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四煌の顕現者  作者: 天御夜 釉
第7章 御雷氷・八龍・御氷
175/374

第175話 「添い寝」

2016.04.26 2話め

 鼻孔をくすぐる柔らかい香りがして、俺は思わず息を止めた。

 目の前には古都音がいて、吐息がお互いに聞き取れるどころか、まつ毛を目で1本1本視認できる位置にいた。


 そして寝転がっている。何故八顕学園の学生寮はダブルベッドなのかと疑問に思っていたが、もしかしたらこういう目的なのかもしれない。

 俺は妙に変なことを考えた後、目の前の少女に視線を戻した。


 ……うーん、見つめれば見つめるほど息を飲むような美少女である。

 完全に目を奪われていた。何もかも、彼女を前にすればどうでも良くなるほどに、その容姿も何もかも、かなり美しい。


「こういうの、やっぱりゼクス君も緊張します?」


 甘いささやき声が耳元に吹きかけられるようにし、俺は背中が恐ろしくゾクッとした。

 もしかしたら耳が弱点なのかもしれない、などと無駄なことを考えつつ、俺はクスクスといたずらっぽく笑う古都音を見つめる。


「よく分からないけれど……暖かい」

「ふふ、それなら良かった」


 そういった古都音は本当に嬉しそうだ。

 左手を伸ばし、俺を引き寄せてから、髪の毛をそっと撫でている。


 俺がそうしたい気分なんだが、しても怒られないだろうか?

 ……考えるだけ野暮だな。


「思えば、あのデート以来ですね。恋人らしいことをするのは」

「こういうのはどうすれば良いのかわからないんだ。ずっと鍛錬脳だったから」


 そう。俺はずっと5年間夜といえば鍛錬をして、倒れるまでやってすぐに寝るという活動を繰り返していたのだ。

 学園に入学してから、父さんに余裕を持つように言われ、最近は基本的な身体の鍛錬と、【顕現オーソライズ】関係の鍛錬のみにとどめているけれど。


 父さんは、きっと俺がずっと鍛錬のみに人生を、青春を費やしてほしくないと考えているのかなと予想する。

 鍛錬は思った以上に時間がかかるものだ。早い日は1時間掛かるか掛からないかで終わるけれど、じっくりとやるなら3時間以上になる。


 そもそも、恋人らしいこととは何なんだろう? よくわからないけれど、夏休みのデートみたいに抱き合ったりというのがそうなんだろうか?

 デートもあの時が初めてで、正直何もわからなかった俺だ。


「私は……少々重いかもしれませんが、運命の人を待ち望んでいたのです。お父様も一般家庭の状態に近いように生活をさせてくれましたから、料理を習ったり雑誌を読んだり、漫画を眺めたり……」

「……そっか」


 俺にはわからない世界の話だ、漫画とか。それにしても、運命の人ね。

 そう言った俺にはよく分からなかったが、古都音が俺の事をそう思ってくれているのなら。

 それに応えたほうが良いのかもしれない。


 【顕現オーソライズ】がある世界のことだ、きっと奇跡も運命もあるに違いないと考えている。

 だって、この能力は基本的に……戦闘にしか役に立たないから。

 治癒能力者は別としても、俺とか完全にその典型だろう。


 古都音が俺をさらに引き寄せ、何か違和感を覚えた後少々頬を膨らませて俺を上目遣いに見つめた。


「……押し付ける胸がなくてすみませんね」

「どうでもいいけれど」


 ……ああ、貧乳だってことを気にしていたのか。何故気にするのだろうか。

 理想的な、和服の似合う大和撫子じゃないか。斬灯りとを見てみろ斬灯を。

 身体は小さいのに胸だけは無駄に大きいから、和服風に改造された制服が全く似合っていない。


 貧乳はステータスだ、と誰かが言っていた気がする。

 アマツ……だったかな。あの人、なんというかあれ。


 いろいろハイブリッドすぎるんだ。かなり野蛮ワイルドな風貌なのに中身はインテリだったり。

 その風貌のせいで荒くれ者っぽいけれど、アニメ? やらライトノベル? やら良く読んでいる、気がする。

 その時間を鍛錬に回せばもっとつよくなるのに、と考えてしまうのは俺の悪いところである。


 異能系のライトノベルなんて、読んで何が楽しいのかと考えてしまうのだ。

 確かに? そんな能力のない世界なら、ファンタジーを描いているわけだから良いと思う。


 が、俺達は実際に持っているんだぞ、【顕現オーソライズ】という異能らしき何かを。

 ……まあ、作者は【顕現オーソライズ】を持たない一般人で、【顕現者オーソライザー】の生活を想像して書いているのだろうが……ね。


「……俺は、古都音と一緒に居られるだけで充分だ。恋人らしいことも必須じゃない」

「あらあら。私はもっとこうして居たいですけど? ……ゼクス君だけなんです、こういう感情が湧くのは」


 ぐっ。そう言われれば返す言葉はない。

 古都音は俺の胸に潜り込むと、甘えるように拗ねるように、声を発する。


「だって、みなさん終夜の名前ばっかり。……私を見て欲しいと思いませんが」

「普通に見られてるけれどもね。……もしかして、古都音って鈍感?」

「カウントしたくないだけですよ」


 そういって、上目遣い。うわぁ本当にうまいなぁこう云うの。

 俺は恐る恐る、と言った様子で先ほど古都音にされたように彼女の髪の毛をさすってみる。


 と、古都音は気持ちよさそうに目を細め、両腕を俺の首に回した。


「貴方の視線だけで十二分です」


 ……あー。幸せ。

 この状態だけでも俺はかなり幸せだ。だんだん、自分の部屋に戻らずココでずっと甘えていたい、と本気で思うようになってくる。


 いや、だめ。

 鍛錬は忘れてはいけないのだ。休んだらそれだけで怠惰に堕ちてしまう。

 簡単に人間ってのは誘惑に負ける。明日鍛錬を怠ったら、明後日も「まあ明日すればいいし」となってしまう可能性大。


「……また、不安に思っていますか?」

「いや、大丈夫」


 俺はいつもとは違い、しっかりとした意志で首を振った。

 もう、不安になど思っていない。


 まだ深くていながら、この幸福は本物だ。今日の幸せは、今勝ち取っている。

 それなら、明日も勝ち取ればいい。


「私は、貴方を見捨てたりしませんよ」


 俺は何も言わず、彼女の長い髪の毛を撫で続ける。

 分かっている。分かっているさ。


「記憶が無くなっても、貴方をまた好きになれますから」


 ……それは、冷撫の事を言っているのだろうか?

 俺は心配に思っていない。もう、冷撫のようにはさせない。


 アマツは、見失った時にやられたと言っていた。おそらく、直接接触しなければ出来ないということなんだろう。

 なら、ずっと俺が傍にいてやれば良い。


「でも……一瞬たりとも、ゼクスくんの事を忘れるのは嫌ですね」

「【顕現オーソライズ】に関係するのが原因なら、気の持ちようでなんとでもなる」


 俺が鳳鴻おおとりの顕現特性の耐性を、ある程度持っているのはそのせいだ。


 古都音を安心させるように、背中をさすってやる。

 こういうこと、アマツならもう少し上手くできるんだろうか。


「お話してきたら、眠くなってきましたか?」


 古都音の声に、俺は軽く頷いた。

 ……まぶたが自然と降りてくる。


「これからは毎日でも構いませんからね、おやすみなさい」


 そのささやき声に、俺は安心しきって目を閉じた。

 こんな日が来ることを、5年前の俺は考えられただろうか。


 いや、きっと考える暇なんてなかっただろう。

 ただ、今はこの……。


 確かな「幸福」を、存分に味わうとしよう。

次回更新は明日です。

LOLに侵食されかけた気がしますが、そんなことはなかった。

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