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ごめんね。さようなら…ありがとう。

どのくらい走ったかは覚えていない。

どの道を走ったかもよくは覚えていない。

ただ走りながら結のことを考えていた事しか覚えていない。

何故、嘘を言ったのか?名前を隠す必要はなんだったのか?何故、本当の事を言ってくれなかったのか?そんな疑問が俺の頭の中でグルグル回っていた。

それと共に腹立たしさがでてきて自然と顔が強ばる。

「ハァハァ…」

公園に着いた。

まだ太陽が高い。

公園には子供達とそれを見守る母親がいた。

ごくありふれた光景。

そんな中、彼女を探す。

結さん何処だ!叫びたかった。だが公園の敷地内に入ると自然と分かった。

「いない…」

俺の能力が反応しない。

考えてみれば当たり前だ。

いくら彼女が幽霊だとしても感情は人間と同じで何ら変わりが無い。

行きたい場所に行ったりもする。

故に一ヶ所にいつまでも留まる事はしないはずだ。

誤算だ。この場で夕方まで待っていれば彼女は来るかもしれないが、今すぐに問い詰めたいという衝動があってかじっとしていられない。どうする?自分に問うて答えがみつかるわけがないが、一つだけ思い当たることがあった。

「…アパート」

彼女が自殺を謀ったアパートなら居るかもしれない。

見当が付く場所はもうそこしか残っていない。

しかも、そのアパートの場所は大体知っている。

俺は迷わずに疲れ果てた自分の体に鞭を打って走った。

そのアパートは壁の塗装が剥げ、二階に続く階段も錆付いていた。

この場所に辿り着くまでに多少迷ったせいか陽が傾き、空がオレンジ色に染まっていた。

大家さんに頼み込んで鍵を貸してもらい、部屋に急ぐ。

彼女の部屋は204号室。

アパートを正面から見て二階の右端になる。

鍵を差し込もうとドアノブに触れる。

ガチャリ独特の金属音と共にドアがひとりでに開いた。

暫し茫然としていた俺は我に返り、部屋の中に進む。

最初に居間にでた。

中にはほとんど家具が無かった。

あるといえば質素なテーブルにタンス。

それと台所に小さな冷蔵庫があるのみだった。

壁には何の装飾もなく女の子の部屋とは思えないほどにさっぱりし過ぎていた。

「………」

無言のまま俺は彼女か手首を切った浴槽に向かう。

浴槽は血まみれだった。

血は赤ではなく、時間が経過し、どす黒く変色していた。

湯槽も少し残っている。

とても生々しい現場を見て俺は息をのんだ。

長くは居たくない。

彼女が手首を切った所には居たくはない。

そう思い俺は居間に戻った。太陽が西の山に沈みはじめている。

「くそっ…」

ここにも結は居なかった。

公園で待って居るかもしれない。そう思い俺が玄関に向かって振り向こうとした時…。

「…夕日が綺麗だねぇ」

その声に俺は顔を勢い良く上げた。

「私ね、いつも夕日を見るのが好きだったの…」

「結…さん」

彼女が居た。いつものように笑顔で俺に語りかけてくる。

「でもね、お父さんは嫌いだったみたいなんだ、夕日…」

彼女の顔が力を失なったように暗くなる。

「今日はね、篤君にお別れを言いにきたんだ」

「…え?」

思考回路が回らなくなる。今、彼女が言ったことが頭の中でこだまする。

「お別れ?」

俺が口を開くと彼女が笑顔で

「うん。私、消えるよ」

と答える。

「な、何言ってるんだよ!」

「日本語?」

「バカなこと言ってる場合か!消えるんだぞ?何もなくなっちゃうんだぞ!?本当にそれでいいのかよ!」

自分でも驚くくらいの大声が出た。更に付け加える。

「ゆ、ユイさんは生きてるんだ!」

「知ってるよ…」

本名で呼び、彼女に自分が生きている事を言えば何かしら反応があるかと思ったが、予想外だったのは俺の方だった。

「だったらなんで!」

「篤君には分かんないよ!!」

「!?」

彼女が怒鳴った所なんて始めてみた。それに怯んで俺は何も言えなくなった。

「…私には生きていく…理由が無いんだもん」

彼女の目から大粒の涙が止めようのないくらいに床にポトポト落ちる。その涙は実際床を湿らせている。

「じゃあ…」

自然と俺の口が開いた。

「じゃあ、俺が理由になってやる!」

その言葉に泣くのを忘れて彼女、ユイが俺の顔を見る。

「厚かましいかもしれないけど、俺がユイさんの生きる理由になってやる。だから消えるなんて言わないでくれ!」

彼女の顔から涙が消える。すると今度は俺の方から…。

「…あれ、悲しくなんかないのに。悲しい事なんか何もないのに…う、グス」

ポロポロと涙が目から溢れ、頬を伝わり。

床に落ちる。

それを拭おうともせずにだだ流れ出る涙を手で受けている。

俺が泣いていると、不意に俺の首に手が回った。

「結さん?」

いつもの癖か偽名で呼んでしまう。

「よし、よし」

まるで子供をあやすような感じで俺の頭を抱き抱えて言う。

「結さん。俺、お…れ…」

涙で言葉にならない。

「お、れ。好き…で、す。結さんの、こと。好きで、す…」

胸が熱くなる。

涙腺が壊れたみたいに涙が止まらない。

そんな俺を結さんは優しく抱き締めてくれた。

結さんが俺の能力を介して実体化している。

「私も、私も大好きだよ。篤君のこと大好きだよ…」

結さんも泣いているのだろうか?嗚咽が聞こえる。

「俺の傍に居てください。結さん。俺、俺…」

声が出ないが喉からそれを絞りだす。

「…大好きです」

その言葉に結さんも頻りに

「うん、うん」

と言っている。

結さんが抱き締める力を強める。俺も強く抱き締めた。結さんが不意に口を開く。

「…篤くん。ごめんね」

「え?」

結さんが抱擁を解き立ち上がる。

「ごめんね。篤君。私、やっぱり消えるよ…」

言葉が理解できない。

まさにそんな感じだった。

結さんが何を言っているのか分からない。茫然とする俺をよそに結さんは言葉を続ける。

「ありがとう。篤君。でも私消えるよ…。彷徨っている私を見つけてくれて優しくしてくれた。そんな篤君が私は大好きだよ。だから、私のこと、忘れて下さい。ごめんなさい。さようなら…そして、ありがとう…」

結うさんの姿が淡い光に包まれる。成仏しようとしている?そんな考えが俺の頭を過った

「結さん!」

慌てて立ち上がり。

結さんを抱き締めようとした。

が、すでに実体化していない。そのまま体を通り抜け、床に倒れてしまう。

「やだよ!結さんがいなくなるなんて、俺ヤダよ!」

駄々をこねる子供のように俺は言っていた。

「もう、わがまま言わないの。篤君は元がいいから彼女もすぐできるって」

あやすような口調で言って、ニコッと笑う。

「結さん!」

その言葉に対しても結さんは微笑むだけだ。

「忘れないでね。私、篤君のこと大好きなんだから…本当に大好きなんだから…」

結さんは目尻に大粒の涙をためていた。

「俺も大好きです!だから…だから!」

結さんの口が開く。


「………」


口が動くがなにも聞こえない。


消え始めているのだ。


そのことに気付いた結さんは腰に手を当て苦笑いを浮かべている。


喋れない代わりにジェスチャーで表す。


結さんはニコッと笑って、手を振っている。


それは『さようなら』を意味しているのは一目瞭然だった。急いで結さんに駆け寄る。


「結さんお願いだ消えないでくれ!」


しかし、彼女の体は徐々に薄れていく。


その光景を見ながら俺は泣いた。


そして、結さんが手を振りながら消えた後も…。


「うあ、あ、ああ…」



俺はずっと、ずっと泣いていた。


『大好きだよ』結さんが残したその言葉だけが俺の中でいつまでも、いつまでも響いていた。

いつもに比べて大ボリュームです。

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