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「物語と私と彼女」

「アリとキリギリスと彼女と私」

「アリとキリギリスと彼女と私」


 先週、有子と酒を飲んだ。といっても、私は全く飲めないだけど。それから、一週間後、私はまた同じ店で有子と向かい合っている。

「かんぱーい。」

「かんぱーい。」

 有子はまず一杯をあけた。最初からコップが三つある。私がお茶で、残りは有子の酒だ。最初からボトルで頼んでいる。私が食べ物を頼む。

「それで、なんかありましたかね?」

 店員がいなくなると私は聞いてみた。


「大学時代以外でさ、死ねって言われたことってある?」

私と彼女は大学時代からの友人だ。

「あるよ。」

あっさり私は答えた。

「いつ?」

「小、中と。」

「やっぱり小学校であるよねぇ。」

有子はため息をついた。彼女は小学校で理科を教えている。

「なに、いじめ問題でも出てるの?」

私は目を丸くした。最近のニュースが頭をめぐる。本当かどうかはわからないドラマでも取り上げられることが多い。

「うーん。あたしは、担任を持っているわけじゃないから、そのへんはよくわからないんだけど。この間、あたしが言われたの。死ねよ、ばばあって。」

「……小学校で?」

「そう。そりゃあ、若くないよ?でもさぁ、死ねよってさぁ。」

そういうと有子は酒を飲んだ。

「テストの結果とか関係なく、成績を一番下にしてやりたい!あの馬鹿生徒!」

有子はため息交じりに言った。どうやら落ち込んでいるわけではなく、怒っていたようだ。私は困ったように笑う。何が言えるというのか。そんなことをしないのは、(出来ないのは?)百も承知である。

「そもそも、アリとキリギリスが悪いのよ!」

「アリ?キリギリスってあの童話の?」

「そう。小学校の図書室って基本的に子供向けの本なんだけど、図鑑の最新版が入ったって書籍担当の先生に言われて。」

「ん?図鑑?」

「最近の図鑑ってすごいのよ。細かいし、綺麗だし、見やすいし。ま、大人になってからあんまり見ないけど、最新版っていうからさ。見に行ったわけよ。昆虫図鑑。」

「昆虫……。」

食べながら、昆虫の話かとちょっと思うのだが、「理科をやっていると、そんなこと言っていたら、肉も豆腐も食べれなくなるわよ!」と昔に言われて、詳しく聞くのはやめようとあきらめた。なぜ豆腐なんだろう。それはさておき、有子の話は続く。

「隣でさ、あれは二年か三年生くらいだと思うんだけど、一人がさ、「アリとキリギリス」って言ったら、もうひとりが、「アリとセミだよ」って言いだして。」

「セミ?なんでセミ?」

「あたしも最近知ったんだけど、もとはアリとセミみたいなんだよね。だけど、セミじゃピンとこないヨーロッパでは、キリギリスに変換されてアリとキリギリスって日本ではなっているみたい。」

「そうなんだ!へぇ。」

「ま、童話も時代とともに変化するんだけど。たぶん、生徒の一人は親からかなんか、聞かされたんじゃない?アリとセミだって。それで、どっちが正しいか、先生に聞いてみろってことになって。たまたま近くにいたあたしが、とばっちりを受けたのよ!」

「まぁ、たしかに先生は正しいし、なんでも知っているってイメージがあるもんね。」

「それでさぁ、急だったもんで。セミって、言っちゃったのよねぇ。」

「あー。でも、それであっているでしょ?」

 有子は首を振った。

「違うの、正解はね、事実かどうかじゃなくてどっちも正しいんだけど、時代とか世界背景によって変わるのよって教えるのが正しいのよ。」

「なるほど。なんか大変だね。」

「ようするに、面倒なのよ!」

有子はばっさりと言った。

「それで、死ねって?」

「そう!キリギリス主張派が死ね!って!意味が分かんないし!でも、子供の言う言葉の意味なんか考えてたら、とっくに死んでるし!」

「まぁまぁ。」

私は、有子のグラスに酒をついた。

「ありがと。……はぁ。どうしようかねぇ。」

「そもそも、なんでその子たちはアリとキリギリスでもめてたの?」

「そこが分かんないんだよねぇ。今度、顔を見つけたら、担任の先生と相談しよ。」

「そうだねぇ。それにしてもいまどき、アリとキリギリス……アリはさておき、セミは見るっていうか、毎年鳴いているのを聞くけど、キリギリスは見ないよねぇ。」

「そもそも、日本でキリギリスの研究自体、そんなに進んでないのよ。一応、全国にいるはずなんだけど、あたしも見ないわね。だいたい、あの話もよくわかんないのよ!あ、ちょっと待って。お酒、追加する。」

そういうと有子は呼び出した店員に酒を瓶で頼んだ。私もサラダを頼んだ。サラダを分けながら私が言う。

「あれって、労働するアリたちをしり目に遊び呆けているキリギリスが冬になって凍死するって話よね?はい、サラダ。クルトン、多めね。」

「ありがと。昔のはそうだったんだけど最近のは冬の間もキリギリスはアリの巣で演奏する代わりに食料を貰うっていうウィンウィンになっているみたい。だけど、あれは意味が無いから、食料を貯めてないのよ。」

「ん?どういう意味?」

私は、眉をひそめた。

「死ぬのよ。まぁ、キリギリスのメスはさておき、オスは成虫になってからニカ月から四カ月くらいじゃない?」

「そうなの?じゃ、冬は越さないから、食料はいらないんだ!」

「そう。アリだって、女王は別にしても、他のも生きてるのは二、三年だし。セミが一番長生きなんじゃない?鳴いている期間が短いから命も短いような気がするけど、人間の高校生くらいまで土の中にいるんだから、トータルで見れば一番長生きなのよ。」

「へぇ……。あ、そうか。その童話が書かれたころはそんなに研究がされてなかったから、短い気がして童話にしたのかも。」

「かもねぇ。なんで自分よりも命、短い昆虫のせいで死ねよ!まで言われなきゃならないんだか!」

「とりあえず、生徒を探しだすところから始めるしかないよねぇ。」

「そうなの。あー、図鑑なんか見に行かなきゃよかった。」

「だけど、なんで昆虫図鑑なんか見に行ったの?」

「んー?ダーリンがクラス花壇で咲かせている花に虫が来るって言うから、撃退法をね。載ってなかったんだけど。最初から園芸書か、田舎に聞けばよかった。」

ちなみに、このダーリン、クラス担任を受け持つ、ただの国語の先生で有子の旦那でも彼氏でもない。

「なにするの?」

「コーヒーのカスを土に混ぜ込むの。」

「へぇ・・・・・って、最近、私はコーヒーのカスさえも最近見ないけど。」

「あたしは見るのよ。近くの喫茶店で。そこでもらってくるわ。ダーリンと仲良くなれる一歩よ!」有子は目をキラキラさせている。私は、言った。

「生徒たちの事も忘れないように。」

「絶対に忘れない!卒業してもずっと覚えててやる!」

そういうと有子は最後の酒を飲みほした。


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