めた。
2人でも勝てなかった場合、やはりこちらも「2人」の為に奥の手を使おう、と。
颯がやっぱり格好いいですね……。
計画通りとは言え、味方になる前とは本当に見違えますね。
あとまだ手札を残してるんですよねぇ。
次回更新予定は明日です。




