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変身

 それからも俺たちの旅は続く。

 兄貴は最近フォークやナイフを落とすようになっていた。

「普通に手汗」と言っていたが本当かな。多分嘘だ。

 そんな毎食掻く手汗があるものか、と思う。


 カチャン!


「また落としてしまった」

「なんかボク、シャム君がフォークとかナイフを落とす度に老いてく父親を見ている気分になってしまうんだよね」

「手汗手汗」


 兄貴がごまかしている。


「兄貴、俺が食べさせてあげようか」

「いやぁさすがにそれは恥ずかしい」


 そこに、近づいて来る足音があった。


「あなた、シャム・アヴィスですよね」

「誰すか? あんた」


 若い女性で、女性の後ろには、大柄の男がふたり立っている。


「聖女カリナといいます。あなた、シャム・ァヴィスですよね」

「そうですけど……」


 ヘルトさん、ナタリーさん、ドナさん、ジャネタさん。

 4人が警戒している。


「そうですか! よかった、助けてほしかったんです」

「俺に? ……こんなに、数多く人がいる中で俺に?」

「はいっ! 〝打刻〟のアヴィス……その男が従える〝標の一団〟はとても有名ですので」


 徐々に薄く。徐々に薄く。

 存在感を薄くしていく。


「どんなご依頼で?」

「このゴミの処理をお願いしたく」


 ゴロン、と頭が転がる。獣人の頭らしい。

 黒いオオカミの頭。乾燥している。

 ドナさんとナタリーさんが口を手で覆い、兄貴を見た。


「………………は?」


 兄貴は何も分からないような顔をしていた。


「ですから、そのゴミを処理していただきたいんです。あなたのお友達でしょ。パールヴァティー・ウィータス。どうかしましたか?」

「あんた、どこの聖女だ」

「ミリニオ教です」


 食堂は騒然としている。

 いきなり死体が出てきたのだから、仕方がない。


「シャム君、落ち着いて。偽物かもしれない」

「本物だよ」


 兄貴は言葉のすべてに濁点がついた様などす黒い声色で、ナタリーさんに返事をした。


「本物のパールだよ。俺が間違える訳ない。本物だよ。嗚呼、本物なんだよ。ああくそ、ああくそ、ほんとうに……」

「どうかしました?」


 兄貴は銃を取り出すと、聖女カリナの頭を撃った。

 頭を振っている。


「仕方ないだろ。怒らないでよ。お母さん」

「きさまぁっ……シャム・アヴィス……」


 怒り襲いかかる大男達も撃ち殺す。


 スン、と鼻を啜ってから、聖女カリナに弾丸を5発追加でぶち込む。


「ノック! ごきげんよう、あなたは今幸せですか? なんてね。そうそうね。あるわけないあへねい。えーへへへ」


 頭が回ってない。


「脳が壊れた……」


 ナタリーさんは死体から目を逸らしながら行った。


「なーたりー!」

「なっ、なんだい?」

「パールのパーティのメンバーの安否を確認してこい。今すぐだ。ドナータ、ジャネタ。お前達は警察に行ってこの街から人を払え。ヘルト、お前は雑魚狩りをしろ」


 聖女カリナの死体から何かを取り出す。


 何かの箱に見えた。


「これは通信機だな。小型化されてるんだなぁ」


 兄貴は聖女カリナの頭を持ち上げると〈クラフト〉の能力を発動させる。すると、聖女カリナが蘇り、通信機に向かって。


「助けて! 助けて! 助けに来て!」


 と叫んだ。


「オッオウ、悪いね。電源入れてなかった。マヌケな叫び声がとってもチャーミング! んー。かわいいねえ、聖女ちゃんね。ほら、もう一度」

「助けて、殺される。きいてない! パールヴァティーの頭を見せれば戦意を喪失するって言ったのはあなたじゃないか! 意味が分からない! 助けて! 助けて! ねえ、助けに来て」


 通信機の奥から低い女性の声。


「いまどこだ」


 兄貴が言う。


「ベッドの上だよーん」

「いやだ、いやだあ、いやっ、いやだあ」

「にゃはは」


 頭を掴んだまま、首を蹴る。

 聖女カリナはまた死んだ。通信機からブツリという音があった。


「さてェ……ンッンー、どうするか……」


 兄貴はパールヴァティー・ウィータスさんの頭を綺麗に立たせて、それと向かい合うように椅子に座り直すと、食事を再開した。


「腹が減ってはなんとやら、だね。パール。ねぇパール。好きだなぁ。生きてたら、ちゃんと伝えたのかなあ。……伝えらんないよな。だってお前には好きな人がいて、それはきっと俺じゃないからな」


 その日は結局、兄貴はなにもしなかった。

 日が経つにつれて、兄貴はなにもしなくなっていた。

 ヘルトさんは「俺は待つよ」と言った。

 他のみんなもそう頷いた。俺もそのつもりだった。

 兄貴はずっとパールヴァティー・ウィータスさんの形見のオイルライターを天井にかかげたり額に当ててみたりしていた。

 その目には光なんかなかった。

 死んだみたいに、ただ生きていた。


 そんな日々が過ぎる頃、警察が何かを届けに来た。


「兄貴っ!」


 急いで兄貴にそれを渡す。便箋だ。


「これ…………パールの文字だ」

「ミリニオ教の連中、きっと遺書を書かせたんだ。兄貴へって書いてあるよ。これきっと兄貴に向けた手紙だよ!」


 兄貴はそれを俺の手から奪うように取って、すぐに読みはじめた。読んでいく内に、兄貴は唇を震わせて行き、読み終わる頃には泣き出してしまった。


 便箋を受け取ってみる。そこにはパールヴァティー・ウィータスさんの目線での兄貴の活躍に対する思いとか、村にいた頃の思い出とか、そんなものが書かれていた。


 そして。



 格好よくて面白くて優しくて情熱に満ちあふれた貴方がとてもとても大好きでした。貴方が私を好いてくれているか自信がないけれど、私はとても好きでした。結ばれたらふたりでどこか旅行にいきたいなとか、もし子供が出来たら名前はどうしようかなとか、そういう事ばかり考えていました。


 私は貴方が好きでした。

 どうか、貴方という海に絶望の錨を下ろさないで。

 帆を張って、大きな海に飛び出して。

 世界には貴方が必要。

 あなたは愛と平和の象徴だから。



 兄貴を見れば、兄貴の目には光が戻っている。

 何度諦めても立ち上がってしまう人なんだ。

 不屈の一族、炎の意志。


「どうして、いつも好きな物から消えて行くんだろうなァ。俺ばかり奪われていて、なんだい、ずるいじゃないか……」


 兄貴が立ち上がりながら言う。


「ずるいと言ったらパールもさ。こんな、こんな手紙。もう、言葉なんて届かないのに。こんな……ああ、頭が回らないね。ありがとうって言わなくちゃ」


 兄貴は首にマフラーを巻き出した。写真で見たことがある。〝英雄の夜明け〟のリーダーがやっていたものと同じだ。


「破壊と再生、しに行くか。……みんな準備は出来てるか」


 宿屋を出る。呼んだ所為か、ミリニオ教の教祖が空にいた。

 ああっ、あれは魔術師ハルカだっ!


「シャム……アヴィィィィィィィィス!」

「おっ。ハルカの姉貴ィ。怒ってるね。マジギレかな? 怒りたいのは此方なのに」


 ナンちゃんがばきり、と巨大化していく。

 めちゃくちゃデカい乳白色の牝牛になる。


「あ、やっぱり」


 ナタリーさんとジャネタさんが言う。


「やっぱりナンちゃん、『ナンディン』だ」

「なんですか、ナンディンって」

「シヴァが乗っていたとされる乳白色の牝牛だよ。すべての四足動物の守護神だとか言われてるらしいね」

「多分転生かな」


 すご。


「殺してやる。何故我が同胞を殺した! 酷く、惨く、むごい! 人の命の価値を知らんのか! お前達のような悪の意志を摘むために、我々はミリニオ神に忠誠を誓っているのだ! シャム・アヴィス! 貴様は絶対に赦さない! このミリニオ派の一族現当主ハルカ・リミットが貴様を殺す!」

「ゴタクは良いよ。あれやるか」

「今度は何をするつもりか」

「決まってるだろ。変身だ」


 兄貴の肌が青く変色していき、その肌が硬くなる。強化皮膚になっていく。頭は〈クラフト〉の光が集まり、フルフェイスのヘルメットになった。ふたつの複眼と額にひとつの単眼がある。まるで昆虫。背中からは強化皮膚を纏った腕があらわらる。


 そこに馬車がやってきて、新聞で見たことある顔が降りてきた。

 〝英雄の夜明け〟のひとたちだ!


「シャム!」


 兄貴は仁王立ちしながらマフラーを靡かせた。

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