第134話 「デート 5」
2016.03.23 1話目
「なんというか、さ」
「はい、なんでしょう?」
昼食は、古都音が案内してくれたイタリアンレストランである。
パスタを口に描き込んで、確かに美味しいとは思う。
けれど、思ったよりも目の前の古都音が、ねえ。
「古都音って、思った以上に普通の女の子らしいな。……俺の普通が違うからかも知れないけれど」
「思ったよりも庶民的、でしたか?」
俺は頷いた。確かに、そう言われればYesである。
箱入り娘だとずっと思っていたからな……。
古都音は、にっこりと笑うと上品な仕草で口に手をやった。
何気ないはずなのに、妙にその仕草が色っぽく感じて俺は息を飲む。
それほどに、だ。今まで何度も何度も、彼女の姿は見てきたというのに。
「お父様の教育方針なのですよ」
「……そうなのか」
「どうしました?」
俺は、自分の中でも何が起こったのか分からず、首を傾げる。
今さっきまで、俺は……ええと、何を考えていたんだっけ?
古都音のことに感心して、そうなんだーと思って。
次の瞬間、彼女が飛んでもなく魅惑的に、蠱惑的に見えてしまった。
同時に、自分の中で感情が溢れ出す。
そう、この感覚は……。この感覚は、蒼穹城たちと対峙したものによく似ていて、それでいて確実に違う何か、だ。
あの時が「負の感情」の噴出だとすれば、これは……なんだろう?
「何処か苦しいのです!?」
自分の頬になんらかの液体が流れてくるのを、古都音に指摘されてからやっと俺は、自分が泣き出していることに気づいた。
いや、嗚咽ですらない。ただの涙、涙。
俺にはそれが何であるのかすら分からない。
心的な病気なのかもしれない……とも考えたが、理由がわからなかった。
周りの客たちは、俺の状態には気づいていないと思う。店員も気づいておらず、目の前の古都音のみが少々慌てたような、それでいて何処か心配するような顔をしている。
「なんでもない。……心配かけてすまない」
「いえ。……ご飯が終わったら、少しお散歩でも行きますか?」
その言葉に、俺は頷くほかなかった。
さすがに他の人に気付かれるのは良くない……だからこそ、だからこそ。
俺は平常を装うことにした。
本当、俺はどうしてしまったんだろう?
今まで、こんなことに心を動かされることなんてなかったはずなのに。
−−−
「……で、どうしたのです? 落ち着きましたか?」
今、俺は古都音に連れられて、公園に来ていた。
ここまでくる間、俺は感情を抑えようと悪戦苦闘していたし、今だってしている。
目の前の少女に、なんと接すればいいのかわからないのだ。今までは普通にできていたことも、先ほどの異変で全てが変わってしまったような、そんな感覚がした。
「……なんだか、暗いですね」
「よく分からないんだ」
俺は、目の前にある噴水を見ながら呟く。
自分の気持ちがよくわかっていない。この前、俺は初めて古都音を「守りたい」と感じた。でも、何故そう感じたのかは説明できなかった。
今回の感情は、なんと言えばいいのかわからない。どうしても、そんな状況の自分に驚いてしまう、動揺してしまう。
今まで一極化してきた強い「復讐心」の他に、もう一つの「説明できない」感情が頭の中で勢力を増してきている。
「……落ち着いて、ゆっくりでいいんですよ」
そう言って、古都音はそばにあったベンチへ俺を案内する。
案内されるがまま座った俺を、古都音は両手を広げて包み込んだ。
「……古都音は、どうして俺にそうしてくれるんだ?」
「ゼクス君と一緒に居たいからです」
他に何の理由が? と。
逆に問い返すような表情で、古都音はこちらを見つめていた。
一緒に居たいからです、か。
「……俺も、古都音と一緒に居たい」
「そうですね。ずっと、ずぅっと……数十年先も、一緒に居たいと思っています」
私は、だから親にゼクス君を紹介しました、と。
だから、今もここにいます、と。
貴方に欠けた感情が有ったとしても、私が教えます、と。
古都音は、俺の耳にそう囁きかける。
彼女の髪の毛から柔らかい香りが鼻腔をくすぐり、声は響きを残して俺の鼓膜を振るわせる。
目の前の少女は、俺を包んだままでいた。
柔らかい感触は、カナンさんや冷躯さんと同じもの。その言葉も、何もかもが、俺を震わせてしまう。
「この感情は? 何なんだ?」
「愛情、です。損得なんて関係ありません、私は……」
古都音は、そう言って照れ臭そうに笑っていた。
……俺は、彼女からもらってばっかりだ。
そう考えて、どうも申し訳ない気持ちになってしまう。
「……俺は、古都音の隣に居たい」
「はい、傍にいてください」
古都音は、いつまでも古都音だった。
まだ数ヶ月しか経っていないし、歳も1つしか離れていない。
けれど、その包容力というのは……。
「ゼクス君がしてほしいこと、なんでもします。……だから、私からは一つだけです」
きっと、彼女の中にも沢山悩んでいることがあるだろう。
俺に言えないこともあるに違いないし、俺だって彼女に言えないことは沢山ある。
もっと、古都音の事が知りたいと思った。こう、一緒に居たいと思って、彼女に何をしてやれるか考えたこともあった。
今、気づく。
アマツや冷撫達ともっと笑い合いたいと思った。
斬灯と、もっと過ごしたいと思った。
古都音ともっと一緒に居たいと思った。
俺もきっと、「愛情」とやらを取り戻せたと……気づくことができた。
これが、彼女たちを守りたいという意味だったんだろう。
「9月の決闘は、絶対に勝ってくださいね」
心の中で、刀眞胤龍が笑っていた。優しく微笑んで、俺に対して手を振っているようだ。
「僕はもう、ここには必要ないね」と、言い残して刀眞胤龍が居なくなる。
目の前が真っ白になって、俺は……安らかな気持ちの中、意識を失った。
−−−
眠るようにゼクス君が意識を失ったことに、私は気付きました。
彼の中に、何か有ったのでしょう。私では考えられないような変化が、彼の中に有ったのだと私は推測して、嬉しくて。
ええと、さてどうすればいいのでしょうか?
意識を失ったというよりも、寝てしまったようです。それなら少し……。
いつも通り、ゼクス君が大好きな膝枕で良いですかね?
ゼクスの混乱は、古都音の愛情とよく似ていますが
それを説明できなくて混乱中ですね、彼
次回更新は明日の予定ですが、もしかしたらもう一話かけるかも知れません。そろそろ5章も終わりです。第6章はvs刀眞遼の予定です。




