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英雄の再誕-17

 声音とは裏腹に、振り向いた馬鈴の顔には何の感情も浮かんでいなかった。真っ暗な鏡面眼鏡にも、わずかに残った口元の生身の部分にも。

 夜の闇のような鏡面眼鏡に貝介の怪訝そうな顔が映っている。

「馬鈴?」

 振り向いたきり黙り込んだ馬鈴に、貝介はおずおずと尋ねる。

「うちは健全な店だ」

 ぎらり、と斬りつけるよう低い声だった。それ以上補足するつもりも、追及を受けるつもりもないような、断絶の声。

 貝介はわずかにたじろいだ。ぶっきらぼうながらも愛嬌のある古本屋兼甘味処の主人。馬鈴へ抱いていた印象。そこから大きく逸脱した声に聞こえた。

 貝介はぐっと小匙を握りしめて、暗い鏡面眼鏡を睨みつけた。

「どういう意味だ?」

 馬鈴は何も答えない。

「なにか後ろめたいことでもあるのか?」

 馬鈴は何も答えない。貝介の挑発混じりの言葉にも、何の反応も見せない。

 咳払い。

「冗談だよ。ここは健全な店だからな」

 貝介は肩をすくめ、目を逸らす。

「なんだ、冗談かよ。趣味が悪いぜ」

 途端に鏡面眼鏡が七色に煌めいた。その表面にチカチカと眩く髪飾りの絵が駆け回る。どのような感情の発露なのか貝介にはわからないが、少なくとも怒っているわけではないようだ。

「俺も冗談だよ。ただ、ちゃんと営業してるうちからすると冗談でもそういう事言われるとちょっとイラッとするってだけだ」

「悪かったよ」

 貝介は空の皿の底を小匙で擦った。からからと軽い音が静かな店内に響いた。

「じゃあ、そうだな。健全な古本屋である馬鈴堂の店主様に意見聞きたいんだけどよ、未認可の物理草子ってのはどのくらい流通してるんだ?」

「なんかあったのか?」

「あー、そういうわけでもないんだが……」

 貝介は歯切れの悪い言葉が自分の口から流れ出るのを感じた。馬鈴が首を傾げる。

 貝介は懐から記録端末を取り出した。

「なんだよ」

「ちょっと聞きたいことがある」

 顰められた眉の絵柄。肩をすくめて馬鈴は接続探肢を伸ばして記録端末に接続した。貝介は自分も思考鏡を装着すると、記録端末を操作して一つの画像を見せた。

 八が記録していた消えた物理草紙の画像だ。

「見覚えあったりしないか?」

 一瞬の間を置いて、馬鈴の描かれた眉が上にあがる。

「残念ながら」

「そうか」

 首を振る馬鈴に、貝介は肩をすすめて頷いた。半機械にカマをかけるのはあまり良い作戦ではなかったかもしれない。思考鏡を外し、天井に向きながらまぶたを揉む。

「男二人で何話してんの? やらしい話?」

 不意に聞こえた声に目を見開く。天井を見ていたはずの貝介を橙色に縁取られた大きな目がのぞき込んでいた。

「どわあ!」

 体勢を崩し、椅子ごと後ろに倒れそうになる貝介を何者かが支えた。

「あぶねー、なにやってんの?」

 けらけらと朗らかな笑い声。なんのわだかまりもなさそうな。

「ありがとよ」

 大げさに声を荒げながら体勢を立て直し後ろを振り向く。平賀アトミックギャル美はニヤニヤ笑いながら、貝介の記録端末を指さした。

「うちも見ていい?」

「駄目だ」

「あー、やっぱやらしいのなんだー」

「違う」

「じゃあいいじゃん」

 平賀アトミックギャル美はわざとらしく口を尖らせた。


【つづく】

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