リバティリング
そもそもキャバレーって初めて入ったなあ。
初キャバレーがあんな喧嘩とか私嫌になります! でもまぁドナータさんを助けられたのはまぁ良かった良かった。
冒険者同士での喧嘩では毎回ボコボコにされてたしマーカスにはボコボコにされたしでいまちょっと全身ボロボロだったけど、やくざ弱くて良かった。
やくざって戦闘力誇示とかしない感じなのかな。
そもそも俺はこれ納得してない。戦闘力の一括りで〝格〟を見極めようとして来る風潮、ほんとウンチ。ウンチぶりぶり。
ぶりぶりぶりぶりぶりぶりぶりぶりぶりぶりぶりぶり! すいません、ウンチをぶりぶりと出してしまいました。
「娘を助けてくれてありがとう」
借りていた鉄貨幣が入った麻袋をドナータパパに返すと、彼はそう言って頭をさげた。隣の部屋ではドナータさんとハンナさんがなにやら会議中らしい。
男子禁制のお話なんて縁がねーから覗きたい。
覗きダメ!ゼッタイ!
屋敷の使用人全員でドナータさんを護っているとのこと。
「それでだ」
「はい」
「今日中に出て行ってくれないか」
「えーっ!?」
俺は驚きのあまり服の中に隠していた鉄貨幣をすべて落とした。
「娘も連れていってほしい」
「えーっ!?」
俺は驚きのあまり服の中に隠していたコボルトさんから貰った肉球の拓や唾液の入った瓶や局部の毛が入ったお守りを落とした。
「ご存知の通り、娘は魔眼適合者だ。その希少性から下衆な連中から狙われることになる……」
「ならダメでしょ。ダメですよ。連れて歩いてはいけない」
「いや……君はたいへん強いから、娘を君に預ければそれだけで安全性は上がる」
「俺ただの作成師なんですけど……それに俺が猫をかぶってるだけで本当はドナータさんを狙うゲロキショ野郎だったら取り返しのつかないことになりますよ」
「君は獣人にしか興味ないだろ?」
……。
「それはまぁ、そうだけど」
「それに、猫をかぶっている輩が『猫をかぶっていたらどうするんだ』なんて言うか?」
「それは…………」
言うだろ。馬鹿かこいつ……。
「この屋敷はセキュリティ面でも不安が大きい。君の隣にいてくれればそれでいい。それに、娘は冒険に憧れている。世界に羽ばたこうとする子の邪魔はもうしたくない」
「大丈夫なんすか? 屋敷とか」
ドナータさんは次女。……の割には長女の存在に触れられないな、と思ってアデルモに手紙で調べてもらうように頼んだら、長女と奥さんが8年前に海難事故で亡くなっていたらしい。
「ああ」
そんな悲しい顔で言われて「わかりました。じゃあ連れていきますね」なんてできるわけがない。そんなこと出来るのサイコパスかソシオパスだけ。
俺はめちゃくちゃまともなメーンだから出来ない。
「俺は聞き入れません。あんたがずっとその調子なら6日以内に内緒で出ていきます」
「そんな」
「そもそもこんなに馬鹿みたいに金があるならセキュリティ強化しろ、としか言いようがないし。俺はへたれは嫌いですよ、ご主人」
ドナータパパは黙ってしまった。めちゃくちゃ生きづらそうな人だな。多分思慮が出来ない人なんだろうな。仕方ないな。俺もそうだから。
「父親でしょ、娘と話し合って」
「もう何年も話してない」
「奇遇だね、それはドナータさんもだ。あの人言ってましたよ。『私は必要とされていない』って」
「そんな訳があるか! 大事な宝だ」
「ならそれを言いなさいなご主人。ねぇご主人。親からの愛を知らないまま生きるのってさ……。……。言わなきゃダメだ。思うだけじゃダメだ。貴方は父で彼女は娘なんだから」
念を押す。
「逃げちゃダメだ。愛を抱く誇らしさから逃げるな」
その晩に、親娘水入らずでお話をしているらしい。俺とハンナさんはその扉の前に座り、少しだけお話。
「俺、両親と仲良くなかったんすよ。母は内気な人で、父は無口な人で。でも厳しく育てられてたから、俺、愚かにも両親のこと嫌悪してたんすよ。だから何も言わないで故郷から飛び出したりしたんすよねぇ」
「そうですか。ご両親とは今は……?」
「2年前にねぇ、前に所属していたパーティで故郷のすぐ近くまで調査に行ったときにねぇ再会してねぇ、そこで大喧嘩しましたなあ。親不孝で。ヘエヘエ。最低な息子でねえ。俺がヘマをした時にねぇ、両親、俺のこと護って死んじまいやした」
「…………」
「遺品整理しててねぇ、ファイル見つけたんですなあ」
背嚢からファイルを取り出す。
「所属していたパーティ〝英雄の夜明け〟が活躍する度に、父ね、新聞記事をスクラップしてたんですなぁ。『さすが!』とか『えらい!』とか」
ファイルの表紙には「Sham Avis」と書いてある。
下手くそな似顔絵も描いていて。
「帰る家があるのは幸せなんですなぁ」
帰りてぇなあ、と思っても言うことはない。資格がないから。
「長い話し合いですね」
ハンナさんが言う。
「だから良いのさ」
ナンちゃんに髪を咀嚼されながら気長に待つ。
それから扉が開いたのは3時間後の事だった。
「行こう、シャムくん」
「準備は済んだの? 待つよ」
「じゃあ、カメラを取って来る」
「お着替えもね」
「うん」
扉の奥を見てみれば、ドナータパパと目が合った。
あれあげとこうかな。
「これあげる」
「これは……?」
「冒険者の間で流行ってるマジックアイテム『魂見の指輪』。名前が彫ってある人間は生死の状態によって宝石のところの輝きが変わるんだ。ドナータさんの名前の綴りがわかんなかったから、彼女のは貴方が彫ってね。対象が死んだら宝石が真っ赤になるからね!」
魂見の指輪は「問題なく生きている」という場合は青く光っている。これが常。んで、「死にそう」って場合は赤く点滅する。「死んだ」って場合は真っ赤に光り輝く。
「一応俺のも渡すね。これ便利なんだ」
「貰うよ。ありがとう」