第165話 「記憶喪失」
2016.04.22 1話め
ひと月ぶりにやってきた「神牙研究所」は、物々しい雰囲気に包まれていた。
次代当主候補の婚約者がいるからなのか、それともその症状を解決できないからなのか。
アマツに連れられて、彼女が居るとされている場所へ向かう。
ゲストルームに現在は居るらしい。研究員たちがこちらを見て頭を下げるのを俺は見ながら、どうも居心地の悪さを感じていた。
なんとかなりそう、とは感じたものの。
確証はなにもないのだ。俺の楽観視がなんとかなっていれば良いのだが、例えば俺ではどうとも出来ない問題であったなら。
俺は、アマツに対して頭を下げることしか叶わなくなるだろう。
「ここだ。……冷撫、入るよ」
アマツがノックを3回して待っていると、少々してから「はい」と柔らかな声が聞こえた。
どこか儚げで、今にも消えてしまいそうな声。
俺はアマツの方をじっと見つめた。
……すでに、彼は泣きそうな顔をしている。
「……アマツ様、おかえりなさい」
鈴音冷撫は、柔らかな顔でベッドに腰掛けていた。
ゲストルームには、ベッドと小さな机、椅子。そして研究所に繋がるだろう電話以外何もない。
それに加えて、持ってきていたのだろう宿題の類が整頓されておいてある。
俺は彼女に何か話しかけようと口を開きかけ……。何も出来ずやめておいた。
最後に彼女へ話しかけたのは何時だったか、神牙家のパーティでが最後だっただろうか。
5年間、自分を支え続けてくれた少女を軽くあしらってしまったのは申し訳ないが、だからこそ話しかけることも出来ない。
少女は、柔らかなほほ笑みを保っている。首にはペンデュラムネックレスにされた【神牙結晶】が光っており、常時負荷がかかっているのか弱い光を発している。
きっと、俺が激情を起こしている間は強い光を放っているのだろう。
と、やっと冷撫は俺に気づいたようだ。
……俺の予想と反して、柔らかなその表情を引っ込め……。
そして、首を傾げる。
「……ええと、申し訳ありません。どなたですか?」
俺は、突然のことに頭がついていかず。
頭がくらくらするのをかんじた。頭がぼやけるように白がかって、何を考えているのか分からなくなる。
……彼女は何を、言っているのだろう?
「冷撫、冗談だろ? 5年間友人だったゼクスだけど、覚えてないのか?」
「いえ、全く」
即答か……。ちょっとキツイな、これ。
「でも――。アマツ様の親友だと聞き及んでおります。よろしくおねがいしますね、ええと……御雷氷ゼクス様?」
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「……いやー、何も問題なかったな」
ゲストルームを出て、俺はアマツと休憩室にやってきていた。
結局、俺は何もしなかった。【選別】で何かが彼女に干渉していることは分かったが、俺の事を一切「なかったコトにされている」こと以外は何も問題がない事が分かり、このままで良いと判断してしまったのだ。
『【顕煌遺物】が関わっておる。……我には何も出来ん』
と、オニマルに言われたことも関係するのかもしれない。
オニマルが俺にここで隠し事をする必要は一切なく、だからこそ俺はその言葉に従うことしか出来ない。
あと、正直こちらのほうが彼女にとってはいい。
俺があの日、彼女に伝えた日から彼女はアマツの方についたとしても全くの悩みなし、というわけではなかっただろう。
だからこそ、これで正しいと思う。俺への好意が一切消えて、アマツへの愛情だけが残って、ずっとそちらに一方通行というのなら、それで問題はないのだ。
今まで以上に何か起こったらその時に考えよう。
「……ゼクス?」
アマツの声が、呆然としている。
俺の精神的にキツイかどうかと言われれば、キツイんだが……。
しかし、それを上回るメリットが冷撫にあるのなら、なにもしないほうがいいだろう。
「冷撫はもういいんじゃないかな、学園に戻しても問題ないよ」
「ゼクス。……お前、本当にそれでいいのか?」
「ああ」
俺は即答し、アマツから顔をそむけた。
が、すぐに向き直される。
「本気で言ってんのか!?」
彼の気持ちがわからないというわけではない。けれど、これで良いんだ。
アマツは俺を親友だと思ってくれているし、俺の復讐をサポートしてくれた。
でも、それは俺が【三劔】だった頃の話で、今はもう変わってしまっている。
学園の中では「八龍」、外では「御雷氷」。
2つの名前を使い分け始めている限り、俺が学園を出ると相手は同じ【八顕】として俺を扱わなければならなくなる。
多分、今まで前例なき事態だ。俺も立場が変わってしまう。
だからこそ、冷撫には変に気持ちを俺に向けてほしくない、というのもある。
俺が深く関わりを持つと、今回みたいに狙われる。冷撫の場合は俺の記憶がふっとんだだけで良かったが、これがもっと酷くなったら。
今、俺は誰も守れない。護るというよりは、先に相手を倒せばよかろうという思考だ。
これからは、護る手段も訓練していかなければならない。
そう、父さんのように。
「少し1人になりたいんだ、アマツ」
「……分かった」
俺が一切の視線をそらさず彼を見つめると、やっとアマツは俺のいうことを理解できたらしい。
うなだれて、「冷撫のところに戻る」と手を振って去っていった。
……ここからなら、学園まで歩いても数時間だろう。
たまには、ひとりで街を眺めながら歩くのも悪く無い。
――。
最近、みんなと一緒にいることが多くなりすぎた。それを幸せと思うことがなくなり、「当たり前」だと感じ始めてしまっている。
それではいけないのだ。
……俺は本来、1人ぼっちで居るべきなのだから。
次回更新は明日、か今日です。




