2. あと、10センチ
* 「最近ね、ユキちゃんを見るとドキドキするの。」
男女別で行う体育の授業中、雅也に問い掛ける鈴。
無意識なのだろうが爆弾発言の多い彼は、いつになく真剣な顔をしている。
「ユキを見ると、なの?」
「う…うん。」
「ユキだけ?」
ふぇっ、と小さく言うと赤く染まる頬。
分かりやすい反応だ。 誰もが言いたくなってしまう。
「ユキちゃんだけなの。笑ったりしてる所を見ると、どくんってするの…」
雅也に対して必死に伝えてくる鈴。
溢れるほどの愛がすぐそこにあるのに。
手を伸ばさない。伸ばせない―――。
* 体育も終わり、下校時間。
次々に生徒が帰っていく中、鈴とユキが二人で話していた。
すると、どこかへ向かって歩いて行くユキと、こちらに向かってくる鈴。
「まさ、ユキちゃん、仕事あるんだって。手伝わない…?」
「ん、ああ。いいよ?」
そんな会話の後、教室に入ってきたユキが抱えていたのはたくさんのプリント。
話を聞くと、会議用のプリントを冊子型にしてほしい、と先生から頼まれて断れなかった。 とのことだ。
「ごめんね、手伝ってもらって…。」
そう申し訳なさそうに言うユキ。 その姿は耳の垂れたうさぎのようになっている。
「ユキちゃんのためだもんね!」
ぴかぴかとした笑顔を見せて張りきる鈴は、せっせとホッチキスを使い、冊子を作っていった。
その後も、三人で仲良く話しながら作業をしていくと、スムーズ終わっていった。
最後の一冊を作るとき、その瞬間が来た。
「あ…いたっ…」
ぷくり、と血が出る指先。
慌てていたせいか、ホッチキスの針で指を切ってしまったのは鈴だった。
そんな鈴が一人でわたわたしていると、ユキが行動に出た。
「―――!!」
ぱくり、と鈴の指をくわえるユキ。 少しの血を綺麗に舐めとった。
突然のことで理解できていない鈴は、キョトンとした顔をしている。
「ん、血はとまったね」
ちょっと待ってて、と声を残したユキは、自分のリュックの中からポーチを出してきた。
そこから、可愛らしい水玉の絆創膏を出した。
「鈴くん、指、だして?」
言われるがままに動く鈴。
パニック寸前であることは表情に出ている。
「はい。もうへいきだよ」
ふに、と笑いかけるユキと、固まる鈴との距離は、わずか十センチばかし。
鈴くん?と呼び掛けるユキに対して、小さな声で呟く。
「あり、がとお」
―――あと十センチ。
十センチの距離がなくなる日は、いつになるのだろうか。