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英雄の再誕-16

「えらく疲れた顔してるじゃねえか」

 ぶっきらぼうな声とともに何かが机に置かれた。

 貝介は机に突っ伏していた顔を横に向け、音の正体を見た。キラキラと輝く青と赤のゼラチン質がぷるぷると皿の上で揺れていた。

「頼んでないぞ」

「優しい店主からの差し入れだよ」

「いらねえ」

 貝介はそう呟きながらも身体を起こし、皿に添えられていた小匙を掴んだ。胡乱な目で皿に上の物体を睨みながら、匙の先で掬うと警戒しながら舌に乗せた。

 途端に渦巻く甘みが口の中に広がった。赤は燃え上がるに、青は凍てつかせるように味蕾に甘みを伝える。二種類の甘みは複雑に絡み合い、さらに別種の甘みを描き出す。

「なんだこれ」

「新商品の試作品。『おひさまとかぜさんのおばけ』って名前にしようかなって思ってるんだけど」

「名前は致命的に趣味悪いけど、美味いなこれ」

「だろ?」

 馬鈴は半機械の顔を綻ばせた。貝介の言葉の前半は無視されたらしい。

「今日は八さんとは別行動なのかい?」

「ああ」

 貝介はぐったりとした口調で頷いた。

「今日は別件の調査中だ」

「珍しい」

「最近忙しくてよ」

「みたいだな」

 発端は先日の娘だった。謎の影に首を落とされたあの発狂頭巾の模倣者。彼女に関して貝介が抱いた違和感は、調査によって確かなものになった。

 彼女は花屋の娘だった。無論、武芸の嗜みは一切ない。だが、娘は貝介を出し抜き、八をすり抜け、ゴロツキ(こちらは調査で賭場の用心棒だったと判明した)を一撃で仕留めた。あの身のこなしは相当荒事に慣れている者の動きであった。

 異様な模倣者は彼女が唯一でもなければ、最後でもなかった。あの日以来、模倣者の中に奇妙な者たちが混ざり始めた。以前と変わらず様々な類の人間が発狂頭巾の模倣をしている。奇妙なのは明らかに戦闘の経験のない模倣者のなかに異様な身のこなしをする者が現れたことだ。

 発狂改方の仕事は急増した。あらたな模倣者たちの不規則な動きと不自然な怪力は到底、並の警邏組織で太刀打ちできるものではなかった。

 貝介と八は頻発する事件を追って街中を駆け回った。

 そして、それと並行して散発的に表れる模倣者殺しの謎の影。対処すべき事件と調査すべき事象は加速度的に増加して、八と貝介を疲弊させていた。

 今日も朝から三件の事件に対処したところで、鳥沼への報告を八が提案したのだった。

「事後処理はあっしがやっときますんで、おやっさんに報告に行ってもらえませんかい? 馬鈴堂あたりでさあ」

 笑いながら発せられた八の言葉が、自分を気遣ってのものであることを貝介もわかっていた。素直に頷くのは癪だったが、言い返すには貝介は疲れすぎていた。

 八の気遣いも、鳥沼がなかなか来ないことも、馬鈴の出してきた甘味も、どれも貝介をイライラとさせた。その苛立ちをぶつけるようにガツガツと乱暴に『おひさまとかぜさんのおばけ』を口に運ぶ。疲れ切った身体に甘みが染み通っていく。

 馬鈴は肩をすくめて立ち上がった。

「じゃ、まあゆっくりしていきな」

 そう言って薄暗い古本屋の方へと向き直った。

 馬鈴の巨体の向こう、積み重ねられた古本の山が貝介の意識を刺激した。

――そういえば、馬鈴は古本屋でもあったな。

 そんな考えが頭をよぎる。

「なあ馬鈴、この店って裏の物理草子とか置いてないのか?」

「なんだって?」

 素っ頓狂な声を上げながら、馬鈴が振り返った。


 【つづく】




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