第189話 「忠心」
2016.05.10
善機寺颯は、元々偉大な【顕現属法】の使い手であった父親・颪と。
心身共に回復が可能な母親であり、ゼクスの養親と双子の姉妹である奏魅の2人、その背中をみて生きてきた。
颪と奏魅はけっして、自分達が秘密裏に八龍家と協力していることを颯に言わなかったが、颯は親が何かをしていることを理解できた。幼少期からそれはあったため、それが普通だと考えていたのだ。
だからこそ、才能は【顕現属法】使いの父親に引かれ。
性格は、「大切な人を護る」という冷躯に惹かれるようにして彼女自身の信条となった奏魅に惹かれてゆく。
その結果、彼に構成されたのは強力なサポート精神と、努力と才能両方に培われた力。
しかし、それは八龍ゼクスに出会うまで、秘めたる力として発揮されることはなかった。
「俺は安心しろ、殺しはしない。殺してしまうとそれで苦痛が終わってしまうからな」
「ぐ……!?」
颯は、【翠煌成打刀拵】を手に、上段から強くそれを振り下ろす。
風を斬る、というよりは風と一体化したその【顕現】は、切れ味が調節されておりトラン=ジェンタ・ザスターの身体を切り裂くことはなかった。
しかし、重圧がザスターを襲う。
へたれ込んだままのザスターは、地面にめり込むようにして下に押し付けられた。
ミシミシと音をたて、そして最終的には割れるような音がして地割れが起こる。
「抵抗しないのか? トラン=ジェンタ・ザスター。先程までの威勢は何処へ?」
「……今に見ていろ、ゼンキジハヤテ。『アレ』が届けば、貴様らなどすぐにぶっ潰せる」
「物に頼らず、己の力を俺に見せろ!」
そうやって颯は吐き捨てた。彼にとって、【顕装】という物は飽くまでも【顕現】をサポートするものでしか無い。不得手な【顕現者】が、弱点を埋めるためもしくは長所を伸ばすために使われるものだ。
その人のメインになり得るものではないと、颯は考えているしそのメインになり得る物は【顕煌遺物】というものが存在している。
だからこそ、ザスターの……その考え方が、気に入らなかった。【顕現者】の戦闘力を増幅させるものは【顕煌遺物】か【顕装】しかない。
しかし、それは本当に自分自身の力なのか? その答えは、やはりNOである。
「俺から奪い取るというのなら、俺を倒してから奪うが良い」
ザスターが【顕現】を発動させる。彼の発動させた直刃剣が【翠煌成打刀拵】と接触した瞬間、彼の【顕現】は砕け散ってしまう。
愕然とした顔をしているザスターに対し、颯は吐き捨てるように息を吐くと彼を睨みつける。
「その程度の気持ちで、俺やゼクスから終夜先輩を奪おうとしていたのか。もっと執着心を見せてみろ。……俺の、『忠心』に勝れるくらいのな」
その姿を見て、アマツも底知れぬ恐怖を感じていた。
目の前の、善機寺颯の忠心が自分の使命感を越しつつあることによる恐怖。
自分が、目の前の男に追いぬかれつつあることによる恐怖。
ゼクスとの関係も、その繋がり……縁も、自分との実力も。
本の半年前はこちらのほうが上だった、はずなのに。
今は、どうなんだろうか。
颯は、そんなアマツには目を向けず目の前のザスターに目を移し、何度も打ち付けていた。
ザスターの顔は歪んでいる。自分が何度も【顕現】を生み出したとしても、何をしたとしても。
それは、無駄に終わった。すべてが破壊され、はじけ飛ぶ。
自分の思いが相手より負けているのか、それともそもそも【顕現】が負けているのか。
しかし、【顕現】は思いが増大させるもの。
ザスターは何度も何度も、【翠煌成打刀拵】で打ち付けられながら考えた。
俺の、コトネへの気持ちは、彼の心よりも弱かったのか……と。
顔はゆがんでいき、たんこぶができ、打撲傷が紫から黒へと変色していく。
颯は決して手を緩めなかった。古都音に、止められるまでは。
「……颯さん、やめてください」
古都音は、そのとき初めて颯を名前で呼んだ。
古都音は優しい少女だ。ゼクスの事を愛していて、更に周りにも気を配っている。
ゼクスの親友であり、同輩であり、いとこである颯のことも気にかけているのだ。
だからこそ、古都音は悲しむ。目の前の男が、自分のために、ゼクスのために、汚れ仕事を担うことを。
ザスター、九死に一生を得る(?)
次回更新は明日です




