第191話 「前提」
2016.05.12 2話め
「……何故止めた」
「見ていられないからですよ。……颯君、貴方にはゼクス君と同じ言葉を与えます」
ザスターが意識を失って倒れている、その直ぐそばに颯は立っていた。
悔しそうな顔をし、呼び止められたことによる疑問と、ゼクスの命令に対して破らなかったことに寄る感情が交錯し、かき回されている。
その表情は、悲痛に満ちたもののようにも見えた。古都音の言葉を受けて、自分で決めていたことが決壊しそうになる恐怖。
それらをなんとか壊さないようにしながら、颯は言葉を絞り出す。
「……止めてくれ。俺は、俺は。……終夜先輩やゼクスに迫る危害を排除出来るのであれば、それによって死んでも後悔しない」
「私が後悔します。ゼクス君だって、貴方の従兄弟なのでしょう? 私としては、弟のようなものだと考えています」
その言葉に、颯は反応した。いや、反応した。
自分は、従兄弟だとかそういう事以前に、ゼクスや古都音の忠臣であると思っていた。
ゼクスは自分を対等に見ようとしていたが、颯がそう許さないというよりは……自分がゼクスに仕えるべき人間だと自覚していたし、それをゼクスが許しているという部分もあったからだ。
しかし、古都音は違った。古都音は最初から、彼をゼクスの同い年の従兄弟だと考えていたである。
それが、颯には嬉しくもあった。同時に、ゼクスに申し訳なくもあった。
古都音の周りに、余計な男への気持ちを遠ざけるためになんとかしようと考えていたというのに、自分に向けられていると今気づいてしまったから。
颯は、忠臣である前に……御雷氷ゼクスの兄弟であることを今、やっと理解したのだ。
「……はい」
「使用した顕現力分、回復させますから……。少々お待ちを」
古都音が、祈るようにして両手を組むと、そこから黄緑色の光が輝き、広がって颯の身体を包む。
颯は、それを心地よいと感じた。古都音の包容力に包まれているような感覚がし、気分は良くなったと思われたが、同時に強くゼクスへ罪悪感を追ってしまう。
しかし、ゼクスはこんなことでどうともならない人間だと、颯は知っていた。
だからこそ、これからの態度でこれまで以上のことを表さなければならないと、颯は考える。
けれど、無茶は出来なくなってしまった。自分の信条がブレ始めたことに颯は驚き、そして動揺を始める。
そこに登場したのは、【顕煌遺物】を携えた1人の男子生徒だった。
「ねえねえ」
「……進」
蒼穹城進は、倒れているトラン=ジェンタ・ザスターと、回復を続行している終夜古都音と、それをされている善機寺颯、ポカーンと口を開けてあっけにとられているアマツと冷撫を見つめる。
そして、颯が古都音を庇うように、アマツが冷撫を庇うように1歩前に出たのを確認して慌てて両手を広げて前に突き出し、隠し武器を持っていないことを確認させる。
そもそも進は戦闘をしようとするつもりはなかった。
目的は、別にある。
「警戒しないで。……僕はただの傍観者で、君たちに関わるつもりはないよ。今のところはね」
今のところは、というのを強調して進は笑う。勿論、颯もアマツも警戒は解かず、それに対して彼はため息をついてトラン=ジェンタ・ザスターを指差した。
「……そこに転がっているザスターは、僕が回収していってもいいかな? ちょっと試したいことがあってね、あー……後始末はこちらでしておくし、それなら問題ないでしょ?」
「好きにしてくれ」
「ありがと。じゃあねー。これでぐっと、楽になるね。」
では、グッドラックと軽やかな動きで中へ浮かぶと、背中に銀色の翼を生やして進は去っていった。
流れるような動作に警戒していた2人も思わず警戒を解き、唖然として去っていった方向に目をやる。
「……何だアイツ」
「ぐっと楽になるから、グッドラックってか?」
笑えない冗談だ、とアマツは苦々しげにそうつぶやきながら颯から去っていく。
颯はそれを止めなかった。脅威が去った今、他のものは自分でもなんとかできると判断したのだろうと。
冷撫は、スタスタと立ち去っていく彼を半ば走るようになりながら着いて行く。
いつもと違う、いや最近はずっと違った彼を心配するように、声をかける。
「どうしたのです? アマツ様」
「……いや、ちょっと」
アマツは、考えていた。古都音の言葉で、彼の忠心がもう1段階高まった気がした。
だからこそ、怖い。
けれど、すでに善機寺颯は……。
「出来れば敵対したいと考えていたが……もう、敵対は無理かもしれない」
善機寺颯は、ゼクスをサポートするという使命感によって動いているアマツの、敵となり得ない。
次回は蒼穹城目線です
次回更新予定は今日、だけれど15時半までに更新できなかったら明日になります。




