第016話 「八龍ゼクス 対 善機寺颯」
はじめ、という言葉が聞こえた瞬間俺はすでに飛び出していた。
相手が取り回しの難しい刀なら当然、懐に入り込めば何とかなる。
地面を駆ける音すら遅れて、前とまたちがう純粋な「凶器」となった手が弾丸の如く善機寺向かって射出された。
男の目が驚愕に見開かれるのを視界に捉えつつ、吸い込まれるようにして右拳は相手の左頬へと飛び込む。
その行動に、俺は何の感情も抱かなかった。
ゆっくりと流れていく時間の中で、左頬を強打された男が刀を取り落としてしまったことを。
善機寺颯が俺を驚愕と戦慄の目で見つめ、取り落とした刀を慌てて拾い上げるまで、俺は動かない。
丸腰になった相手に、一方的な戦闘を繰り広げても意味が無いのだ。
「……面白いな、オマエ」
にやっと、好戦的な笑いを見せた善機寺は口から血を吐き出し、刀を構え直す。
今さっきまでは不意打ちを食らったから、対応できなかったと判断しているのだろう。
俺は無言で構え直し、再び対峙。
ただ、今回は前よりも距離が近い。
精神を集中させ、敵の呼吸による体の揺れすら感じ取る。
一瞬だけ、相手と目が合った気がした。
「ド派手なものは、嫌いか?」
そういった善機寺が、姿を消す。
何処に消えた、と考える前に後ろでも横でもなく。
「前」に現れた善機寺は、そのにやけ顔に刀を引っさげて俺を切り裁く動作に入っている。
無意識に防御のため左手が伸び……
【AVA】から伸びた爪が、刀の進行を止める。
ナックルダスターと刀を接着させるように凍ったのだ。
「は?」
疑問の声を上げるのも無理はない。
ただのナックルダスターだと考えていたんだろう。
違う。それは違う。固有名がある時点で何か能力はあると勘ぐるべきだ。
俺のナックルダスターは、いろんな用途で扱える。
伸びた爪を瞬時に戻し、刀を引き寄せて手で掴む。
試験中の出力制限がかかっているそれは、俺の手を切ることなく収まってしまった。
この程度か、なんて相手を愚弄した言葉は使わない。
善機寺家とはいえ、まだ15歳だ。
でも、調子に乗って【顕現】した上で敗北するのは、格好悪すぎないか?
「【顕現】で思った以上に体力を奪われてるだろ」
俺の言葉は、相手の耳に届いただろうか。
焦って聞こえていないかもしれない・
掴み取られた刀を取り戻したくて、冷静さを欠いている。
……まあ、持ってる俺のせいなんだけど。
「善機寺颯。君には何の恨みもないが……」
俺は刀を頑として離そうとしない彼を好都合と見て、刀を引き寄せた。
善機寺さん、ちょっとアレですね。
無様だよ。
刀を引き寄せたと同時に、耐え切れなくなって善機寺の体もこちらへ向かってくる。
その無防備な背中に向かって踵を勢い良く落とす。
俺、体やわらか~い!
「ぐぇっ! ぐぇっ!」
一回目のうめきがかかと落とし直撃の音。
二回目が地面に着地した音。
アヒルじゃないんだから、頼むからそんな情けない声を出さないでくれ。
笑いを堪えきれなくなるだろ……?
興味をなくした俺は、捨てるように【顕現】された大層な名前の武器を投げ捨てる。
手応えがなさすぎる。
先ほど噴き上がっていた戦闘意欲もとうに消え失せ、俺は10カウントを待った。
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「あちゃー、あれは駄目だね」
僕、蒼穹城進は八龍君と颯の戦いを見て、ため息をついた。
完全にワンサイドゲームだし、颯は自分の作った【顕現】に固執しすぎな感じがする。
一撃目からもろに受けてるし、格好つけてる場合じゃないよ……。
試合前に強者感だして、化けの皮が剥がれたらああなるのかぁ、僕も気をつけなくっちゃ。
「八龍ゼクスの【顕現】、面白いな」
遼は、戦いじゃなくて顕現したものに興味を持ったみたいだ。
確かに、面白い。最初は爪がなかったのに、途中から伸びる。
つまり、「拳」であり「爪」という暗器でもあるわけだ。
颯の刀を捕らえたことを考えても、かなり強い顕現力が込められてるんだねと考えられる。
『勝者、八龍ゼクス』
アナウンスがなって八龍くんが僕達から背を向ける。
やっぱり、目を合わせたときの表情が酷いね。僕達を心底憎んでるみたいな顔。
何かしたかな。……覚えてないからなんとも思わないんだけれど。
「この次の次が神牙対進だけれど、大丈夫か?」
「何が? あんな地味な戦いじゃないとおもうよ。神牙君はド派手なものが好きだろうし、僕もパフォーマンスとしてちょっとは演出をね」
それをやってして、神牙君に勝てばいいや。
神牙君が弱いとわかれば、八龍君も僕達に付いてきてくれるかもしれないし。
僕は遼の、中性的な顔を見つめた。ちょっと前に遼と契はどっこいどっこいでなんとかなったけれど。
今回は、相手も殺意満々だから何とかならないんだろうね。
次回更新は今日中で。




