お父さん
「なんで自殺なんかしたの?」
俺がそう言うと彼女は沈んだ顔をした。
昨日と同じ時間に、この公園に来て、少しの雑談を交えた後に単刀直入に聞いたのだ。
なぜ、自殺をしたのか知りたかった。
好奇心が俺を動かしたのかもしれない。
でも、実際は少し心配だったのかもしれない。
おかしな話だ。
自殺してしまい、既に済んだ事だが、彼女のことを少しでも心配してしまう自分がいる。
俺も結局のところは相当のお人好しらしい。
それは幽霊に対しても例外ではないみたいだ。
「二週間前…になるんだけどね…」
不意に彼女が口を開く。
二週間前?かなり最近の話だ。彼女の話を俺は固唾を飲んで聞いていた。
「私は一人暮らしでね。親がいなかったの…」
少女の顔が曇る。
「お母さんは早くに亡くなってね。お父さんは私を置いてどこかに行っちゃって。…お陰で苦労したよ。一生懸命バイトして、ボロアパートに暮らしてた。でもね、お父さんがこの前帰ってきたの」
一瞬、曇っていた彼女の顔が笑顔に変わる。だが、すぐにまた、顔を曇らせた。
「女の人と一緒だけど帰ってきてくれたの。私は嬉しくてね。ああ、これが幸せなんだなって思えた。でも、バカだよね。随分前に私を捨てたお父さんが純粋に私に会いにきてくれるわけ…ないんだよね」
苦笑いを浮かべて、こちらを向く。
そんな彼女がとても痛々しかった。少女が言葉を続ける。
「いつのまにかね。お父さんが私と女の人に暴力を振るいはじめたの…。私が一生懸命に働いたお金も、持っていかれて…。女の人は出ていっちゃった。その人はとても優しかったから、私を連れて行ってくれるって言ったけど、私は結局、ついていかなかったの」
理不尽な話に彼女よりも俺のほうが泣きだしそうだ。
「なんで…」
「え…」
「なんで、ついていかなかったんだ!」
思わず叫んでしまった。
「なんで、そんな父親のとこなんかにいるたんだよ!」
感情的になっているのは自分でもよくわかった。
その証拠にベンチから勢い良く立ち上がっている。
俺の台詞を聞き終わると彼女はニッコリと笑って。
「だって、お父さんだもん。私のお父さんだもん…」
なぜこの状況で笑っていられるのか意味が分からなかった。
俺だったら、そんな親には死んでもついていかないだろう。
でも、彼女は父親だからという理由だけで父親と一緒にいる事を決めた。
理由は知らないがきっと、父親のことを信じていたんだと思う。
「だから私はお父さんの傍に居たの。でも、そのお父さんもお金だけ持って結局は居なくなっなちゃった。また捨てられちゃったから。だから、その時、もういいかなって思って、お風呂場で手首を切って…」
信じていた者に裏切られる気持ちは俺には分からないが、きっと、想像するよりも相当、苦しいんだろう。
それが身内なら尚更だ。
俺は黙り込んだまま彼女を見ていることしか出来ないのだろうか?そう考えている時に、一つだけ俺に出来ることがあった。
「ねぇ、なにがしたい?」
「え?」
俺の言葉を不思議がってか、首を傾げている。
「遠慮しないで言ってみてよ」
言葉の意味を理解してか
「悪いよぉ」
と言う。もう一度遠慮するな、と言うと怖ず怖ずと言う。
「…明日もこの場所に来てくれる?」
少し顔を赤らめて言ったような気がしたのは気のせいだろうか。
「そんな事でいいの?」
あまり大したことのない用件に聞き返してしまう。
彼女はコクコクと首を縦に振る。
「じゃ、明日また来るね」
日が暮れて辺りが真っ暗になっている。
街灯だけが辺りを照らしている。
「じゃあ、また明日」
「うん。また明日」
そう言って、俺は帰路についた。
今回はいつもより少し多めに書きました。 話は今回からヒートアップしていきます。