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最終回

こんな時でも、俺の会社は動いている。

とうとう真紫も俺に帰ってくるように命じてきた。


俺が流されたこの場所には、まだ人が入っては来ない。

ここにも人は沢山いるんだがな。

俺達だけじゃどうにも出来ない。

皆、もう動かないんだ。

何処も手が足りないのだろうな。


琢磨から聞く政府の話は、俺の食指や逆鱗に触れるばかりで、思考で頭部を擡げさせる以外の何物でもない。

作れるのは握り拳のみ。

物資、(ふるい)、面目、財政、

行動、遅延、低能、行政、対応、地位、地域、利益、隠蔽、置換、仕事、難詰、

政治家。

カス政府による四とも五ともいえる災害が、さらに人を殺している。

このご時世に、体温の低下により死んでいく年寄りがいる。

この目で見たんだよ。


琢磨が○を○○しに行こうか迷っていると俺に言った。

俺もその時は同行しよう。

きっと俺達は、罰を受けようとも罪人ではない。


やはりな、まだ帰れないな。

俺が帰ったら、誰がこの辺の、瓦礫の下にある誰かの財産を守るんだよ。

自衛隊はまだここには来ないし、警察の姿もない。

俺一人、いやロベルトもだな。

二人が居ても大きな力にはなれないが、眠る奴らの貴重品を守る見張りくらいは出来る。

また夜が来るからな。

火事が収まり、夜は随分と暗いんや。

俺は帰る事は出来ない。


田宮、アイツを探さなければ。

勿論どこかに逃げてくれていればと考え、アイツの命を信じてはいるが。

アイツには頼る親がいないのを俺は知っている。

俺は帰らない。


○○○、○○○、○○○○、そして○○○。

割合で見るとこの並びだな。○○の比率は。

俺は足が無いこと、もう幾分年であると云う事で暴れさせてはもらえない。

かえって邪魔と云う事だ。

一緒に行動する○○○は、「そういうのは俺達に任せて下さい」と言った。

暗黙の了解である「そういうのは…」

身震いした俺に与えられたのは、やはり眠る奴らの見張りだ。



勘は鈍るのか。

夜中にチラホラと見る人間が、民間人なのか○○なのか見分けがつかない。

震災の中、無事だった奴らが夜中に我が家の安否と財産の確認に来る。

無事だった奴らからすれば、逆に俺らが○○に見えるんだ。

当然の事だよ。

この地方の方言は上手く掴めないが、大体は分かる。

えらく罵倒されているのも、勿論分かる。

その場合は一旦身を隠すのだが、さすがに一手に受けるには辛酸の度合いが高すぎるな。

隠し事ばかりになるのは、俺達の行動も面目の説明が出来ないから。

罪は罪だ。

まあ、言い訳が出来ないのも確かで、俺らの事が楽土の住人に見えるのもしょうがない。

皆、必死なんだよ。

今回も被災者に、何発も石をぶつけられてしまったな。

血がなかなか止まらないのは、俺も多少疲れているからだろう。

別に構わない。

俺にぶつければ良い。


全力で犯罪の抑止に努めているつもりではあるが、被災地全体を見渡した時、我々の力は数パーセントにしか満たない。

実際、貴金属を根こそぎ持って行かれた店のことを、テレビで報道していた。


しかし以前は奴らが行動に出る前に、○○か民間人か見分けがついたのにな。

衰えとは悲しく、侮辱された気分になるな。

俺の威嚇が通用しないんじゃな、自身の需要を問いたくなる。


怪しい輩を何人くらい追い払い、捕まえただろう。

怪しい奴と言えばだ、忘れないように書いておこう。

裏事情にある程度精通しているつもりでいたが、今回よく分からない奴らがいたな。

お揃いの黒い服を着た、民間人でも○○○でも○○でもない奴らがいたんだよ。

最初は○○○かと思った。

俺はその得体の知れない黒ずくめの奴らに、威嚇のつもりで近づいた。

すると○○○が、

「彼らは味方だ。近づかない方が良い」

と言って、俺を制した。

味方なのかどうかは、俺の中では今でも定かではない。


黒ずくめは○○○よりも明確に○○○を見つけ、あっと云う間に相手を動けない状態にする。

近づくなと言われても、現場はその黒ずくめと同じになる。

黒ずくめの一人が、○○○に○で○たれたのを見た。

弾は肩を貫いた。にも関わらずだ、その黒ずくめは平然と任務を遂行していた。

平然と腕力で○○○を仕留める。

そして奴らは仕留めた○○をこちらに預けて、無言のまま何処かに行ってしまう。

それを何度も繰り返す。

不思議な光景だった。


俺が見た黒ずくめは二人。

黒い服のペアルック。

二人共、どうやっているのかは分からないが、音楽を鳴らしながら○○○と大立ち回りをしていた。

一人は『ガンダム』のシャアが登場する際に流れる音楽を鳴らしていた。

もう一人は多分、先日映画館で観た『キックアス』と云う映画に出てくる、ヒットガールの曲を鳴らしていたな。

多分間違いない。

まあ、そんな事はどうでもいいな。


俺の中の問題は、あの黒いペアルックが本当に治安について考えている奴らなのか、そうでないのかだった。

○○○らは、あの黒いペアルックを味方と言いながらも、詳細は分からないと俺に言う。

俺はそんな不明確な言葉は受け入れない。

だがな、俺は黒ずくめを問い詰めない事にした。

それは、無双を繰り返していた黒ずくめが一度、盗み行為をしている奴を見逃しているのを見たから。

一部始終を、俺は見た。


真夜中に盗み行為をしていたのは、被災した年寄り。バアさんだった。

バアさんは黒ずくめに、先端に蛇口の付いた鉄パイプを持って対抗していた。

バアさんは方言ではあったが、

「全部失くしたんだ!金も家も!ちょっとくらい貰っていいだろ!」

と言っていた。

叫びながら、黒ずくめを鉄パイプで滅多打ちにしていたよ。

黒ずくめはそれを避けるでもなく、殴打させてやっている。

頭部から血を流しながら一言も発さず、バアさんをジッと見、棒立ちのまま鉄パイプで殴られ続けていた。

バアさんが打ち疲れて鉄パイプを地面に落とすのを確認し、その黒ずくめはその場から走り去って行った。

黒ずくめは、バアさんを見逃したんだ。

バアさんは泥塗れの札を何枚か握り、跪いている。

俺はバアさんに近づいて問うた。

「それはアンタの金か?」と。

バアさんは一旦俺を見上げ、今度は顔を隠して大声で泣き出したよ。

バアさんからその札を取り上げて、元の瓦礫の下に戻したのは俺。

真夜中だから、俺とロベルトはバアさんを避難所まで送った。


その時、全て俺と同じ物を見ているロベルトが言ったんだ。

「日出ずる国・日本は、闇もまた深い…。僕はこの地が立派に復興する事を確信したよ。大和の魂は至る処にある。それが日本だ」

何となく沈んでいた俺は、それを聞いて身震いがした。

武者震いってやつだな。


アンタなら分かるだろう?

アンタは賢い女だ。

俺と一緒に憂いてくれるはずだ。

これは琢磨にも教えてやってくれ。

俺の希望だ。



昼間は○○も活動をしない。

だから明るい時間は、睡眠と田宮探しに集中していた。


風呂なんてないからな。大体お湯がない。

一日一回濡れタオルで体を拭き、冷や水で頭を洗う。

今はこれすら贅沢なんだ。

ロベルトにも勧めるが、奴は二日に一回。

「昨日洗ったからいい」と答える。

「ある物は使え!」と諭すが、嫌がるんだよな。

「まったく、だからテメェら外人はクセエんだ。ワキガも多いしな!」

と言ってやったら、ブツブツ言いながらも毎日体を洗うようになった。

奴ら外国人から言わせれば、毎日毎日風呂に入る日本人の方がどうかしているらしい。

噂に聞いた通りだと思ったが、外国人が皆そう考えているかどうかは定かではない。


田宮を探して歩いていると、一人で水溜まりで遊んでいるガキを見つけた。

周りを見渡したが、大人がいない。

地面に出来た小さい水溜まりを、パチパチ音を立てながら手で叩いている。

この寒空に泥遊びか…

俺は昔からガキが苦手だ。

アイツらの言動は、脅威以外の何物でもない。

犬猫は喋らないだけまだいい。

人間のガキは覚えたての言語を駆使し、俺の心を枯渇させやがる。

こちらの思惑なぞ皆無とばかりに。

出来れば相手にしたくはないし、こっちを見ないでほしい。

そんな存在なんだ。


しかしだ、今回は状況が違う。

情報も少しは入るようになった。

要するにだ、放射能が心配なんだよ。

放射性の物は、ガキが吸い込むと大人とは違う反応が出る。

この地が安全とは限らない。

俺は、屈んで水溜まりを触るガキの後ろに立ち、声を掛けた。

「おい!ガキ!何してんだ」

ガキはこちらを振り向き、答える。

「さがしてる」

男か女かも分からないほど幼い。二、三歳か。

「何をや?何を探してんだ?」

「かーたん」

「カータン?」

少しの沈黙があったが、俺は

「河童のか?」

と返す。

ガキはこちらを見たまま返事をしない。

空気を和ませようと吐いた渾身の言葉は、歴然としたジェネレーションギャップに潰された。

「母親か。……死んだのか?」

「?」

「お母さん、いねえのか?」

「わかんない」

「父さんは?」

「しらない」

「いないのか?」

「みてない」

あの、流されていった人数を考えれば、災害孤児の存在があるのも当然だ。

ロベルトが、

「お母さんを一緒に探そうか?」

と言うと、ガキはコクッと頷いた。

そしてロベルトと手を繋ぐ。

並んで歩いていると、ガキは俺の方にも手を伸ばしてきた。

俺も手を伸ばすと、ガキは小さい手で俺の人差し指をギュッと握ったんだよな。


コイツは今後どうなるのだろうか?

母さんを探してるのか。

よく思いついたな。

お前は頭がエエやないか。

俺はな、そんな考えに至らず、現状に甘えてここまで育ったよ。


ガキの靴は泥塗れだった。

手を繋ぐのにしゃがんで歩くのが辛いし、慣れてもいないし、持て余すし。

試しにガキを抱きかかえてみた。

ガキは俺の首に手を回し、力を篭める。

『知らない人に着いて行ってはいけません』

そう習わなかったか?

ガキの行動の一つ一つは、俺を枯渇なぞに導かなかったな。


あっち、それからあっちと指差すガキ。

コイツの母さんを探すのに、コイツは連れて行けないしな。

死体を見せるわけにもいかないし。

避難所にいた方が…

こんな説明は、きっとコイツを納得させられないわな。

俺とロベルトはこの日、このガキの散歩に付き合う事にした。


ロベルトが俺のポケットからマスクを取り出す。

○○○から渡されていたソレは子供用もある。

俺に抱っこされた状態で、ロベルトはガキにマスクをつけた。

が、邪魔らしく、外したがる。

「何で外すんや?仮面ライダーみたいでカッコええやんけ」

そう話し掛けるとガキはニコッと笑い、マスクを嫌がらなくなったよ。


夕方までガキを連れて散歩をし、ガキが元いた場所まで戻り、近くの避難所に向かった。

その避難所に、このガキの事情を知る大人がいた。

アイツの親は、祖父や祖母は、津波に流されて行方不明なんだと。

この世の出来事で、子供の独り、なんてのは想像を絶するほどの苦難だ。

アイツは親戚の存在を知っているのか?

自分が何歳で何処に住んでいたかを理解していて、人前でちゃんと名前を言えるのか?

俺があの頃どうだったかと云うとだな、

……覚えてへんよ。


残りの子供用マスクを手渡し、

「外に出る時は仮面ライダーで出ろよ」

と言ったら、ニコッと笑ってアイツは頷いた。

考える時間が欲しいと願うと、悪辣な自分を思い出してしまう。

ガキを嫌いな俺の事は、ガキも嫌いだろう。

そう思っていたが。

別れ際、アイツは柱に隠れながら俺らに手を振った。

人に手を振った経験なぞないが、俺も手を振り返したよ。


アイツはあの時、俺の指を握り、抱っこされて俺にしがみついていたな。

見も知らない俺に頼ったな。

経てきた時間は皆に平等だが、天災まで割り切れねぇよな。

大きくなったアイツの言い分を聞いてやりたいものだ。

俺が経てきた物と、アイツがこれから得る物は随分と違うだろうからな。

その時は教えてやりたい。

俺が言うのも何だが、と前置きをしながら、

福音は自らの力で聞くものだ、ってな。


そして今日もまた、夜が来た。





田宮が見つからない。

色々な光景を見たな。

それは勿論、これまでに見た事もない光景だ。


学校の体育館のような建物を見つけ、中に入った。

避難所かも、誰かいるかもと思い中に入ったが、そこは瓦礫や廃木の山。

誰もいない。

この学校の物であろう卒業アルバムが落ちていた。

拾って見てみようかと思ったが、止めた。

何かを失うような気がし、恐れ戦いたから。

体育館を見上げると、随分と高い位置に津波の形跡が刻み込まれていた。

晴れ渡るには、まだ時期が早過ぎる。


大体やな!田宮があの時どの辺にいたか分からん!

この広い、津波の被害に遭った場所を、隈なく全て探せってか!

お前が俺を見つけてくれないか、田宮。


避難所には掲示板があり、皆がそこに書き置きをしている。

田宮の名前はない。

回る避難所全てに書き置きをしてきたのだが、何だか自分が途轍もなく大きな夢を追い掛けているような錯覚に陥る。

大きくなったらプロ野球選手になりたいです。

そんな大きな事を書いたつもりはないのに。

願いを疑う自分に負けそうだ。

足が重く、地面から接がれ辛い臀部は、歪んだ義足のせいだと言い聞かせる。


避難所で一人の女と話した。

アイツは俺が地元の人間ではないと話すと、顔色一つ変えずに俺にこう返した。

「わざわざ遊びに来て下さったのに、こんな事になり本当に申し訳ありません。色んなお手伝いをして下さっているんですね。ありがとうございます。

でも一刻も早く田舎に帰って下さい。心配している人がいらっしゃるでしょう?

同情の念や施しは本当に有り難いですが、私達は『何で私達だけがこんな目に!』なんて思いません。贅沢している他県の方を嫉んだりもしません。今は、……今すぐには無理ですが、私達は必ず皆さんに追い付きますので、どうかご不自由のない様お過ごし下さい」

一言一句間違えてねぇな。

これはずっと覚えておこう。


琢磨が「自分と他人を比べて、その他人を嫉み出したら人間終わりじゃ」と言っていたのを思い出す。

俺はな、あの女に、「同情なんかしてねぇ」なんて言えなかった。

謝るな!とも言えないし。

俺がここにいるのは理由があるとも、俺も友人を探すのにここにいる、とも言えなかった。

今回の危機やこれからの困難を思いながら、目の当たりにしながらも、あの女は必ず追い付くと言ったんだよ。

別にあの女の前で機嫌を伺い、太鼓を叩くつもりはない。

あの言葉の意味は、誰もが理解出来る物ではないしな。

でも俺は、アイツを尊敬した。





娘を探していると云うオヤジと出会った。

一人娘が行方不明と云うオヤジ。

田宮を探すために訪れた場所で、そのオヤジの娘探しに付き合う。

「この辺が僕の家だったんだよな」と言うオヤジ。

オヤジは俺の話す言葉から俺を余所者と知り、方言を使わずに話す。

「この車を退かしたいんだけど、三人じゃ無理かな?」

オヤジは家の中を探したかったのだが、車が邪魔でこれまで出来なかったと言う。

「行方不明の娘はあの日は仕事が休みで…。僕は仕事に行っていたから、行方不明の娘があの時何処にいたのか……」

オヤジは俺達と一緒にいた時間、ずっと『行方不明の娘』と言い続けていた。

当然、俺らもそれに付き合った。


流れ着いて、オヤジの家を下敷きにしている車。

これはな、こんな廃車みたいな車でも、壊したりすると法律でだな…

思いはするが、言えるはずもない。

国や県や行政や法律の話は、逆にタブーな気がした。

オヤジとロベルトと俺は車を引っ繰り返しながら、別の敷地に移動させた。


オヤジの家は屋根が落ち、天地が逆の状態になっていた。

元は何処にあった物なのかも分からないような自転車など、数台が畳の上に。

鍋や皿や靴や鞄や…

オヤジにはそんな色々な物は見えていないようだった。

「娘の部屋は二階なんだよ」

二階と言われても、何処が二階の瓦礫なのか…

オヤジの言葉に返事のみをしながら、瓦礫を退かす。

俺はタンスを見つけた。

何個かの引き出しが残った状態のタンス。

オヤジを呼んで確認させると、それは娘のタンスだった。

中に水浸しの服が入っている。

何も言わないオヤジの足元に手帳のような物が落ちているのを、今度はロベルトが見つける。

オヤジがそれを開くとそれは免許証で、オヤジの娘の物だった。

「免許証がここにあるって事は、アイツは家にいたんだな…」

そう言ったきり、オヤジはその場に立ち尽くす。


俺とロベルトは、オヤジを一人にしてやる事にしたよ。

現実は時に、弱った人間の肩を抱いてやる事すら躊躇させる。

俺らになす術などない。



あのオヤジの家がある、同じ町内でクズを見た。

ソイツらは十人程の集団で、お経らしきものを唱えながら歩いている。

坊主だとしてもや!!

誰が呼んだ!?

探し人はまだ現役だと信じ、皆は彷徨うようにして人探しをしている。

こんな時にどういうことや!!

俺は頭に血が上り、奴らに近付いた。

よく見ると、坊主でもない。

○○宗教の集団。

般若心経かと思った経は、訳の分からん口から出る音の羅列や。

夜ならブチ○していたかもな。

俺は先頭の奴の足を払い、地面に這いつくばらせてやったよ。

「誰かに頼まれたか?」

話し掛ける俺を無視し、奴らは音の羅列を止めない。

「どっかから金が入るんか?」

転ばせた奴が立ち上がり、俺らに言う。

「私達は亡くなった人達を救いに来た」と。

海の彼方に流された人達を成仏させるらしい。

ロベルトが先頭のソイツの胸倉を掴んだな。

同意見だ。

天網恢恢疎(てんもうかいかいそ)にして漏らさずって知ってるか?」

これを聞いて首を傾げる、自称招魂師。

俺の義足は、時に水戸の印籠になる。

奴らに義足を見せた。


皆が身内の、友人の事を探している。

皆、探し人の歯一本でも、目クソ一つでも見つけ出したい気持ちで人を探している。

色や形で説明出来ない感情の元にな。

こんな事はクズに言ってもしょうがない。

俺もクズやしな。至る処から埃が漏れる。


俺は足を見せながら、奴らに説明した。

「こうなりたぁなかったら、消えた方がエエぞ。それとも、勝手に成仏させるなって言うた方がエエか?用事がある時はコッチから呼ぶ。それともお前らの為の念仏、先に聞きたいか?」

いつものコレは、クズにも効き目があったな。

皆様、音の羅列を止め、逃げ出した。

UFOでも呼んでろ。


あの時ばかりは、涙を堪える事が出来なかった。

折角我慢していたのにな。

意外と我慢強いと、自分を見直しかけていたのにな。

人事は人事だ。

当然世の中は、それでも自然に廻る。

商魂旺盛にここに来た自分を恥じるような神経を、俺は持ち合わせていない。


ただ、ただや、実際は人の想像は大したことのない物だと思えるよ。

泣いて済むなら皆がそうする。

意地が邪魔なら腹でも切るか。

笑えんよ。

他人様の情義を無視し、蓄えに備えるのはな。



オヤジと一緒に避難所に帰り、別れをし、俺らはまた移動した。

次の避難所やったな、田宮の免許証を見つけたのは。


……事あるごとにメモを書いている俺は、別に暇ではない。





変わらない者を後押しする為か?

違うな。

実母を知らない俺は、ここの人間の話を上手く飲み込む事が出来ないか?

分からない。

しどけない自分を叩き起こすためか?

分からない。


大分被災地にも人が増えだしたな。

こうなればだ、俺らの夜の活動も不要になる。


そういえばな、今日昼間に、あの黒い奴に会った。

オールバックでテカテカだった頭は、サラサラの横分けで風に靡き、

夜や!足枷にしかならんやろ!ってサングラスは、黒ブチの眼鏡に、

真っ黒い革の繋ぎは、水色のトレーナーとブルージーンズに、

ゴツゴツと木音を鳴らしていたブーツは、スニーカーに変わっていた。

丁寧に顎ヒゲまで剃ってやかる。

まあ、話し掛けるわな、俺は。

俺はな、一度見た顔は見間違わないんや。

「夜に会ったな?」

「はい?」

「ニコニコしやがって。お前らナニモンや?」

「はあ……京都から来たボランティアです」

「相方は?」

「相方?」

「しらこいのう!誰に雇われた?」

「自分の意思でボランティアの為に来ましたけど?」

「何で隠す?」

「何も隠しません。誰かとお間違えでは?」

子供に囲まれていた黒い奴と、こんな話をした。

やっぱり口を割らない。

夜は一言も喋らんクセに、昼間はガキ相手にベラベラニコニコと。

終いにゃぁよ、

「皆!怖いおっちゃんがいるから逃げようぜ!ワ~~~~~~~~!!」

とか言って、ガキらとどっかに行っちまった。

逃げやがった!

俺から言わせりゃ、お前ンが怖いわ!


しかし随分と若い奴やったな。

俺はな、俺が言うのも何やけど、お礼をしようと思うただけやで。

アイツの左腕が一切動いてなかったのが証拠なんやが。

こっちに来て、ありがとうを言う機会がなくてな。

お前らに言おうと思うたんやが…

俺はあの黒い奴らと、二度と会う機会が無い事を切に願う。



田宮の免許証は泥だらけでな。

キレイにして、俺が持ってるよ。

しかし、免許証の写真!

お前、何笑うてんねん!

笑うてる場合か!

あれがないと、免許不携帯でパクられるわけよ。

…まあ、パクられはせんけどな。

罰金がある…んやったか?

忘れてもうた。


俺が息切れをするのは体調不良のせいか?

俺の携帯が見つからないのは、俺の千万無量のボロのせいか?

俺がお前を見つけられんのは、俺が顔を洗ってるうちにお前が俺の後ろを通り過ぎてしまったからか?

免許証なんか、見つからんでもエエよ。

お前の免許証のせいで、俺は五感から作る愛想まで粉砕してもうとる。

これは愚痴か?

俺の手の平がキツネ色になってるぞ。

お前は何色になってる?

概評著しくなく。

そんな事は俺は慣れっこや。

俺は平方根で数を出すよりは、簡単な足し算や掛け算で数を導き出す方が好みや。

お前が見つからないのは、俺の日頃の行いのせいか?

津波が来なかった近隣県は、復興も少しは早いやろうな。

この辺は道路こそ使えるようになり出したが、その使える道路の両脇は色んな物で散乱してるぞ。


「まあまあ、そうカリカリするなよ。全てに五感を研ぎ澄ますな。もうちょっと楽にやな…あ、いや…スミマセン。まったく!ベッピンが台なしやね!」

「直兄、自分を可愛がれん人は、人も愛でる事が出来んのよ」

昨夜、佳澄ちゃんとした会話や。


「そらぁアンタ!自分に余裕が無いと、人には優しい出来んってのが人の性やろ。立派な人は沢山おるけどな、俺はそれにはなりきれん。まあ大体そんな時、人の真価が問われるんやろうな。まあな、頭を飾りのみにしてブラ下げとる奴は山ほどおる!アンタは守りたいんか、守られたいんか…ドッチや?」

「知るか…」

今朝の琢磨との会話。


「早く帰って来てくれへん?顔見てないから、私も色々と想像するんやから」

「ああ、スマンな」

昨夜の美幸との会話。


独り言やないで。

お前は誰と話してんだ?

一人は面白くないだろ?

一人で行くなよ。

俺は一緒に行くつもりもないが、一人で行かせるつもりもない。

こっちで生きるぞ、田宮。

だから勝手に一人で行くなよ。


笑え、田宮。

取り合えず笑え。



母親の涙を含んだ説得に根負けし、ロベルトが国に帰った。

「直樹が納得するまで、僕も田宮を探すよ」

そう言ってくれていたのだが、俺もどこかで、田宮を探すのにもうそれほど人手はいらないような気がしてたしな。

俺は礼の言葉をロベルトに告げ、奴を見送った。

外国人が、我が事のように働いてくれたな。

「僕は必ず日本に帰ってきて、皆さんを助けます」

ロベルトはそう言い、帰って行った。

「僕に今、百万円があったら、僕は百万人に一円ずつは配らずに、気の合った人一人に百万円を渡したいな。もしくは二人に五十万円ずつだ。分かるかい、直樹!」

穂積のオヤジと同じ事を言っていたな、アイツは。

オヤジの場合は『一億』で『才能のある者』だったけどな。

何となく分かるよ。



目的を見失いかけているのにな。

俺は更に被災地を彷徨うつもりでいる。

歩くだけなら迷惑も掛けまい。

探すだけなら自分本位で。

人助け、俺はそんな上昇気流には乗ってはいないな。

俺に力さえあれば、大気中に舞う放射線を斑模様で見極め、福島に入り、原発の熱に耐え、修復を試みる。

俺に五つの目と四つの耳さえあれば、俺は全ての玄妙を名乗り、服を提供し、食を振る舞い、住まいを作る。

そして俺もそれを共有する。

当然、二つに割った饅頭は大きい方を他人に渡すさ。

寝言だな。

俺はそんな善導者ではない。

実際は部下一人、友一人救えはしない。

あの○○宗教団らが、田宮を空に連れて行ったか?

この際だ、あんな杓子で遊ぶ輩だろうと、一応聞いてみるか。

……ありえんな、そこまで落ちるのは。

信仰の自由。

当然知ってるよ。

でも、ありえんな。

他人の神経を逆撫でする自由なぞない。

皆がどれだけ余震を恐れ、放射線に恐怖し、選択の余地もなく物を口に含み、飲み込み、泣く者をあやし、遠ざけ、見えない区分を頼りにしたスペースで、過ぎるだけの時間を凝視しているか。

被災地の選挙を遅らせます!以上!

この一言で責任者本望に尽き、昇天快楽を覚え、恍惚の表情を浮かべている奴には分からんよ。


暴動を起こさないこの地の人々を気弱とは呼ばない。

精神力を形にした者達と呼ぶ。

寂然とした地を見つめ、足を踏ん張り、歯を食い縛る者達と呼ぶ。





命に優先順位は無いのか。

いや、ある。

一個人。

大抵の人間は身内を、自身の命をまず優先する。

少数派であれ多数派であれ、必ず優先はそれぞれの中で存在する。


今回死んだ奴らは何故死んだのか。

分からない。

誰にでも起こりうる可能性だから。

志の高い者こそ…とは誰もが思いはしない。

理由付けなぞ出来はしない。許されない。

だから誰にも分からない。


生きた者はどうすれば良いのか。

生きる。

結果を誰かに報告する必要もない。

誰かに報告しても良いが、義務ではない。

権利は誰の物も、付け焼き刃では無い。

だから生きる。


善や悪は?

存在する。

見識の範囲やそれを凌駕する形で、全国津々浦々に存在する。

人一人が見る方向により、神経を刺激する。

善と悪は存在する。


電波に乗り、垂れ流される光景映像はほとんどが被災者への物ではなく、それ以外の者への集光体。

まるで余所の国の光景に見えた。

そんな感想を持った者も少なくはないはず。

狭い日本は自分が思うよりも広いと思った。

そう感じた人もいたはず。


戦争の反対は?

平和。

違う、話し合い。

誰もが日頃から行う手段。

懐に何を仕舞っていようが、物を話し、受ける。

納得の終わりを見なくとも、それは戦争の反対。


平和の反対は?

混乱。

今回誰もが、どんな形であれ目の当たりにした光景。

天災や人災に苦しんだ光景。


衣服を貸す事で、自身は雪に打たれた。

寒さは身を割る程に問うてくるが、

「我慢出来ます」 

彼や彼女はそう答えた。


失火ではない、炎燃える我が家を見つめ、思潮が招いた不手際だと嘆く。

詰め寄る水はその火を消すではなく、見つめる者を飲み込んでいった。


破裂寸前の腹蔵を溜めこみ、言われるまでもなく一列に並ぶ。

待つ暇を使い、牽強付会に頭を重くする。

そして、ただただ待つのも何だなと、少しの幸いを妄想する。


拝辞した立場は数年後、以前想像した物より大きく肥大している。

今からでも…と空回りするのは誰の事か。


人口密度に苦労したか?

そんなわけはない。

科学の力は今回、至福をもたらしたか?

数%は。


親より先に死んではいけないと教わりはするし、物には順序があるとも一度は耳にする。

リアルに我が身を置き、深く考えた事はない言葉を痛感した人。


行く先は決まっているかと聞かれると、

何処に行けば良い?と問いたくなる人。


これ以上何を頑張れと言う?

まだ足りないのか…そう感じる人。


ありがとうと言えば、こちらこそと答える人。


理屈や建前や特例は結構だ。

たとえ土質が変わろうとも生への欲求を剥き出しにし、貪り、拘り、たまには仁慈を飲み込み、這ってでも前のめりに進撃する。

そう願うしかない人。


帰る場所が自由な自身、今回迷惑でしかなかったかも知れない自身の存在。

だから、この地の事は忘れないでおこうと思うと、独り言を言う人。


皆、それぞれにれっきとした系譜が存在する。

それを信じる人。


この地を今日去る。

心残りが多過ぎるが、去る。

何故なら、自身を心配する者が五人もいたからと答える人。

復興は夢ではなく、必ず来る現実であると言い触らす人。


そろそろ帰ろうと思う。



……こりゃあ面倒臭いメモだな。

佳澄ちゃんも飽きただろうな。

捨てるか…

人が読むように書いてないから、気分を害してたら悪いしな。

まあでも、これも一応渡すかな。

独り言に文句言われる筋合いもないしな。

人はいつこの世を去るか、なんて分からんからな。

捨てずに渡しておくか。

随分と日にちが経ったら、今度は読んで聞かせてもらうかな。

何とか生きたしな。――――








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