夢で聞いた話
都会から離れた山のふもとにある小さな旅館。
三十過ぎの男が一人、布団の上で煙草を吹かしていた。時計の針は午前三時ごろ。少し前に目が覚めてからなかなか寝付かないのだ。
満月が夜空にくっきりと浮かんでいる。その光によって、そばのもう一つの布団の上にねむっている二十歳ちょっとの青年の顔が見える。
二人は出張の途中、たまたまここに泊った。
静かな夜に急に変化が訪れた。静かな寝息を繰り返していた隣の男が急に苦しみ、うめきだしたのである。激しく、額には大粒の汗をかき、それはもう必死の形相だった。
男はそばに寄って手をかけ、体をゆすって呼びかけた。
「おい、どうした。しっかりしろ。大丈夫か・・・」
電気をつけて、いまだに低くうめき声をあげる青年を無理やり起こした。青年はボーっとあたりを見回してからつぶやいた。
「ゆ、夢か・・・」
「ひどくうなされていたな。大丈夫か」
「はい、こんな年にもなって酷く怖い夢を見てしまったようです」
「とりあえず水でも飲むか」
「おねがいします」
男はコップに水を汲んできて渡すと、どんな怖い夢を見たのか青年に訪ねた。
「なんとも妙な夢でした。とにかく何もかもがリアルなんです。まるでその人間に自分が乗り移ったかのような・・・」
「そんなに妙なのか。話してみてくれないか」
男に促され、青年は語り始めた。
「ぼくはやたら重い荷物を持って、山道をひたすら歩いていたのです。そこがどこなのかは分かりません。前には同じような荷物を持った男がもう一人いました。もちろん誰なのかは分かりませ。ただずっと僕のほうに向かってあと少しだ、あとちょっとだって励まし続けるんです」
「なんだかすごい話だな。周りの風景とかは覚えてないのか」
「ええ覚えています。山と山の間の谷でした。道の左に山の崖があって右には川が流れているんです。崖は急でことろどころに草ははえていましたが、とても登れるようなものではなかったです。川は割と浅そうで、幅はわりとありましたが歩いて渡れそうな川でした。あ、あと道の途中に六体のお地蔵さまが並んでいました」
「そんなにくわしくおぼえているのか」
「それだけリアルな夢だったんです。そうやって川伝いに歩いて行くととても大きな滝のところまで来ました。そこで前の男がここだここだと言って滝に近づいていくと、滝の裏にそこそこ広い空間があったんです。あると知らなければまず見つかることはないでしょう」
「大きな滝ねぇ・・・」
「そこで急に体が浮き始めたんです。フッと浮いて、自分が今まで入っていた体が下に見えて何事かと思っているうちに不意に肩をガッと強く掴まれたんです」
「誰に」
「あれは間違いありません。幽霊です。頭の半分が何か堅い棒で殴られたかのようにえぐれていて、血が媚びりつき、肌は青白くロウソクみたいでした。その幽霊がぼくの肩を掴んで『逃げろ、逃げろ』って叫ぶんです。ぼくはその幽霊の怖さと、肩を強く掴まれる痛さで叫んでいたら目が覚めました」
「それでうなされていたのか。まあ怖い夢を見る時だってあるだろうさ。だけど夢は夢だ。もうひと眠りすれば忘れるだろ」
そう言って男は青年を落ち付かせた。青年も話すことで恐怖が和らいだのだろう。電気を消してしばらくしたのち、眠りについた。
次の日の朝。男は青年をゆり起した。
「朝食までまだ時間があるらしい。どうだ、ちょっと外を散歩でもしないか」
男はそう言うとぐずる青年の手を引っ張り、山道を散歩しに外へ出た。
しばらく歩いていると突然青年が叫び出した。
「ここだ」
「どうしたんだ」
「こ、ここなんですよ。昨日の夢で歩いていた道はここなんです」
「そんなわけないだろう。ここに来たのは初めてだ。まさか見もしないところが夢に出るなんてありえないだろ」
「だけどここなんです。いいですからもうちょっと行きましょう。そこで確かめられるはずです」
青年の言うとおり進んでいくと、そこには雨風にさらされてぼろぼろになった六体のお地蔵さまが並んでいた。
「間違いないです。こんなにぼろぼろではなかったですが、夢でもここにお地蔵さまがあったんです」
「まじかよ・・・」
「か、帰りましょう。この先になにがあるかわかったもんじゃないです」
「・・・俺は行ってみたい。確かめてみたい」
嫌がる青年を引っ張り、ついに二人は滝に到着した。
「ここです。この滝の裏に部屋があるんです」
「・・・行くか」
恐る恐る進んでいくと滝の裏には確かに空間があった。
「おい、箱が落ちてるぞ」
そこには古く、朽ち果てかけた箱が二つ落ちていた。
「・・・これです。夢でぼくはこの箱を運んでいたんです」
青年は箱に近づき確かめながらて言った。
「なにが入ってるんでしょうね。あの重さだともしかしたら・・・」
男はゆっくりと準備していた棒を取り出し、そっと近づくと青年の後頭部に思い切り振りおろした。
実は俺も夢を見ていた。
夢で幽霊は言っていた。その幽霊は俺の先祖なのだそうだ。
ここらの領主に仕えていた俺の先祖はある戦で負けて、城から逃げる前にもう一人の男と城の金を盗んできた。その金を俺の先祖しか知らない秘密の隠し場所に運んだところで俺の先祖は思った。こいつを殺せば二つとも自分のモノになるんじゃないかってね。
結局俺の先祖はここに金を隠して山を下りる途中で残党狩りにあって殺されたらしいのだが、この金が心残りで成仏できなかったらしい。
夢で先祖の霊が俺に金のありかを教えようとしてくれたのだが、運悪く途中で目が覚めてしまった。ただの夢だったのかと思っていたところになぜかこいつも同じような夢を見ていた。そこで彼には案内役としてここまで連れてきてもらったというわけだ。
まぁ別に青年にも分けてやっても良かったのだがこれは俺の先祖の金だ。俺が全部もらって当たり前だ。きっと先祖の霊も子孫である俺にもらわれて喜んでいるに違いない。
お礼にこのもらった金で墓ぐらい建ててやってもいい。何にしろ先祖の幽霊様様だ。
どれ、じゃあさっそく金のほうを拝見いたしますか・・・
喜び勇んで金のもとに駆け寄った際に、男は小さな石を蹴飛ばしてしまった。小石は勢いよく飛び、この洞窟を支えていた岩の一つに当たった。岩はウソのように脆く壊れ、男と金は無残に押しつぶされてしまった。
男は押しつぶされる直前に幽霊の言葉を聞いた。
『ぼくとぼくの先祖の両方殺しておいて、ただで済むと思ってたんですか・・・』