常世の令嬢は人生の岐路で悩む
前作、闇属性の令嬢は婚約者が居ないのジノン×セフィラの娘の話です。ジノンはあれからセフィラを好き過ぎになりました。セフィラはツンデレでしっかり者のお母様になりました。よろしくお願いします。
この常世の城は、人間の住む世界と、闇に住まう者達との間にあるクッションみたいな存在です。
人間達を襲う可能性の有る闇の者達にとってこの城は邪魔ではありますが、この城で育つ黒麗石が無いと闇の者達は困るらしく、定期的に黒麗石を渡す事で一応不可侵条約を結んでいます。
こちらとしても、黒麗石は適度に採らないと魔聖と言う良くないものが発生してしまう為、丁度良いのです。
常世の城の主は人間の中でも希少な闇属性の者にしか勤まりません。
今代の主であるセフィラお母様が城に着任してからもう十七年、此処で産まれた私も十六歳になりました。
セフィラお母様の尽力の結果、常世の城はとても安定していて、城の皆からも敬愛されています。
ジノンお父様は、セフィラお母様の為になる事なら頑張れる人なので、皆扱い方を心得ています。仕方ないお父様ですが、その能力の高さは尊敬に値します。
そんな二人を両親に持つ私、フィラーラですが、私も常世生まれの特徴である身体能力、魔力の増長がある事が先日二人の故郷に行って分かりました。
お父様に頼まれてのお使いでしたが、そのせいでそこでちょっと面倒な事が起きてしまったんです。えぇ、超面倒な案件です。
「フィラーラ、また手紙が来ているよ」
「燃やして下さい」
私はとても嫌そうな顔をしていたのでしょう。お父様が苦笑いをしています。
「私の甥っ子らしいからねぇ、失敗するとストーカーになるよ?」
「自分を失敗例としてあげるのね、驚きよジノン」
「セフィラ!どう?闇の属性値は安定していた?」
「問題無く。ところでジノン、貴方私に来ていたらしい方の手紙を知らない?」
「うん、余計な物だったから灰にしたよ」
「こうなるのよフィラーラ、気を付けてお返事なさいね」
「はい、お母様……」
そうは言われても、従兄弟から求婚の手紙など貰っても心底扱いに困るのよね。しかも能力目当てなんでしょうし。
私は常世の城生まれの標準装備である愛郷心がとても強いので、この城を出てあちらの人と結婚しようなんて欠片も思わないの。
大体次の常世の城の主は弟のジーニスだと思うし。闇属性に生まれた弟はしばらくしたら伴侶を探しにあちらに行かなくてはいけないと嘆いていたけれど。愛郷心故に故郷に居たい、それなのに故郷を出なければ伴侶を得る事が難しい。常世の城の者は人数が少ないし、闇属性に染まれない。故に主になるなら、外に一度出なければならない。あれはあれで可哀想だと思う。でも常世が好きだから頑張るんだろうな、あの子はそう言う男だ。私もジーニスの力になってはあげたいのだけれど、自分の恋もまだ実っていない状況だからなぁ…。
「フィラーラお嬢様。本日は闇の属性値がとても安定しているとお聞きました。久しぶりに黒麗の社に参りませんか?」
「エルス!えぇ勿論良いわ、黒麗石の様子も見ておきたいし」
「あまり数が多く出来ていると魔聖が発生している可能性もありますからね。定期的に採掘しませんと」
「そうね、流石エルス!私のやりたい事、一番先に分かってくれるものね」
私の言葉にエルスは少し笑いながらお手上げみたいなポーズを取る。
「光栄な事に、私のしたいことがフィラーラお嬢様と同じ事が多いだけですよ」
「…………本当にそうだったら、良いのだけれど」
「フィラーラお嬢様?」
「良いの、これ以上は罰が当たると言うものよね、準備してくるわ」
「?はい、正面玄関でお待ちしております」
そうよ、八歳も年下の私がエルスになんて思われているのかなんて、分かりきってるじゃない。
私は、幾つになっても『フィラーラお嬢様』なんだわ。
私がいくらエルスに恋をしても、この恋は実る事が無いのよね。それならもう、諦める事も考えなければ駄目かしら。
私の望む未来と、エルスの未来が同じなら、どんなに幸せだろうか。
自室に戻り、先の手紙を開封する。内容は案の定、こちらに来てくれないか、その能力をこの国の為に活かしてはくれないか、とか、押し付けな話ばかり。その上、その方がこちらでも常世の城への良い象徴となり、弟君がこちらに来た時に過ごしやすくなるだろうとか、痛いとこまでついてくる。
この男、好きになれそうに無いなぁ。
これは恋文ではありません。ただの勧誘です、とお父様には言っておこう。でもジーニスの為の基盤作りかぁ、それも常世の城には必要な事なのかな。
悩みながら準備をして、正面玄関に行き、エルスと合流する。
本来なら黒麗石の採掘も、エルスだけでも出来ない事もない。でも私はお母様の娘だから黒麗石の成長の見分け方が他の人より得意で、それが理由できっと誘われただけで。
あぁとっても後ろ向きだな。こういうの良くないって思うんだけど、気持ちの切り替えって難しいな。
「フィラーラお嬢様、どうされました?」
黒麗の社に着くと、エルスが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「……ちょっと考え事と言うか」
「考え事ですか?」
全部話す勇気は私には無い。だから、話せる事だけ話す事にした。
「そう。常世の城の為に、ジーニスの為に、どうしたら良いのかなぁとか、私は何が出来るかな、とか」
あの手紙の主は好きじゃないけれど、きっと気持ちは私と似たようなものなんだろう。自分の周囲を、どうすれば良く出来るか、その為に何が利用出来るか。何が欲しいか。彼にとってその矛先が私に向いた訳で。多分私が我慢をすれば、そこそこの良い結果が出るとは分かっている。
だけど気持ちが納得出来ない。不甲斐ない自分に思わず溜め息が出る。
「外にお嫁に行く先人の気持ちを知りたいわ」
「えっ」
「どんな気持ちで外に住むのかしら。此処が恋しくなったらどうするのかな」
「ちょっと、ちょっと待って下さい。フィラーラお嬢様、外にお嫁に行く予定があるんですか?」
珍しく慌てているエルスに首を傾げながら、少し考える。
「予定と言うか、選択肢として出たと言うか」
「選択肢って……待って下さい、聞いて無いです」
「この前お父様の甥に欲しがられたと話したじゃない」
「その時は選択肢になど浮かんでも居なかったじゃないですか!」
何故だか知らないけれど、エルスが焦っている。妹の様に思っていた『お嬢様』の変化にそこまで動揺する必要なんてあるのかしら。
「どうしたのエルス?」
「どうしたのって、私そんなに分かりにくかったですか!?」
「だから、何に怒ってるのか分からない」
こちらも少し腹が立ち始める。急にまくし立てられていい気はしない。すると切羽詰まった様子のエルスに両肩を掴まれた。
「好きな女性に他所に嫁ごうかと思ってると言われて動揺しない訳がないでしょう!!」
「…………………え、」
「貴女はいつも私の事を驚かせる。それは嫌いじゃなかった。だけど今回ばかりは耐えられない。私は貴女に俺をお婿さんに貰うってキスされた時の動揺も、喜びも、思い描いた事も全て覚えているのに…フィラーラはもう忘れてしまった?」
困った様に眉を下げる姿が、幼い頃のエルスの姿に重なる。忘れるわけない。私だってずっとずっと覚えていたのだから。その願いが叶うことを夢見ていたのだから。
涙が溢れた。言わなければ。今、この人に私の気持ちを伝えなければ。
「…………好き」
思えば大人になってそう告げるのは初めてだったかもしれない。エルスは少しホッとしたような、照れたような笑顔を浮かべた。
「はい、私も、ずっと想ってきました。フィラーラ、私のお嬢様」
エルスの手が肩からそっと外れて、すみません、痛かったですか、と聞いてくる。
首を横に振る。エルスは激情を向ける時も、私を傷付けるような事はしない。
「エルス、私の願いを叶えてくれる?」
その手を握ると、エルスが一つ頷いた。
「勿論です。その願いが私と同じ方を向いているものならば、どんな事でも」
「この城はきっと、いずれジーニスが継ぐ。私はその支えになりたい。そしてその傍にはいつも貴方が居てほしい」
「はい」
「貴方にもこの城で息絶えるまで仕える事を強いる事になるのよ、いいの?」
「強いられてなどいません。私も幼い頃からずっと、この常世の城の未来を案じて来ました。その上、愛する人の傍に生涯居られると聞いて何故断らなければならないのか分かりませんよ」
エルスが微笑んで、腰を屈める。私は意図された事に気付き、そっと目を閉じた。
「愛しています、フィラーラ。この時をずっと待っていた」
〜一方その頃、城内にて〜
「ねぇセフィラ、普通娘って最初お父様のお嫁さんになる〜って言うものなんじゃないの?」
「父が常に母にべったりで『お父様は一番お母様を愛しているんだ、フィラーラ達は二番目』って言ってたら難しいと思うわ」
「事実だからなぁ。でも一度も言われなかったのは絶対エルスのせいだよね」
「だからと言ってエルスに『フィラーラの婿になりたければ十六歳までは清く正しくあれ』はどうかと。そしていい加減付いて来ないで。仕事して」
「私の仕事はセフィラの補佐だからね。君に何か無いように一緒に居るのは当たり前…」
「お父様みたいになっては駄目よジーニス」
「勿論ですお母様。ストーカーは犯罪ですからね」
この作品を書き、闇属性令嬢の方を少し加筆しました。なろう版しか読めない方は良かったら読んでみて下さい。その後のジノンとセフィラが見られます。
こちらは以前にムーンの活動報告に載せていた物を加筆修正した作品になります。現在は此方でのみ読めます。
読んで下さってありがとうございました。