第011話 「顔合わせ及び小競り合い」
俺達が教室に到着したのは予め定められた時間、9時の1時間前で。
これから平日は毎日使うであろう、50人が同時に出席できる教室を見回してなんだか新鮮な気分になった。
「中学校とは大違いですね」
冷撫は設備に目を向けて、そうつぶやく。
エアーコンディショナー完備、後ろの人にも授業が見えるように、途中でモニターがある。
この学園って、座学多かったっけ?
「席は……こりゃ、自由でいいんかね」
「特に指定はないようですね」
教室の中には、すでに何人かの生徒が視認できた。
ふんぞり返っている人は、少なくとも居ない。
背筋をピンと伸ばして堂々としている髪の長い女子生徒、うつ伏せになって……寝ているらしき短髪の男。
堂々とした態度で座っている人に見覚えがあったが、特に話しかけずスルー。
とりあえず、前すぎず後ろ過ぎない真ん中辺りの席に3人で着地する。
座席は固定されている。教室の壁は磨かれたように白く、ドアも白い。
思い出してみれば、廊下はゴミ一つ落ちていなかった。
業者でも呼んでるんだろうか。
「これで、あとはゆっくりすればいいのか……。うげ」
俺は、次に教室へ入ってきた人物を何気なしに見て、慌てて【神牙結晶】を首にきちんとかけているか確認した。
良かった、忘れていない。
目の前に現れたのが東雲だったから、思わず取り乱してしまった。
意識的に彼女から目を反らすと、アマツは「あいつ?」と俺に尋ね。
俺ではなく、冷撫が「はい」と答える。
「あっあっ、ええと、おはようございます」
だが目をそらすのが少し遅かったのかもしれない。東雲は俺と冷撫に気づき、こちらに近づいてきたではないか。
【結晶】が感情を抑制してくれるとはいえ、嫌悪感はやはり沸くものだ。
……少し、自分の精神に無理をさせて、最初は仲良くしてみるか?
上げてから落としたほうがいいかもしれないと考えつつ、俺はアマツの表情を見て。
やめようと思った。
「えっと、どうして私は睨まれてるんです……?」
アマツの形相は、なんとも形容しがたい恐ろしい物となっていた。
般若の面……は女性だから違うし、嫉妬に狂っているわけでもない。
睨んで人を殺せそう、というのが正しいか、冷撫がそちらを見て「ひっ」と声を上げる程度には目が怖い。
東雲はそれを見て、しかし引かない。
俺も冷撫も、挨拶は返していないのにだ。
「八龍君と鈴音さんは昨日が初対面で、貴方は今日が初対面ですよね? 私、何かしました?」
冷撫とアマツは初対面だけれど、俺は初対面じゃないんだぜ、と。
5年前まで幼なじみだった男のこと、すっかり忘れてるじゃねえか、と。
【結晶】が発動しているにも関わらず、黒い感情が心の中でうずまき始めた俺は、ふんと鼻を鳴らして2人を見つめる。
「確かに、俺や鈴音には何もしていないだろうさ」
アマツが、口を開ける。
「でも、ゼクスにはどうだろうな」
そういえば、何故冷撫とアマツが俺にここまで加担してくれるのかについて、俺も中学校時代に気になった聞いたことがある。
あのとき、2人は口をそろえてこういった。
俺はその時の言葉を忘れないだろう。
『ゼクスは、味方ではなく仲間だから』
と。
最初は何を言っているのかわからなかった。
5年前に追い出されてから、俺は「味方」「敵」「その他」の3種にしか人を分類できなくなっていて。
だから、俺に加担してくれる人は「味方」だと思っていた。
でも、それは俺が普通でないから、そう考えてしまうのかと。
普通の人はどうかんがえているんだろうな。
「……八龍君、私何かしましたか?」
「自分の心に聞いてみるといい。自覚がないなら、それでもいいけど」
できるだけ相手の神経を逆撫でしないようにと気を使った結果、アマツと冷撫が目を見開くほど、歪な優しさの籠もった声が出てしまったようだ。
「……私にも、昔傷つけてしまった人が居ました。でもそれからは、一度もないと、おもい、ます」
自信なさげな声。
セリフが続くにつれてうつむいていく顔。
それを見て冷撫ですら、不機嫌になったようで。
アマツは「ゼクスの事はいいのかよ」と、俺の為に怒っているのかどうかすら曖昧になってきた。
いや、俺のためだろう。……アマツは勝手にキレる人間じゃないし。
「ねえ、僕の契に何してるの?」
「俺達が何かしてると思うか? 蒼穹城ぉ」
おっと、新たなる火種がやってきたぞ。
後ろには元兄さんである刀眞遼と、昨日も一緒につるんでいた善機寺家の長男もいるな。
蒼穹城進は、俺達を見て目を細めた。
舐めるような目つきで冷撫を見つめ、軽蔑するような目でアマツを見て、俺に目をやる。
そして、「はて?」と言ったような顔で俺の方をじっと見つめ2秒後。
「君、どこかで僕と出会ったことないかな?」
「……さぁ? 俺の名前は八龍ゼクス。11家の会議であったことがあるんじゃないか?」
日本顕現協会常任理事の11家は3ヶ月に1度会議を行う。そこに子息を連れてくる人は少なくないし、将来「こうなる」ことを、跡継ぎに教える家庭もあるだろう。
だから、そこで会ったことがあるという風に俺は言った。
正直、1度だけ行った時はこの人が居なかったけれど。
俺の言葉に、納得したのか蒼穹城進は頷いた。
「そうかもね。君が八龍くんだったんだ。強いって聞いてるよ」
できればよろしくね、と手を差し出す彼。
その手を握らなければ、面倒なことになる。
でも、俺はこの手を握った上で、面倒なことを起こす気でいる。
「ああ、宜しく」
軽く握り、違和感のない程度ですぐに離す。
変わってないな……。
蒼穹城を叩くのは実技テストとか、顕現戦とかっていう正式な場だ。
本当は正式でなくてもいいが、人が多く集まるところが望ましいな。
「進くん、なんでもないんです」
「そうなの? ……じゃあごめんね、神牙くん、八龍くん」
そういって、彼等一団は俺たちの反対側に座った。
自分から離れてくれるとは、都合がいい。
「……あの目、いい気がしませんね」
離れたのを確認して、冷撫が肩を震わせる。
確かに気持ち悪かった。
そうこうしていると、いつの間に時間が経ったのか集合時間間近である。
教室には殆どの席が埋まっており、他の【八顕】【三劔】の人たちも揃っている。
刀眞・善機寺・蒼穹城・神牙とその他4家は【八顕】。
八龍とその他2家が【三劔】。
恐らく、実技テストが始まる頃には全員と挨拶することになると思う。
何回か会ったことのある顔見知りも居るだろうし、楽しみだな。
と。
「おはよう、諸君」
1人の女性が、入ってきた。
茶髪灼眼で、とても日本人ではなさそうな容姿をしている美女。
しかし、彼女はれっきとした日本人で。
代々強力な【顕現】を使った結果、こう変化したのを俺は知っている。
【八顕】の一角を担っているからね。
「ここの担任を務める事になった、神御裂律火だ。よろしく頼む」




