第109話 「【透過】と警告」
2016.02.29 2話目
いつもの白い空間。目の前に居るのはオニマルで、俺は体育座りでいじけている彼女を見つめながら溜息をつく。
どうも最近ちょっと機嫌が悪い。
『最近、使ってくれないのじゃ。【始焉】ばっかりずるいのじゃ』
『使ってるじゃん、カップ麺の蓋とかさ』
『元来の、【髭切鬼丸】の使い方をして欲しいのじゃ!』
駄々をこねる幼女に特段なにも感じず、俺は首を振った。
確かに【顕煌遺物】は、武器としてはかなり優秀な部類に入るだろう。
【始焉】よりも遥かに切れ味は良いし、顕現力を注ぎ込まなくとも使用できる。
けれど、授業は? 学園での模擬戦は?
切れ味が良すぎて使えないのだ。本当に。
『不憫に感じるのじゃ』
『なら、力をおくれよオニマルさん』
でも、彼女の使いみちはある。
俺は頭を描いて、次の決闘には彼女を使うことを約束した。
でも、間合いを不定かにする【伸縮】だけでは、【顕現属法】には勝てないだろうし、精々ごまかし程度だ。
栄都アインにとは早退できるかもしれないが、俺は基本的に力押しでしかない。
技術……技術はないな、善機寺は刀を振れそうだが……オニマルもそこまではやりたくないだろうし、やっぱり俺が使うことにする。
『……まあ、【守護者】の欠片は見えたからの』
少々納得して、デレたオニマルは自分に言い聞かせるようにしながら「うんうん」と頷く。
ぴーんと、先程まで体育座りでいじけていたとは考えられないほど直立で、無い胸を張った彼女は、俺に両手を差し出すように指示した。
『【透過】はどうじゃ? 我を半透明にすることで、更に間合いを測りにくくするんじゃが』
そこに現れたのは、白い光の塊に似た物質だ。
恐らく手に触れることは出来ないのだろう感覚。どこか、聖なるもののような感覚もする。
その光は、俺の両手に染みるように消えていき……。
俺は心に違和感を覚え、これが顕現特性を手に入れる感覚かと自覚した。
誰かに与えられる感覚というものは、自分で顕現特性を習得するものと違う。
前までの刀眞の生活に、5年前は戻りたかったから【巻き戻そう】として、【書き換えよう】として。
今は、その人々を【拒絶】した。
俺の顕現特性はこういうことなんだろうな、と。
『……後で試してみるよ』
『これで我の出番も増えるかの?』
オニマルは不安げだ。何を不安に思っているのかは分かるけれど、残念だ。
『……結局切れ味が鈍くなってないから、意味ないんだよなぁ……』
『うわぁぁぁぁん』
――結局、俺が地団駄を踏む彼女をあやすまで、体感3時間はかかった。
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「……【神座】が、私を呼んでいる」
私……蒼穹城劫は、心に大きな違和感を覚え目を覚ました。
夜の2時。隣には司が、急に起き上がった私を不思議そうな顔で見つめている。
顔は不安そうにゆがんでおり、一体何ごとかと外を警戒するような動きも見られた。
「どうなされたので?」
「司、少々【神座】の間へ行ってくる」
呼ばれた、と話をすると司はこくりと頷いた。
正しくは呼ばれた気がした、だが。
【神座】には初代当主國綱様の魂が宿っているとされている。現代当主であり、【神座】の所有者でもある私は時たまそれを感知することが出来た。
「お気をつけて」
「……問題ないさ」
不安げな顔が変わらない司に笑いかけ、私は【神座】の間に向かう。
勿論、着替えてからである。
離れ……ではなく地下に存在する「そこ」へ向かうと、【神座】は光っていた。輝いているという表現のほうが正しいかもしれない。
そして、男の声が頭に直接響いてくる。
『劫。……【髭切鬼丸】を奪われたそうだな』
「…………」
初代の声だ、と判断できたのは今までも何度か聞いたことがあるからか。
私は身を固くし、その場へ跪く。
なにも、口にだすことが出来ない。そもそも、何故【神座】が知っているのか、私にはわからなかった。
神牙に優位を渡すのが嫌で、先代は【顕現】についての研究を牽制し続けていたが、そのせいか大幅に日本の研究は遅れている。
それでも、当代ミソラが追い付きつつあるのは評価すべきところか。
『【髭切鬼丸】から離別の挨拶をもらった』
「……はい」
やっとのことで絞り出した言葉は、頷くような肯定。
【顕煌遺物】同士で会話が出来るのだろう、確かに6月末――。
八龍ゼクスは、蒼穹城國綱の墓に来ていた。
私たちに拒否権はなく、そのとおりにしていたがそういう事なのだろう。
『でも、蒼穹城家に居る時よりは楽しそうだぞ』
國綱様の声は、厳しくもあり優しくもあった。
厳しいのは私達、蒼穹城家に対して。國綱様以降、一度も真の所有者が現れなかった私達への叱責。
優しいのは【髭切鬼丸】に対してだろう。所有者が見つからないというのは、【顕煌遺物】にとっては奴隷のように連れまわされていることと等しい。
それが敵対する家のものであろうとも、國綱様は本当に【髭切鬼丸】を大事にしていたと聞くし、所有者と巡り会えたことを賞賛しているのだろう。
『それよりも、だ。次代に悪い虫がつこうとしている』
「と、申しますと?」
次に聞こえたのは、不穏な言葉だった。
悪い虫、というのは一体どういうことだろう。私ははっとして、思わず聞き返す。
たしか、最近進は目覚めて、リハビリに励んでいる。
片目が義眼で片腕が義肢、しかも【顕現】が拒絶されている状態でも、驚異的なスピードで回復していた。
夏休みが終われば、学園へ復帰できるだろうと言うくらいに。
性格上の問題も、大分落ち着き払っている。少なくとも、前みたいな傲慢さは鳴りを潜めていると言っていい。
『とにかく、次代には目を光らせろ』
しかし國綱様は何か引っ掛かりを感じるようだ。わざわざ私を呼ぶということは、それだけ蒼穹城家に危機が迫っているということとも取れる。
私は立ち上がって、「はい」と返事をした。
進のことは信じたいが、國綱様の言葉は聞き流せないものだ。
……蒼穹城にこれ以上危機が迫ると、あとがなくなるかもしれぬ。
國綱さん登場。【神座】にはそれぞれの初代が人格としています。
次回更新は今日。
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