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―――― とにかく俺は、金儲けの為にこの地にやってきた。

過去にこの地を訪れた記憶は無い。

そこに間違いはない。


正直これまでの人生で、人に褒められる事をした覚えはない。

その代わり、人から恨まれた経験は茶碗一杯分の飯粒より多いだろう。

俺の為に掘られた穴は、各都道府県に何個ずつあるのだろうか。

面倒そうなので、数えるように思い出した事は無い。


そんな俺が生き残った。

また生き残った。


これまで人から捨てられた経験は二度ある。

一度目は記憶に無い。

一度目の破棄は俺に名前があったのかどうかも定かではない、そんな時期だった。

二度目は確か二十歳そこそこ、もちろん俺は秋月直樹と云う名を名乗っていた。


二回共に俺の周りには必ず親と云う存在があったと確信しているが、二度目の破棄の際は俺も二十歳を越えており、あれは俺の無力さが招いた自分への蹂躙であると理解している。

だから俺の親を批判する人間は俺以外にいてはいけないと、愚鈍ではあるが言い聞かせている。


俺はある歳を境に自分の年齢を数えるのを止めた。

現在、俺は何歳なのかも正直、理解しきれていない。

数える際には指を折りながら数える。

年齢を口にすると云うのは年を遡る行為。

「後始末は苦手である」

俺は自分の年齢を数える機会に恵まれない。


それでも長く生きた。

そして今回も生きた。


胸に仕舞っていたコンビニの100円お菓子を浪費しながら、俺は自然の力を見下ろしている。



確か、俺の書くメモを佳澄ちゃんが見たいと言っていたな。

俺の独り言を見たいとは奇特な奴だ。

メモはまだ濡れているし、サインペンも水性だ。

まぁ、読めない事は無い。


嫌いだとか好きだとかの問題ではない。

俺はフカヒレの流通に割り込むために、部下と二人ここに来た。

部下とは別行動。

二時間後にある地で落ち合う予定。

その後北海道に向かい、あの女と会う予定。


漁港の見学の後タクシーに乗り、部下との待ち合わせ場所に向かっていた。

思えばその時見た光景は、そこそこの人数が行き交う町並み。

急ぐ者も急がぬ者も行き交う町並みだった。


待ち合わせ場所の近くで、俺はタクシーを降りる事にした。

何故かと問われると、その町に銭のニオイがする店があったから。

そう言う他に無い。


数分歩いたか。

犬が俺に唸りを上げながら吠えまくってきた。


俺は動物に好かれない。

もう知ってはいるが、犬の飼い主を無視し、犬に向かって満面の笑みで、

「何じゃあ!コラ!」

と自らも唸った瞬間。


地が激しく揺れた。

立っていられない程の揺れ。


そして俺は被災したのだ。



縦とも横とも分からない揺れが暫く続く。

俺は義足を庇う事が出来ず、その場にしゃがみ込んだ。

いつ終わるか分からない揺れは、もうそろそろ治まるだろう…そう考える俺の思考を無視し続ける。


街が吐く音は、『ドドドドッ』と云う体を割るような低い音。

「おおおお~!」とでも言っただろうか?

それとも何も言わなかっただろうか。


自然の猛威を食らい、揺れながら、科学が作り出した物に必死にしがみついた。

揺れる建物がまるで軟体動物のように蠢いていた事は記憶にある。


何とか揺れは治まったが、音はまだ聞こえてくる。

どこからか鳴るスパーク音、建物が倒れる音、車のクラクション。

それらを無視する事は出来なかったが、それよりも俺の頭に優先的に立った思考は、ここが海からどれだけ離れた場所なのかと云う事。


さっきの犬を連れた年寄りに聞いたような気がする。

この辺の高地は何処だ?

海はどっちだ?

年寄りは俺の言葉を無視し、逃げ出した犬を追いかけて行った。

聞いた気がすると云うのは、俺の記憶が断片的に消失しているから。


そのうち家屋内にいた奴らがゾロゾロと外に出て来た。

何が起こったのかと云う表情で面喰らいながらも、

「デカかったね」

と安心し合う人々の態度。


あの、人間が危機を認めようとしない作用。

あれを一体何と言うんだったか。

……忘れてしまった。


そんな奴らを見て、俺は出来る限りの大声を張り上げてやった。

「津波や!!逃げえ! !!」

知らない奴らの事に興味はないが、何だか奴らのボサッとした態度に苛つく感覚を覚えたから、ケツを叩くつもりで吠えた。


しかし俺も、まさか津波までもが襲ってくるとは思っていなかった。

だが現実はやはり、その思考のずっと上を行く。

 


下を濁流と、いろいろなものが流れて行く。

あと何時間ここにいれば良いんだ?

食料は足りるか?

今日び水性のペンって何や!俺はこのペンを何処で買った?

色々と苛つく。


あの大声のせいで、あれから数時間は経ったであろうに今も喉が痛い。

……あまり気にしないでおこう。


知らない奴らの事に興味はないが、人の命は無視出来ないでいる。

自分すらまだ無事とは限らないのに。

何も出来ないのに、また都合よくイチビっているのは俺。


……五人目。

俺はまた無視をした。


俺は何も出来ない。

相も変わらず自分の生に夢中だ。

だが俺は、俺を嫌にはならない。





俺の大声に反応し、走り出した者が数人。

それにつられて走り出す者。

一旦家に入り、何かを持ち出し走る者。

皆が向かう方向が一緒なので、避難場所はこっちかと理解した。


自転車で逃げていたジジイがいたな。

無事だろうか。

あと少しの人生や。最後まで全うしてもらいたい。


親に抱かれた小さいガキがいたな。

もし無事なら、将来必ず来る以前の生活の際には、今度は親を抱えてやって生きてほしいな。


マンションの二階の窓から、海側であろう方向をジッと見つめている奴がいた。

下から、「早く逃げろ!」と叫んだが、ソイツは動こうとしない。

「だったら屋上へ行け!!」

そう言ったような記憶が微かにある。


俺は走れない。

片足がないからな。


自分も逃げようとした時にはもう気付いていた。

二階の窓から海側であろう方向をジッと見ていたアイツの行動が何なのか。


逃げる連中に全力疾走を要求しながら、俺は連中に次々と抜かれて行く。

他にも色んな指示を出している奴がいたが、俺は俺の声しか聞こえていない。

俺も諦めていたわけじゃないが、走れないからしょうがない。


バチバチやパキパキやズドンやバタン。

音読するならカタカナばかりの音の中に、一際目立つゴーッと云う音。

津波はすぐにやってきた。


津波を見るのは初めての事。

どこかで、腰くらいの波なら耐えられるかもな、などと考えていたが、物理的にやはり無理だった。

津波は俺の身長よりも高く、俺よりも当然重く、俺を呑み込んだ。

物理学など曖昧で、科学など脆くて浅い。

津波の脅威はゴリゴリの現実主義者に、そんな記憶を埋め込んだ。


天地すら分からん。

目は開けてエエんか?

口には…体内には水を入れるな、とりあえず鼻を摘め。

腕が重くて動かんやないか。

そんな事を考えていたな。


渦が流れる。

その中にいる俺は、走馬灯を見た。

ベタな話やで、……ほんまに。


当然体の自由なぞない中で俺が見たのは、美幸と、美幸が作った甘いカレーだったな。

俺はどっかの星の王子様じゃねぇ!ってくらい甘かったな。


琢磨を思い出したな。

真っ赤な頭の頃のアイツか。

阿呆丸出しだったな、アイツは。


佳澄ちゃんか。

随分とイジられたな。

愛も憎悪もある、心の折檻を受けたな。


会社の連中も、よく俺なんかについてきてくれたな。

田宮はどうした?


だけどだ、あれらを走馬灯と云うのだろうか?

走馬灯とは俺が勝手に見せられる俺の思考だと思っていたが、あれは俺の願いだな。

また会おうとは約束していないが、暗黙の了解として、あまりにも当然の事としてあった約束だ。

走馬灯なんて表すのはおこがましい。


力の篭った液体は俺の自由や感覚を奪い続けた。

不思議と、「何で今日ここにいたんだ」「よりにもよって!」なぞとは考えなかった。


選択の余地のない俺の命は、この後何をするはずだったかを思い出す。

「フカヒレラーメンを食う予定だったな」

約束は果たして何ぼだが、破って価値の出る約束もある。

白を切り通してやれ。


俺の身体に当たり散らす物体が何かは分からないが、渦の中で俺は偶然何かに引っ掛かった。

誰かの家の壁だなと考えた。

激流に背を向ける形で何かに引っ掛かった俺はそれを掴み、ズラすように移動した。

何とか動くがこっちは上か?

明日から動けなくていいと云う覚悟の元、腕の力のみで身体をズラして行く。


明日からとは……やっぱり俺はあの時も死ぬ覚悟なぞなかった。

死ぬ覚悟、……いらねぇな。

とりあえずは仕舞っておこうか。






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