引きこもり王太子妃の優雅な暗躍生活〜廃妃?王国裏社会の女王はそうはさせません〜
「ロアンナ、今日も大人しく部屋で引きこもっていろ。お前がいても公務の事など全く分からんだろう。邪魔なだけだ」
「はい、ごもっともでございます」
「とんだ無能妃を迎えてしまったものだ。叔父上のご推薦がなければ、こんな女ではなく⋯⋯」
黒髪青眼のトリスタ王太子は、わたくしを見て忌々しそうに吐き捨てました。
「申し訳ございません。お邪魔にならないよう、部屋で趣味を嗜みながら大人しく籠もらせて頂きますわ」
「ふん。金のかからん趣味なら好きにしろ。この引きこもりめ。お前など生きているだけで税金の無駄遣いだからな」
トリスタ王太子は朝食をさっさと平らげ、早々に退出していかれました。
朝食をご一緒すると、大体いつもこの会話の繰り返しです。
愛がないのは致し方ありません。
これは政略結婚ですし、惚れたの腫れたのは愛人でも作って勝手にやってくださればよろしい。
これほど罵倒される毎日ですが、わたくしは現状に大変満足しております。
部屋に帰り、しっかりと鍵を閉めます。
さぁ!のんべんだらりと朝から二度寝をキメちゃいましょう!!
本当に最高!夢にまで見たグータラ生活!!
夜伽義務は免除、三食昼寝付き。
無能のレッテルを貼られようが、自分の時間がもらえるのは正に至福でございます。
ベッドの幸福な柔らかさに身を沈めていた、その時でした。
コツコツと、窓の外から伝書鳩がガラスをつついているではありませんの。
今日こそは引きこもり生活を満喫しようと思ったのに、実に残念極まりないことです。
わたくしの貴重なグータラ生活を害する不届き者。
あとでそのお客様の弱みでも握って、たっぷりむしり取っ⋯⋯いえ、可愛く愛でて差し上げましょう。
淑女ですからね。
今日は完璧なグータラ生活プランを用意しておりましたのに。
この代償、少し高くつきますわよ。
***
「急にお呼び立てし、申し訳ありません」
自室の隠し通路から外に出た先に一台の馬車が停まっていました。
待機していた馬車の中では、わたくしの右腕であるライラが頭を下げていました。
「今日はわたくしが不在と言っても、引き下がらないVIPな方なの?」
「はい。『ミラーナ様にお会いするまで絶対に帰らない』と、大変鼻息荒く仰せでして」
「仕方ありませんわね」
わたくしには、ちょっとした趣味がございます。
もちろん、お金のかかる趣味ではございません。
貴族社会を生き抜くための嗜みをご存知かしら?
幅広い教養?優雅なダンス?繊細な刺繍?それとも社交術?
いいえ。
幼少期、その全てに時間を費やしましたが、そんなものでは貴族社会のドブ川をサバイバルなどできません。
生き抜くために必須な趣味。
それは『情報掌握』ですわ!!
王太子妃ともなると、暗殺を企む者や、辱めてやろうなどという悪鬼鬼畜な貴族たちがまぁ多いこと多いこと。
身の安全第一主義のわたくしです。
変装して城下に潜入し、貴族社会の情報収集を趣味にしていたところ、気付けば王国裏社会の女王として君臨しておりました。
大した偉業をしたつもりはありませんのよ。
普通に情報を集め、普通に裏社会の秩序を分からせてあげただけですの。
そう、淑女として普通のこと⋯⋯。
存外、叩けば埃が出る方々ばかり。
弱みの一つや二つ握るなんてチョロ⋯⋯いえ、容易いもの。
いえ、脅したり怖がらせたりしておりません。
淑女ですからね。
ましてや力技で相手を屈伏などしておりません。
淑女ですからね。
そう、淑女として理路整然と社会のルールと模範を説いて回っただけでございます。
むしろ淑女の鏡と崇めて頂きたいくらいですわ。
それが、なんと今や『裏社会の秩序』などと畏怖されるようになってしまい、引退もできず困っている有様ですわ。
昼は無能な王太子妃ロアンナ。
夜は裏社会の女王ミラーナ。
それがわたくしの二重生活でございます。
そして今日の優雅な引きこもり生活をぶっつぶ⋯⋯いえ、邪魔する厄介なご依頼人様。
それは――。
「これは王太子殿下。本日はどのようなご用件でしょうか?」
努めて艶然とした笑顔を作りますが、ついさっきまで顔を合わせていた夫の姿に、内心げんなりでございます。
「『闇夜の烏』のトップは多忙とみえる。君に会いたくて来たに決まっているだろう? 何度も手紙を送っているのに返事もくれないなんて、つれないな」
……虫唾が走りますわ。
既婚者からのラブレター、というか夫から妻への熱烈なアプローチなんて。
全くときめきませんし。
自分とは違う『誰か別の人』へ宛てられた手紙は、浮気現場を特等席で見せられているようで、気持ちが悪いことこの上ありません。
「奥さまがいらっしゃるのに、罪な御方」
妖艶に返してみますが、とんだ遊び人でございます。
まったく、昨夜は情報収集した『烏』からの報告書を読み漁っていたので眠くて機嫌が悪いのです。
早くお昼寝タイムにしたいのですけど。
「あんな愚鈍で引きこもりの女に興味はない。それより、君の美しい顔をずっと見つめていたいんだ」
またぶるりと悪寒が走ります。
「女性を口説く時、誰にでもそうやっておっしゃるのでしょう?」
わたくしは努めて、そう努めて笑顔を作ります。
さっきまで一緒に朝食を食べていましたわよ、あ・な・た♡
「そんなことはない!!君にしか言わないよ!!」
化粧のトーンを変え、髪を下ろし、ドレスをパステルカラーからシックな黒に変えただけですのよ。
それなのに毛程も気づかないなんて、とんだお間抜けさんね。
女性を口説き倒す前に、まずは女性のみる目を養って頂きたいものですわ。
そもそも、わたくしに愛を語るなら、これくらいの変装とも言えないお色直しを見破ってごらんなさい。
まぁこんなことも見極められない男なんて、それまでですけどね。
「そんなことでこちらへ?」
まったく、とんだクズ⋯⋯いえしょうもないご依頼人でしたわ。
お願いですから、わたくしの貴重なグータラ時間を返してください。
今日はティータイムに我がおかかえパティシエ渾身のマカロンとフィナンシェを食べて口福を堪能し王室御用達、新作の春摘茶葉を使ったロイヤルマスカットティーの香りに癒されながら昼下がりの優雅なお茶の時間を楽しみ、心地よい温かな日差しを感じながらお昼寝をする予定でしたのよ。
あなたのお呼び出しさえなければ⋯⋯!!
「いやいや、先日のフェルディナンド公爵の不正情報を掴んでくれて助かった!!これで裁判を有利に進められる。さすが裏社会の秩序だ!謝礼金は色をつけてある、受け取ってくれ」
当然でございます。
わたくしのグータラ生活を死守するためには、我が身の安全第一、ひいては国家の安定が第一でございます。
すべては最高のお昼寝タイムを謳歌したいがための慈善事業です。
「『闇夜の烏』のネットワークの賜物。当然のことをしたまでですわ」
もちろん、これはわたくしのお金のかからない単なる趣味。
このお金は働いてくれた組織のメンバーに分配し、色をつけてくれた分は皆にお酒でも振る舞うなどしております。
わたくしは一切手をつけておりませんよ。
淑女ですから。
「時に、相談なんだが」
「はい?」
トリスタ王太子は真剣な目で見つめてきたかと思うと、わたくしの手をぎゅっと握りしめてきたのです。
思わずぶるりと寒気が走りましたわ。
それに目はウルリと潤んでなぜか熱い視線ですし、顔を赤らめなぜか顔をグイッと近づけるのです。
近い!!さすがにバレましたかね。
「君を、僕の正妃として迎えたい」
さすがに残念大賞を授与させて頂きたいと思います。
もう正妃になっていますよ、お間抜けさん。
まったく正妃はここにいるというのに、わたくしを新たに正妃にするとはご冗談も大概でございます。
「あら。わたくしの情報網によれば、殿下は何人も愛人を囲っていらっしゃるご様子。お名前も全て把握しておりますわよ?最近ではカロリーヌ様にも同じことを囁いていたと記憶しておりますが?」
ログレイ子爵令嬢のカロリーヌ様。
才色兼備の十六歳。
婚約者は未定。
ログレイ子爵の三女の箱入り娘。
哀れトリスタ王太子の毒牙にかかり、大切な操を捧げるとは、なんとおいたわしい。
ログレイ子爵が知れば子煩悩な彼のこと。
烈火のごとく怒り狂うに違いありません。
トリスタ王太子殿下。
三ヶ月前の夜会であなたが口説き落としていた現場、うちの「烏」がしっかり情報提供してくれていますわよ。
しかも一夜を明かして、あなたは大変ご満足だったそうで。
「さすが女王、耳が早いな!だが、あの子は一晩で飽きた。口説けばすぐになびく女に興味はないんだ。君がどうしても僕の手に落ちないなら、権力を使ってでも自分のものにしたい」
とんだゲス野郎がここにいましたわ。
うら若き淑女をなんだとお思いでしょうか。
仮にも妻がいる身で。
「奥さまも、そのご令嬢もお可哀想なことです。殿下が欲しいのはわたくしではなく、我が組織の力なのでしょう?」
わたくしは手元の扇子を広げます。
お話しするのも疲れてきましたわ。
「組織も確かに魅力的だ。しかし、君のその統率力、国への貢献心、洗練された礼儀作法と高い教養、そして何よりこの美貌は社交界でも一二を争う。あの愚鈍な引きこもり妃など、何の役にも立たん。あれは早々に廃妃にする」
そう言って席を立ち、振り返りざまに――。
「すぐに君を迎えに来るから、待っていてくれ」
そんな捨てゼリフを残しスタコラサッサと帰って行かれました。
わたくしの返事など聞かずに消えてしまい困り果ててしまいましたわ。
わたくし、待っておりませんよ。
来られても門前払いでございますよ。
というか、ずっと目の前に座っておりますのに。
正妃たるわたくしが。
なんたるお間抜けさんでしょうか。
実の妻の前で、堂々たる浮気宣言と離婚通告。
ご令嬢の不義密通の自供までしてしまいました。
他にも余罪が色々あることは知っておりますが、この際不問に致します。
が、ここまで来ると清々しいですわ。
世の御婦人であれば宣戦布告と取られ修羅場になるところですが、わたくしは寛大ですからね。
こうやって涼やかに受け流せるのです。
まぁ、わたくしには夫への愛や嫉妬、執着など微塵もございませんので、痛くも痒くもないというだけの話しなのですが。
しかし、それ以前に由々しき事態。
廃妃にされては、今までの「三食昼寝付き・夜伽なし」というVIP待遇、この恩恵が受けられなくなってしまいます。
これは、わたくしのグータラ生活、存亡の危機!!
こちらの方が人生存亡をかけるくらい重要事項ですわ。
それに⋯⋯このままではいらぬ醜聞も立ちかねません。
女性をとっかえひっかえするともなると、いらぬ恨みを買いかねません。
国の乱れは生活の乱れ、ひいては我が身の安全にも関わること。
わたくしは我が身の安全第一主義者です。
そのわたくしからしたら、トリスタ王太子の行いは王族の権威を失墜しかねません。
いらぬ遺恨を残し敵を増やすのは避けねばなりません。
大火になる前に、降りかかる火の粉は払わねば。
わたくしは手元にあった扇子をパチリとたたみ思案致しました。
ここは正妃として、淑女として、王国裏社会の女王として、トリスタ王太子殿下には少しお灸をすえる必要がございますわね。
***
「ロアンナ!貴様は妃としての職務を放棄し、部屋に引きこもる毎日を送るなど言語道断!よって今日この日を以て廃妃とし、新たにミラーナを正妃として迎える!!」
数日後の夜会のことです。
わたくしは夫からの盛大な断罪宣言を聞くハメになりました。
まぁ、想定の範囲内ですわね。
お相手に指名されたミラーナ様は本日ご欠席⋯⋯というかわたくしがその本人ですが。
離婚宣言を承り、新たな婚約者指名を言い渡されました。
「……承知いたしました」
会場は騒然となり、貴族一同から憐れみの視線がわたくしに集まっておりました。
トリスタ王太子はわたくしの従順な返答に満足したのか、フットマンから手渡されたワインをドヤ顔で一気に飲み干しました。
一仕事したお酒はなんとも甘美な味だという陶酔っぷりです。
まったくお間抜けさんなこと⋯⋯。
わたくしはその様子を見届け、そっと会場を後にしました。
自室に戻り大急ぎでミラーナ仕様のメイクを施し、髪を解き、黒と赤のドレスに着替えてガラリと雰囲気を変え、およそ三分で会場へ引き返しました。
我ながらよく頑張りましたわ。
婚約者にと指名が上がったからには会場に行かねばなりませんからね。
わたくしが「ミラーナ」として再び足を踏み入れた瞬間、会場は悲鳴の渦に包まれていました。
さきほどのトリスタ王太子が床に突っ伏し、喉をかきむしりながら泡を吹いていたのです。
動揺する群衆の中、わたくしはあらかじめ目を付けていたある令嬢へ迷わず歩み寄りました。
そして、彼女の震える手から小さな薬瓶を鮮やかにひったくりました。
薬瓶の中身、やはり……。
仕掛けてくるならこのタイミングだと思っていましたわ。
「ミラーナ……!た、助けてくれ……!!」
床に這いつくばるトリスタ王太子は、すでに虫の息です。
わたくしはゆっくり彼に駆け寄り、ドレスの隠しポケットから別の小瓶を取り出します。
「殿下、こちらに特製の解毒薬がございます。これからは、わたくしの言うことを何でもお聞きになりますか?」
「き、聞く!何でもするから、頼む……!!」
口元に薬を流し込み、ゴクゴクと飲み干したのを確認します。
ゲホゲホと激しくむせ返りながらも、トリスタ王太子の顔色に赤みが戻っていきます。
このご様子なら、大丈夫そうですわね。
「あ……お、お前……ロアン、ナ……!?」
解毒薬がきいたトリスタ王太子が我に返り、わたくしの手首を掴み目を見開いたのです。
わなわなと震え、世にも恐ろしいものでも見たかのように恐怖で歪んだ顔をするではないですか。
まるで驚愕の事実を知ったという衝撃の瞬間を目の当たりにした人間の顔でございました。
あら?
まさかお気づきに?
でも、なぜこのような時に気づいたのかしら。
対談であんなに間近で話しておりましたけれど、全く気づきもしませんでしたのに。
不思議に思いながら掴まれた自分の左手を見ますと。
⋯⋯あら⋯⋯。
左の薬指には特注の王家の紋章入りの結婚指輪が⋯⋯。
バタバタしていて、結婚指輪を外すのを忘れておりましたわ。
わたくしもまだまだツメが甘いですわね。
トリスタ王太子は全てを悟ったのか、瞬く間に白目をむいて呆けた顔をしていました。
いっきに六十歳は老け込んだ顔になってしまい、そのままパタリと意識を失ってしまいました。
この程度で気絶するとは王族男児が情けない。
正妃である妻と裏社会の女王が同一人物だったというだけのこと。
色ボケのへたれはごめんでございます。
わたくしは、周囲で呆然としていた近衛騎士たちへ冷静に指示を飛ばします。
「皆様、ご静粛に!王太子殿下の服毒殺人未遂事件です。首謀者の目星はついております。自首するなら殿下の控室へいらっしゃい。逃亡を図るなら、我が『闇夜の烏』が世界の果てまで追い詰めますわ。まずは全員、その場を動かないこと!」
わたくしの威圧感に気圧され、会場が静まり返っておりました。
そんな中、わたくしの組織の者に両脇を抱えられたある人影が、引きずられるようにして控室へと運ばれていったのでした。
***
「……申し訳ありませんでした⋯⋯」
控室でガタガタと震えていたのは、子爵令嬢のカロリーヌ様でした。
そう。
先程、わたくしが目星をつけ薬瓶をとりあげたご令嬢こそ、子爵令嬢カロリーヌ様だったのです。
わたくしの推理はこうです。
正妃ロアンナが廃妃されればカロリーヌ様が次の妃になれると確信していらした。
甘い夜の囁きを信じて。
しかしこの夜会で正妃にと選ばれたのは、突如現れた「ミラーナ」という見知らぬ女性ではありませんか。
彼女は裏切られ辱められたと知り逆上。
用意していた新薬の毒をワインに混入させ、フットマンに運ばせトリスタ王太子に飲ませ毒殺を謀られたのです。
「わたくしの情報網では、あなたが最近、裏ルートで『無味無臭の新薬』を購入したことを掴んでおりましたの。これ、本来は多量に服用すると、激しい嘔吐や引きつけ、最悪の場合は心停止を引き起こす強力な『堕胎剤』ですのよ」
控え室の長椅子に横たわり青ざめていたトリスタ王太子が、カロリーヌ様を恨めしそうに睨みつけます。
「カロリーヌ……!貴様、よくも僕を殺そうとしたな!死罪だ!」
八つ当たりをするように怒鳴りつけるトリスタ王太子にわたくしは待ったをかけます。
「お待ちなさい、殿下。彼女がなぜ『堕胎剤』などという不穏な薬を持っていたか、お分かりにならなくて?」
「どういう⋯⋯、意味だ……?」
「実は……殿下のお子を、身籠っているのです……」
カロリーヌ様がか細い声で泣き崩れました。
それを聞いたトリスタ王太子の顔面が、今度は土気色に変わりました。
今日は百面相のように顔色がコロコロ変わりますわね。
「最近、トリスタ王太子殿下から冷たくされて⋯⋯、会っても下さらなくて⋯⋯。妊娠が分かったものの⋯⋯不義の子ともなれば子どもも可哀想だからと⋯⋯伝手を頼りに堕胎剤を購入したんです。でも⋯⋯廃妃の噂を耳にし⋯⋯もしや、わたしを妃に⋯⋯据えてくれるのではと思い、今日出席したら、全然⋯⋯別の方のお名前があがって。わたし、どうしたらいいのか⋯⋯分からなくて⋯⋯。だから、殿下を道連れにわたしも死のうと⋯⋯」
カロリーヌ様はおいおいと床に突っ伏して事の次第を自供なさいました。
「そ、そんな……僕は一体、どうすれば……」
トリスタ王太子はわなわなと震え出したではありませんか。
やる事をやったのですから、そんな結果もございます。
むしろ珍しいことではございません。
わなわなするのでしたら、初めから慎み深く行動なさるべきなのです。
責任をとる自覚がない殿方はこれだから困ります。
廃妃しようとした無能な妻が、実は自分が惚れ抜いた裏社会の女王で。
都合よく捨てたつもりの愛人には子どもができていて、危うく毒殺されかけたなんて。
王宮のゴシップですわね。
トップニュースとして瞬く間に広がりますわ。
隣国に漏れたらとんだ醜聞の恥さらしです。
一日のうちに一生分の女難と因果応報が押し寄せ、トリスタ王太子はもはや再起不能となっておりました。
東国なら、お仏壇のお鈴がチ――ンと美しく鳴り響く所ですわ。
ご愁傷さまでございます。
「仕方がありませんわね。この件の後始末は、すべてわたくしが決裁いたします。『王太子妃ロアンナ』の名の下に。異論はございませんね?」
「は⋯⋯、はい……」
トリスタ王太子は完全に真っ白になり、抜け殻のように遠くを見つめていました。
***
「あの、ロアンナさん……その、お茶を淹れさせていただきました」
コンコン、と控えめなノックと共に自室に入ってきたのは、お盆を持ったトリスタ王太子でした。
「そこに置いておいてください」
「はい、すみません……」
あの一件以来、トリスタ王太子の接し方は激変しておりました。
丸くなったというか、完全にわたくしを恐れおののいております。
わたくし、命の恩人かつ裏の支配者ですからね。
逆らえるはずもありません。
「殿下、カロリーヌ様は無事にご実家で出産されたそうですわ。本来なら大罪人として修道院行きですが、殿下にも多大な非がございます。親子ともども実家にて終身謹慎。父親は死んだものとし、将来の政争を避けるため牧師にするよう手配いたしました」
「さすが僕のロアンナ、完璧なリスク管理だ……」
わたくしがキッと一瞥をくれると、トリスタ王太子はビクッと肩を震わせます。
「愛人作りは、ほどほどになさいませ?」
「はい、本当にすみませんでした……!!」
「次何かあれば、あなたなど生かさず殺⋯⋯」
「え⋯⋯?ロアンナさん⋯⋯!?」
「いえ⋯⋯、何も⋯⋯」
つい思わず本音が口から出ておりました。
部屋の片隅で小さくなって正座するトリスタ王太子は、まるで捨てられた子犬のようです。
「あの……それで、僕たちの今後の夫婦生活といいますか、夜の営みなどは……いかように⋯⋯」
「心配するところはそこですか!?」
まったく。
舌の根も乾かぬ内に考えることはそれですか。
後継ぎ問題などないお立場でしたら、いっそそのイチモツ⋯⋯。
いえ、ご用さえお済みになりましたら不能にするくらい、血を流さずとも⋯⋯。
いえいえ、淑女ですからね。
流血沙汰やお可哀想なことになることなど好みません。
それに、わたくしの管理下にはカロリーヌ様のお子もいることです。
いざとなれば⋯⋯。
わたくしの視線に何を察したか、トリスタ王太子はビクッと身体を震わせ股間を押さえながら頭を床につけて平伏しました。
「わたくしがこの優雅な引きこもり生活に飽きましたら、考えて差し上げてもよろしいですわ」
まぁ、当分そんな日は来ませんが。
こうしてわたくしは、王宮の情報操作によって無事、廃妃の危機を脱しました。
もちろん、あの場を丸く納めましたよ。
『闇夜の烏』のメンバーを使ってわたくしの筋書き通りになるよう噂を流させて。
トリスタ王太子もこれに懲りてわたくしを廃妃にしようなどという愚考はおこさないでしょう。
やはり『情報掌握』こそ、人生を謳歌する最高の趣味ですわね。
おっと。
そういえば……カロリーヌ様が裏ルートで購入したあの強い堕胎剤。
あれを彼女が探し求めていた時に新薬をオススメした闇商人が、我が『闇夜の烏』の構成員だということは、わたくしと組織だけの秘密でございます。
だから解毒薬もあの現場に都合よく持っておりましたの。
いえ、たまたま。そう、偶然ですよ。
備えあれば憂い無しですからね。
淑女は用意がいいんですのよ。
トリスタ王太子殿下。
眠りたかった虎を起こしたからには、この位はお覚悟して頂かないと。
淑女が嗜むお遊びに付き合えば、こうなります。
身をもって体感して頂き光栄でしたわ。
わたくしの貴重なお昼寝タイムを邪魔する代償は少し高いんですのよ。
今度邪魔しようものなら、そのお命⋯⋯。
いえ、淑女ですもの。
口にだすのはやめておきましょう。
誰が聞いているか分かりませんものね。
そして悲しいことに、裏社会の女王は色ボケ王太子をも降したなどという噂が流れるようになりました。
まったく大変不本意ですわ。
淑女として当然のことをしたまでですのに。
いえ、裏社会の女王の名が上がったという意味ではよしと致しましょうかね。
今日も我が身の安全第一主義を掲げて、グータラ生活を満喫させて頂きます。
わたくしの代償の定義
高い代償
=お命頂戴いたします。
はいお空で美しいお花畑を御覧下さい。
特等席をご用意させて頂きます。
少し高い代償
=再起不能の瀕死くらいでとどめます。
いえ、ちょっと痛いとか大変な思いをしたなぁくらいです。
大したことはございません。
ちょっと三途の川を日帰り観光する位です。人によっては。
命に別状はございません。人によっては。
トリスタ王太子殿下は三途の川を渡りかけたらしいですわ。まぁ、怖い。
ほんの少しの代償
=ケツの毛までむしっ⋯⋯いえ、身ぐるみはがす位で勘弁して差し上げます。
命あっての物種ですからね。
大丈夫です。かわいい淑女のいたずらと笑って済ませられる程度です。人によっては。




