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英雄の再誕-11

――発狂頭巾はそんなものではない

 貝介は浮かんだ言葉を胸の奥に押し返した。

 そんなことをこの幼子に言ったところでなんになるというのだ。無邪気な憧れ、それを摘み取ることに何の意味が?

 わかっている。わかってはいるのだ。ごくりと唾を飲み込む。貝介の喉を通った唾は酷く苦かった。

 ゆっくりとヤスケの頭を撫でながら、口を開く。

「ならば、本物の発狂頭巾のような人になりなさい」

 貝介の口から出てきた言葉は自分でもおかしく感じるくらいにちぐはぐな言葉だった。思ってもいない言葉で、口先だけの言葉で、空虚な言葉だった。

「うん」

 それでもヤスケは嬉しそうに頷いた。貝介は後ろめたさに、ヤスケを見下ろしていた視線を上げて、通りの遠くの方を見た。ふと、

「きょえええええ」

 不意に、遠くから奇声が聞こえた。怪鳥を思わせるような恐ろしい叫び声。

 びくり、とヤスケの身体が硬直するのが、貝介にもわかった。

「八」

「ええ」

「あの」

 不意に険しい顔になった貝介たちを見て、父親が遠慮がちに尋ねてくる。貝介はそっとヤスケを父親の方に押しやった。意識して落ち着いた声を作る。

「発狂模倣者です。あなたはこの子と安全なところへ」

「は、はい」

 父親は頷くと、慌ててヤスケを抱き上げた。

「坊や」

 貝介は少し膝を曲げて、抱きかかえられたヤスケと目を合わせた。

「大丈夫。私たちがすぐにやっつけるから」

 少し笑ってからつけ加える。

「あいにく、発狂頭巾じゃないけどな」

「うん」

 ヤスケの表情が少しだけ緩む。貝介はその頭をそっと撫でた。

 すぐに顔を引き締めて立ち上がる。

「行くぞ」

「もちろんでさあ」

 貝介と八は先ほど奇声が聞こえた方向に振り返った。

「む!」

 貝介の口から驚きの声が漏れた。

 二人の目に飛び込んできたのは、群れをなして駆けてくる群衆だった。その顔には一様に恐怖の表情が浮かんでいる。

「八!」

「はい!」

 貝介の呼びかけに、八は即応する。何も言わずにヤスケと父親をしゃがませるとその上に覆いかぶさる。貝介はその前に立ちふさがった。

 群衆が迫る。貝介は腕を交差させて身構える。

 衝撃。

 先頭をかけていた男が貝介にぶつかって通り過ぎる。軽く弾いて軌道を変える。男は何事もなかったかのように駆け続ける。見送る間もなく、次若い娘が駆け抜ける。弾く。いなす。躱す。それでも群衆の波は次から次へと絶え間なく押し寄せる。

――もう持たぬか

 貝介の頭にそのような考えがよぎる。だが、引くわけにはいかない。貝介は自分の後ろにいる親子のことを思い出し、挫けかける気持ちを奮い立たせた。

 波は現れたときと同様に、唐突に終わった。

「八、無事か!?」

 前を睨んだまま問いかける。

「大丈夫でやす」

 八が立ち上がり、支えるように貝介の肩に手を置いた。

 通りには静寂が満ちていた。

 貝介は荒い息を吐きながら、遠くを睨む。

「一体、なにが?」

 その時、静寂の中に足音が聞こえた。

 やがて通りの角からゆっくりと足音の主が姿を現す。

 それはひどく大柄な男だった。

「狂うておるのは、わしか? お主か?」

 男は低い声で呟いた。

 ヒゲに覆われた顔の中、男の両目がギラリと輝いた。


【つづく】 

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