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その後

 その後の事について話しておこうと思う。


 まずドナさん。

 ドナさんは78歳のころ、本を出版した。世界各地を巡って、植物辞典を作成した。教科書にも取り入れられる物になった。植物辞典出版の2年後には「辞典の裏では」という冒険の日々の物語を書いた。俺について「魔王戦まで名前がわからなかった」と書いていて驚いた。兄貴については「初めてうぶな想いを抱いた人」としていた。


 次にナタリーさん。

 ナタリーさんは60歳のころに「夫の弟」という本を出していた。とても泣き虫で、うぶな教師の葛藤と幸福を描いた物語だった。残念ながら80歳で脳硬塞により亡くなったが、動けなくなる直前まで孤児院の子供達を想っていた。孤児院の子供達からは「マザー」と慕われていた。


 そしてジャネタさん。

 ジャネタさんは32歳のころに参加していたパーティーで酒を飲み、暴れ回っていた男から姪を護って死亡した。兄貴は「汚点の多い人だったけど立派だった」と言っていた。


 んで、ヘルトさん。

 ヘルトさんは冒険の後すぐに故郷ウィレンタ村に帰り、食堂の店主を引き継いだが、70代の半ば頃に認知症を患ってしまった。兄貴がつくった「あのばかしわジジイには破壊できない素材」で作った家でのんびり暮らしている。いわく、いまでも時折「次はあの馬鹿と次は海底都市を冒険するんだ、女連中はどこにいる」と胡座を組んで待っているらしい。


 そして、俺。

 俺は出身がばらばらなふたりの孤児を引き取って、適度にいい暮らしをしながら暮らしている。それ以外に言うことはないが、強いて言うなら、この子供達が立派な大人になるまでは死ぬつもりはない。


 最後に、兄貴。

 兄貴は孤児院併設の学校で体育教師と美術教師を担任していたが、52歳の頃に熊から子供達を護って亡くなってしまった。解剖の結果、全身に転移していた癌腫瘍によりライクが消滅して戦闘力が100程度に低下してしまっていたたらしい。兄貴の日記には「第九段階〈未来予知〉について」というページがあった。そこには「因果を無視して生きるべし」と書かれていた。

脳に因縁があるパーティー

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