第137話 「確かな変化」
2016.03.31 1話目
「やあ、八龍君。何ヶ月ぶりかな?」
嫌味ったらしくもなく、怯えているという様子も特になく。蒼穹城進という男は、俺を視認すると軽い口調で話しかけてきた
まるで、スポーツでもやってきたような口調。
決闘が「スポーツ」と分類されるならば、それもあながち間違っていないのかもしれないが。
彼の顔をみた。右目が見事に義眼だ。彼の意思に反しているのだろう、キョロキョロと右目のみが動いて、気味が悪い。――君も悪い。
右手は義手だろう。機械の部分を見られたくないのか、革手袋をしている。
俺は、その状態を見つめながら蒼穹城進に質問をした。
「体の調子は?」
「……素晴らしい皮肉だね。お陰で右半身をやられちゃって、【顕現】が使えないんだよね」
自虐的に笑って、彼は左手をぶらぶらとさせた。問題なく動いていることを予想するに、通常の生活には支障がないようだ。
そして、俺は彼の腰に差してある一振りの刀に目をやった。
【髭切鬼丸】の様に、【顕煌遺物】なのだろうと予想はできるけれど。
所有者として認められたのなら、何故【髭切鬼丸】はそれを認めなかったのか。
人間に個人差があるように、【顕煌遺物】も個体差があるんだろうなと。
オニマルは、自分を人間扱いする人を認めた。だから、そこにあるものも違うのだろう。
「この呪縛にも似た何かを、外してくれると有難いんだけれど?」
「断る」
「まあ、そうだよね」
とまあ、話を続けた蒼穹城進が示しているのは、つまり【拒絶】のことだろう。
俺の顕現特性は、俺が解除しない限り如何なる方法でも解除することができないから。
俺は、彼の言葉に対して即答した。悪を働いた、ということの自覚は充分にできている。
この行動に対しては、ただ自分の復讐のために「無能者」と呼ばれるなら本当に「無能者」にしてやろうと考えた。それだけだった。
「そんなに僕を憎んでたか」
「確かに、今冷静になって考えてみれば、本当に幼稚な考えだったのかもしれない。お前ら3人と、刀眞家に捨てられ、すぐに八龍家に引き取られている。何も苦しんでいないと考える人が多いかもしれない」
復讐する意味がわからない、と。周りの人に言われたことは良くあった。決して父さん母さんは言わないだろうが、心の中で思っていることだろう。
けれど、もう止められない。
「でもな、あの一連の出来事は、刀眞胤龍という人格を殺しきるには充分なものだった」
あの日、刀眞胤龍は死んだ。あの時はまだ名前がなかったけれど、最終的には八龍ゼクスと名付けられた。それが結果である。
もし、俺が。「友人とはいえ他人は他人」と考えられる人間であったならば、こういう結果にはならなかっただろう。
けれど、そんなさっぱりした人間ではなかった。今だって、そうだ。
だからこそ、憎み続けてきた。復讐の機会を待ち続けてきた。
その結果が、これ。
俺の言葉に、反応したのは蒼穹城進の隣にいた刀眞遼。
「ツグ……」
「刀眞遼。お前はもう俺の兄でもないし、俺は刀眞胤龍ではない」
俺は、言葉をはっきりと口にする。もう、何度かいった言葉を繰り返す。
刀眞遼は怯えたような顔で俺を見つめていた。けれど、次に何かを言い返すのを蒼穹城進が制す。
「うん、わかってるさ。……そうだね、元親友さん。前のような関係は、もう無理かな?」
「そうだ、元親友。狂い出した歯車は、欠けた部分に依って正常に動かなくなってるさ」
関係が上手く噛み合っていたのなら、今こうやって対峙することも無かっただろう。
俺が刀眞胤龍のままであったとしても、俺は少なくとも刀眞遼のようにはなっていなかっただろう。
もちろん「八龍ゼクス」という人間にもなっていなかった。
俺は、「もう行こう」と背を向ける刀眞遼、東雲契、蒼穹城進、栄都アインの4人をじっと見つめた。
そして、思い出したように言葉を投げかける。
「そうだな……最後に言うのなら」
俺の言葉に、振り向いたのは刀眞遼だった。
その目をじっと見つめ、俺は口元を歪ませる。
「刀眞遼、次はお前だ。ということだ」
−−
「神牙アマツ、鈴音冷撫。到着しました」
冗談めかして姿勢を正したアマツと冷撫に笑いかけながら、俺はやっぱりこちらは安心すると確信した。
「さっき、蒼穹城達と会ったぜ。アイツ、変わったな」
「そうだな」
俺は否定しなかった。確かに、彼は変わった。それが俺たちに対していい方向なのか、悪い方向なのかはわからない。
ただ。
……終始彼が真顔だったことが、少々不気味だっただけだ。
俺を見ていた時、果たして俺の目を見ていたのか、その奥をみようとしていたのか……。
だんだん調子出てきました。
次回更新は明日です。4月からは毎日更新できると思います。たまに複数話更新で。




