第015話 「試合前両者の対峙」
クラスの全員が、こちらに注目しているように感じたのは気のせいだろうか。
いや、気のせいじゃないはず。
俺が試験の実戦フィールドに立つと、そこにはすでに善機寺颯の姿があった。
無愛想なフェイスに本心を隠した男は、こちらを観察するように目を細めている。
その目は、蒼穹城が目を細めたのと全く違う印象をこちらに与えた。
「りょ、両者名乗りを」
試験官の声は、震えていた。
それもそうか、【三劔】八龍家と【八顕】善機寺家の試合だからな……。
先に善機寺が名乗った。
今までどおり、不機嫌でどこか退屈な低い声が耳に届く。
「八龍ゼクス」
俺も名乗った。やっぱり、少し俺の名前はアマツたちと違うな。
アマツはちゃんと……日本語だからか。俺は完全にドイツ語だからな。
発声すると、相手の顔がぴくりと反応するのがわかった。
こちらの名前に見覚えがあるのか、それとも別の意図があるのか。
善機寺の後ろのほうを見れば、そこには蒼穹城たち一団がベンチでふんぞり返って居る。
こちらの敗北が分かりきってるような顔だ。
いいのかね、みんなの前では行儀の良い好青年気取りの蒼穹城が、そんな態度とっちゃって。
「ルールは手を地面について10カウント過ぎた人の敗北、つかせれば勝利となる。降参は認められない……」
試験官が心配そうな顔をこちらに向けた。
それは、善機寺が今にも試合を放棄しそうな不機嫌さだからだろうか。
それとも、俺が今すぐにでも相手に襲いかかりそうな、好戦的表情だからだろうか。
どちらでもいいや。
さて、善機寺颯。
俺の復讐の為に、生け贄になってくれ。
「両者、戦闘準備」
「元素の属せし物、名乗りしは【風】。顕現せし様のそれは【打刀】。今ここに現われよ、顕現者の証が一つ、【緑漆打刀拵】」
なっが。【顕現】の固有名長すぎ。
俺がそう感じた少しあと、フィールドには突風が巻き起こった。
思わず顔を風からそむける。
顔の向きを戻すと、そこには1本の刀が善機寺の右手に握られていた。
刀の長さは80cmほど。刀身には、風が走るように僅かな歪みが見えている。
それが相手の武器というわけか。いいねえいいねえ。
刀を構えた善機寺をじっと見つめて、ふと観客に意識を向けてみる。
……驚愕している人のほうが多いな。この程度の属性効果なら、特に驚くこともあるまいて。
【顕現】するとき、一定の実力が有ればあんなかんじに風をまとったり、またアマツの時のように焔を噴いたりする。
学園に入ってきたばかりの人は、本当に未経験者ならそもそも【顕現】することで精一杯。
だから驚くんだろうけれど。
「だせよ八龍ゼクス。俺に力を見せろ」
早く終わらせようぜと善機寺颯。
簡単に終わらせられるんだったら終わらせたいが、俺にも目的があるのでね。
軽く深呼吸をして、一度だけ冷撫たちのところを見やった。
アマツはサムズアップし、アズサさんはウインクをして、冷撫は何やら祈るような様子で目を閉じている。
冷撫は俺の暴走を危惧しているんだろう。
たしかに、昨日の路地裏で俺は暴走しかけた。
自分を失って、結構恐ろしいことをしていた気がする。
けれど、今回は違う。何が違うのか明確にはわかっていないけれど、今回は大丈夫だ。
「属性【氷】・顕現体【角手】・個体名【AVA】」
俺の『顕現式』は、3秒とかからず詠唱を終了させ、特に風も何も効果がないまま唱えられた。
驚きの地味さに、善機寺含め試験官たちもが当然のように愕然とする。
こちらが使っている『顕現式』は、米国が定めた基本式の改変。
【神牙結晶】を使用してでも、長い式を詠唱してしまうと詠唱途中で発現が開始してしまうため、できるだけ短くするように工夫してある。
顕現固有名の由来は「雪崩」を意味する「Avalanche」からだ。
俺の【顕現】したものはナックルダスターという武器。メリケンサックのほうが聞き馴染みがいいかもしれない。
一見特殊なものが何もないが、俺のは……。
まあいいや、実戦でみせるのが良かろう。
「刃物に対して打撃武器とはな。興味が湧いた」
善機寺がなんだか、嬉しそうな顔をしているが。
これから叩き潰されるのはそっちだぞ。
「両者準備が整ったら挙手するように」
俺は【AVA】を装備した右手を上げ、善機寺は刀を持っていない方の左手を上げる。
戦いの前の緊迫感がピークに達し、体が武者震いで震えてきた。
「それでは、はじめっ!」
次回戦闘。
更新は日をまたいだ頃。




