第010話 「目覚めにて美少女」
柔らかな朝が、訪れた。
視界が黒から徐々に赤く、日差しが顔にかかっていることを感じ取ることができる。
頭には暖かく、細い枕のようなものが2本あって。
……ん?
細い枕のようなものが2本あって、柔らかいリズムで軽く頭を撫で付けられている。
耳をすますと「すぅすぅ」と女の子の吐息が、そして淡いシトラス系の香りが鼻腔をくすぐった。
……んん?
俺は違和感を鮮明に覚えて、目を開ける。
そこにはほわほわとした美少女が、俺を見下げていた。
「冷撫?」
そう、そこにいたのは冷撫だ。
俺をにこにこと見つめている少女は、「はい、冷撫です」などと返答をするが、手は休めない。
一体、何をしているというのだろう?
「ええと、冷撫?」
「はい」
少女は、俺が彼女の名前を呼ぶと、こちらを酔わせるような柔らかい微笑みで返事をする。
いや、そういう意味じゃなく。彼女はわかってて俺をからかっているような気がした。
「何してるの?」
「起こそうとしたのですが、叩いても揺すっても起きなかったので諦めました」
「いや、そういう意味じゃなくて」
膝枕も、頭を撫でているのも別に置いていいだろう。
その前に、大前提としてなぜここに冷撫がいるかというのが問題なのだ。
昨日、彼女を結局返さなかった? いや、そんなことをアマツが許すはずがない。
そもそも、俺は冷撫がアマツに引きずられているだろう音を聞いている。
アレは脱皮した冷撫の皮だったなんて、世にも奇妙なことはないだろう。
「窓が開いていました」
「それはつまり、窓から入ってきたと?」
冷撫は俺の質問に、「はい」と真顔で答えた。
もう一度言おう。大真面目な顔で肯定したのだ。
「ちょうど上の階が私の部屋なので」
……確かに、それなら【顕現者】の身体能力をもってすれば可能かもしれない。
じゃなくて、向かい側に住んでいる他の生徒たちはどう思うのだろう、というのが一つ。
あと、なぜ男子の上の階が女子なのか、疑問もある。
「案内を読んでいなかったのですね。奇数階は男子、偶数階は女子のフロアになっているのです」
おそらく、学園則からパンフレットから、候補生手帳から。
何から何まで覚えているだろう冷撫は、全く悪びれもせず俺をにこにこと見つめている。
「でも、お陰で朝の目覚めは最高でしょう?」
確かに、美少女に膝枕されて朝目覚めるというのは最高だと思う。
思うのは思うが、不法侵入は良くない。
これからは、窓もきちんと確認しよう。
ーー
学食、そして教室に向かうための準備をする。
冷撫はすでに、その全てを終わらせていたようで、のそのそと窓から出ると、そのまま上昇。
自分の部屋に戻ってから、次は学園指定の鞄を持ってもどってきた。
「そうやってるのな」
「はい」
スカートの裾をつまんで、優雅に一礼する冷撫にツッコミを入れたいところではあるが……。
やめておこう。
時間を確認すれば、時間は7時前。本来2人と約束した時間が迫ってきている。
5分前か。アマツはあの風貌に反して時間に正確な人だからな。きっちり5分前にはくる。
ほら、ドアのノックだ。
「おはよう、アマツ」
「おはよー。鈴音早いじゃん、どうした?」
野蛮な風貌の少年は、すでにもう制服を着崩している。
八顕学園の制服はブレザーというよりは、軍服を思い起こさせることになっている気がする。
歴史の教科書や資料集などで見たものというよりも、オリジナルのそれに近い。
マンガとか、アニメとか。そんなもので見た「格好良さ」「可愛さ」を強調した物。
「おはようございます、アマツくん」
「さて、いくかぁ?」
アマツにそう話しかけられて、俺はおうと返事をする。 冷撫と同じ思考回路をもった人間がいても入ってこれないように窓を閉じて、電気関係のスイッチを全て切り。
2人を部屋から追い出して、鍵をかける。
「なんだか、もう疲れた気分なんだけど」
「朝7時だぜ? 何でだよ」
俺のぼやきに、アマツは怪訝な顔をした。
正直、俺が聞きたいよ。
そんなことを考えつつ、冷撫の方を見れば彼女は素知らぬ顔をして俺達のあとを付いてきていた。
ちなみに冷撫のことを幼なじみにも関わらずアマツが『鈴音』で読んでいるのは、どちらが名字でどちらが名前なのかよく分からないことに起因するらしい。
『鈴音』の方を下の名前だと勘違いしたアマツがそう呼び続けているうちに、『冷撫』が下の名前だと判明しても癖でこちらになってしまうのだとか。
「これからもっと疲れることが数時間あるんだぜ」
「……結晶、持つかね」
俺の心配は今日の午後である。
実力テスト、なんてものがあったらしく。
同じクラスの他の生徒達が見ている中、何かしらをするんだろうなと。
ここで俺の超強力な実力を魅せつけて、一躍有名に……としたいのだが。
八龍家は冷躯さん……じゃなくて父さんが強すぎるから【三劔】に認定されたんだし、俺が多少強くても「やっぱり八龍の子か」と納得されそうだ。
【神牙結晶】は時間経過と、効果の作用によって少しずつ小さくなっていくものだと聞いた。
……俺が変な負荷をかけて、砕いたりしなければいいのだが。
「持つだろ。3ヶ月は持つって予測だし、とりあえず予備は俺が持ってる」
なら安心だな。
俺が持っているのが一つで、冷撫とアマツがそれぞれ1つずつ予備を持っているっていう計算か。
……3つ連続で砕いたりしないよな?
平日は比較的早いペースで更新できると思われます。




