2. 規格外の救い
翌日の昼休みも、私は裏庭へ走っていた。
もう、あそこ以外に息ができる場所はない。
「……また来たのか」
栗原くんは、昨日と同じ不機嫌な顔で私を迎えた。
その「歓迎していない」態度が、今の私には一番の救いだ。彼だけは、私に何も求めてこないから。
いつもの隙間に座り込むと、緊張が解けたのか、お腹が盛大に鳴ってしまった。
恥ずかしさで死にそうになる。
朝からファンに囲まれて何も食べていないし、購買に行けばパニックになるから昼食も抜き。聖女というのは、霞を食べて生きるしかないの?
「ほらよ」
突然、赤いボールのようなものが飛んできた。
慌ててキャッチする。
それは、ゴツゴツとした不揃いなトマトだった。少し泥がついているし、スーパーで売っているような綺麗な丸い形じゃない。
「形が悪くて出荷できない規格外だ。やるよ」
彼は私の顔も見ずに言った。
規格外。
それはまるで、今の私のことみたいだ。「聖女」という完璧な規格から外れて、泥だらけで逃げ回っている私。
(……でも)
手の中のトマトは、太陽の熱を持っていて、温かかった。
私は迷わず、それにかぶりついた。
プチッ。ジュワァ。
口の中いっぱいに、強烈な酸味と甘みが弾けた。
「……んっ! おいしい……!」
声が出た。
涙が出そうだった。
高級フレンチの前菜で出るトマトより、何倍も、何百倍も美味しい。
土の匂い。太陽の匂い。そして、不器用な彼が毎日水をやって育てた、優しさの味。
「スーパーのより、ずっと味が濃い……!」
「当たり前だ。朝まで土と繋がってたんだからな」
彼は当然のように言うけれど、私には魔法にしか思えなかった。
枯れかけていた私の心に、命が注ぎ込まれていくみたい。
「ただの園芸部員だ。……まだあるぞ。食うか?」
「うん、食べる!」
私は大きく頷いた。
口の周りが果汁で汚れているのも気にならない。
ここなら、私は綺麗じゃなくていい。
泥付きのトマトを笑って食べられる、ただの「白川ゆりね」でいられるんだ。




