第136話 「古都音の断言」
第6章、始動
「もう、許してくれ、胤龍」
懇願する刀眞遼に、八龍ゼクスは冷ややかな目を向けた。
「俺はもう、刀眞胤龍ではない。……八龍ゼクスだ」
観客たちは、立っている男たちと、倒れこんでいる男女を交互に見つめている。
両方共、片方が【八顕】で片方が【三劔】。
なのに、どうしてこんなに差があるのだろう? と。
「最後に選択を与える。選べ」
ゼクスは、冷ややかな怒りを噴出させながら、元々の兄を見つめていた。
その目には、誰の目から見ても、一つの感情が鮮明に浮かび上がっている。
――殺意。
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9月が始まり、夏休みが終わって、2学期が始まった。
夏休み中、俺は何をしてただろう? 何が、俺を成長させてくれたんだろう?
そんなことを考えつつ、一つ一つ数えてみた。
「開放」を覚えた、「被覆」を覚えた、「選別」を覚えた。
古都音のことを知ることができた。古都音も、俺を愛してくれる。
これだけで充分なのかもしれない。本当に、俺は復讐をする意味なんて……。
……いや、ある。
俺が幾ら「今」幸せだろうと、それは結局「今」で。
最終的には、その傷と向き合わなければならない時が必ず来るだろう。
問題を後回しにしてはいけないのだ。
これから古都音を、颯を、そしてオニマルも。御氷家も八龍家も、俺は守らなきゃならないから。
……いや、いつの間にこんな強迫観念に囚われていたのだろうな、俺は。
「怖い顔をしていますよ、ゼクス君」
「……なんともないよ、大丈夫」
古都音に心配そうな顔で話しかけられ、俺は我に返って彼女の方へ振り向く。
取れるものは出来るだけ、同じものを取ったから休みの時も一緒だ。
いつもの様に中庭のベンチで座っている。日差しは強く、上を向いて歩けはしないだろう。平和ないつもの学園だ。
思えば、こういう生活もいいのかもしれない、けれど。
「……また先輩方ですか」
いつも、平穏な時間をかき乱す人間がいる。最初のあの時以来、俺はどうも「鉄谷セイ」とやらに、目をつけられたらしい。
どうも、【八顕】や【三劔】には劣るけれどそこそこ良い家の出身だそうで。
それを楯にしても仕方ない話だとは思うんだけれどもな。
「こんどこそ、今までの借りを返してもらうぜ?」
「……そうですね、古都音に手を出さないと宣言してくださるなら、応じましょう」
この人達はまだ「敵」ではないと思っているからね。
出来れば穏便に済ませたい所だけれど……?
どうも、古都音のことを一年前から狙っていたらしく、ずっと古都音の方から離れず。
そして、古都音のそばにいる俺に対して目をつけているということらしいのだけれど。
状況によっては古都音を使うというのなら、俺も黙ってられないし、手も出るだろうな。
「それはどうかな?」
「なら……目の前から消え失せろ、あの時のように」
相手の目が見開かれるのと同時に、俺は【始焉】を抜いた。
光線が剣の形を保ち、蒼い光を周りに発散する。
鉄谷セイは見たことのない【顕装】に腰を抜かしたようだ。確かに、このモデルは終夜スメラギ氏がオリジナルで創りだしたものだからな。
「なんだ、それ」
「これ? うーん、どう説明すればいいですかね?」
「私が説明します」
本気でどうしようか考えていると、俺の隣で古都音が声を発した。
意を決したような顔で、こちらをみつめ。そして鉄谷セイの方を向く。
俺はその視線に頷き、【始焉】のスイッチをきって手に持った。
「これは私達、終夜家が私と将来を共にする人に、与えるものです」
「……それって」
「はい。ゼクス君と、お付き合いさせていただいております」
はっきりとそう言った古都音に対し、鉄谷セイはそれはもう、ショックを受けた顔をしていた。
この世の終わりを目の前にしたような表情だ。
俺が考えた以上に、彼は古都音に惹かれていたんだろうなと。
「申し訳ありませんが、ゼクス君に危害を加えるというのなら。私達は決して貴方を許さないでしょう」
……古都音も、酷いことをする。
完全に、追い打ちを。追撃を加えているにしか過ぎないのだ。
「失礼します。……行きましょう、ゼクス君」
本当、そういうのは後でどうなるかわからないから、俺はやめて欲しいんだけれど。
無表情のまま、彼の横を通り過ぎた。
その先で、俺は。
……蒼穹城進の、姿を見たのだ。
次回更新は明日です。




