第158話 「小話:雪璃と冷躯」
2016.04.17 1話め
ゼクスが雪璃と出会う、少々前のお話。
「冷躯、何時も頼んでばかりで申し訳ないんだけれど、頼みがあるんだ」
俺は、いつもどおりミソラに呼ばれて神牙研究所に来ていた。
目の前の旧友は、白衣を来て忙しなく手を揉みながら、何かためらいがちに目を泳がせる。
この部屋には、俺とミソラ以外にもう一人、いる。
少々、場違いな人物だ。すくなくとも俺は今まで見たことがないが……。
特徴的なのは、その髪の毛だろうか。黒と薄紫が混ざっている。
顔は人工的に作られたのではないか、と考えてしまうほど整っており、しかし不自然さが存在しない。
「その女の子は?」
「……この娘が直接関係する事柄なんだけれどもね」
随分とミソラが言いにくそうにしているのは、どういうことだろうか?
俺はとりあえず、相手の話をとりあえず聞くことにした。
「この娘の名前は[コード100020]」
「……まさか」
ここで、俺はそのコードという言葉に聞き覚えがあった。
いや、確かに「コード」だけならばいくらでも聞いたことがある。
けれど、ミソラから言われるのは一つしか無い。
人工的に、遺伝子を組み合わせて「望んだ通り」の【顕現者】を開発する、その開発番号だ。
「……【ライザーズ・チャイルド】か」
「そう。デザイナーズチャイルドの一種だね」
ミソラは、少女をじっと見つめながら正直に答えてくれた。いや、それが普通だ。ミソラは俺に対して嘘らしい嘘をついたことがない。
勿論、俺も相手に対してはない。
そうやって信用関係を20年も築いてきた。
それほどの関係であるミソラが、俺に対して頼みがあるという。
「で、なんなんだ?」
「八龍家に養子として入れて欲しいんだ」
「はぁ?」
……は?
いや、流石に俺でも驚いたね。初対面の女の子を、しかも【ライザーズ・チャイルド】の恐らく成功例だろう。それを俺に「養子に入れてやってくれ」なんて。
まあ、だいたいは分かるよ? 何か、この少女……[コード100020]には特別な事情があるのだろう。
特殊な状況で生きてきた、箱入り娘で研究対象だ。それが解放されて……ってな感じなんだろうな。
「ちょっとね。本当に申し訳ないんだけれど、一番都合が良さそうなのが八龍家なんだよ」
「まあ、いいけどな? ゼクスに、身内で守るべき人が居れば変わるだろうなと思っていた頃だし」
俺は仕方ないな、と苦笑しながら頷いた。
少女はミソラに案内されて、戸惑いながら俺の方へやってくる。
……近くまで寄って来るとそれはそれで、待た美しいと感じる事ができる。
だが、娘の年齢でしかない。流石に恋愛対象としては見れないわ、うん。
とりあえず、尋問だ。間違えた、質問だ。
「事情は教えてもらうからな
「……うん、伝えないといけないことはわかってるよ」
そういって、ミソラは話しだす。
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ミソラとの話が終わり、俺はとりあえず少女をつれて研究室から出た。
研究員たちからは、彼女が【ライザーズ・チャイルド】だということを知っているのだろう、顔見知りの研究員が会釈をしながら興味津々といったような顔でこちらを見つめていたことは記憶に新しい。
「よ、宜しく?」
「おう、俺の名前は冷躯」
俺が名乗ると、黒と薄紫色の髪の毛をした少女は首を傾げ、暫く何かを考えるようにしたあとに口を開く。
「……100020です」
「んー、それだとちょっとあれだな」
流石に「イチレイレイレイニレイ」はダメだ。
何か名前を考えよう。
っと。俺は考えつつ、彼女を助手席に座らせる。
車は初めてのようだ。きょろきょろと珍しい物をみるように首を動かしている少女に俺は笑いながら、思いついた名前を声にだしてみる。
「セツリ」
「……?」
「今日から、そうだな。君は俺の娘で、名前は雪璃、だ」
……うーん、ゼクスを拾った時はもう少し上手く言っていた気がするんだが。
やっぱり相手が異性だと緊張しているんだろうか?
名前も深く考えていない。けれど、「雪」に「璃」か、美しいものの集合体みたいな名前を考えちゃったな。
でも、少女が嬉しそうに「せつり、せつり」と言葉を飲み込もうとしているから、それで問題はないのだろう。
「……はいっ」
「敬語もいらない。あと、雪璃には兄が出来る」
俺がゼクスのことを教えると、とたんに雪璃は自信なさげな顔を見せてきた。
経験がないのだろう。人間としては、まだ研究対象である【ライザーズ・チャイルド】は経験が乏しすぎる。
「……いた事、ない」
「うん、だから新しく出来るんだ。今度決闘するらしいから、その時に見ておいで」
でも、戦闘訓練くらいは受けているんだろうな。人道的に研究が行われていればいいんだが。
しかし……[コード100020]、か。10万もやってるのかね?
流石に、3進数とかっていう珍妙な数の数え方ではないだろう。
それにしても、雪璃は……少々自信を持ちにくい性格のようだ。
「私には、何も出来ない」
「……何も出来ない人間なんて、いない」
俺はそれを真っ向から否定した。
そういえば、ゼクスもあの時はこんな感じだった気がする。
才能が飛び抜けすぎてて、寧ろ他の部分で足を引っ張られていたというのに、その原因が当時は……ゼクスの知識では分からなくて。
その時、俺はどうしたか。
こうしたさ。
「雪璃が自分を否定する度、俺は雪璃を何回でも肯定しよう」
「……うん」
「俺達の娘であるかぎり、俺が護ってやるからさ。……さて、帰ろう」
俺は嘘をつかない。
「強いのね」
「……ああ、俺は強いよ」
俺は嘘をつかないし、強いということを自覚できる程度には自分を分かっているつもりだ。
自分の言っていることは、決して綺麗事ではない。
言ったことは、きちんとする。
「でも、家族を守れるなら。この力を使えなくなるまで、酷使してでもやってみせるさ」
俺の顕現力だって、無限ではない。
3日ぶっ続けで【顕現】していたら、そりゃぶっ倒れるだろうし。【顕現属法】だって、消耗はする。
けれど、それが誰かのために――だというなら。
それは必要のあるモノだろうさ。
次回更新予定は明日。でも今日かもですね。
次回から新しい章……と言う前に、【顕煌遺物】の纏めをば。




