お嬢さん
がたんがたん、と馬車に揺られながらカルクス村を目指す。冒険者ギルドのあるタールミナトの街からカルクス村は10時間ほどかかるから、俺はその間ずっと着ぐるみを着ていた。窓際の日当たり良好な席だったから馬鹿みたいに暑くて子供達に絡まれながら意識朦朧としていた。
ナンちゃんは隣に座っていた鎧を着込んだ美少女に撫でられていた。10時間も一緒にいれば懐いてしまうらしく、ナンちゃんは美少女に甘えるようになっていた。朦朧とする頭を働かせて「この子名前は?」と聞いてくる美少女に「ナンちゃん」と答えたときが一番キツかった。
学んだことは、10時間着ぐるみの中にいると、孤独感に苛まれると言うこと。
馬車がカルクス村の門の前に停まると、俺は降りて被り物を取る。風が目に入って痛ェッッ!! 痛いけど開放感と涼しさで気が狂うほど気持ち良かった。
「さて、お屋敷はどこかな……」
水を飲み、パンを食べてから、呟くと美少女が俺の腕をついついと引っ張った。
「こっち」
「ん?」
「お屋敷。こっち。……あなたシャム・アヴィスでしょ。冒険者の。ギルドから聞いてる。『子牛を連れた挙動のおかしい人がシャム・アヴィス』って。おかしい挙動してたからすぐに気づいた」
「脱水の症状と朦朧としていたからね。けがの功名ってやつかな?」
「なに言ってるの」
ちょっと不思議ちゃんなタイプなのかも知れない。おかしなことを言っていないはずなのに首を傾げて「あなたの挙動はたぶんデフォルトでおかしい」等と言っている。
困ったお嬢さんだ。
そんな困ったお嬢さんの名前はドナータ・デストリンクと言うらしい。造船で儲けたデストリンク屋敷の次女で、護衛対象だった。
「護衛対象がそんな簡単に出歩いていいの? 何かから狙われてるんじゃないの?」
「私が『魔眼』の適合者だって判明したの。それで、最近この村にキャバレーをつくって根城にしてるやくざに知られた。だから護衛を雇うんだよね」
魔眼というのは、いろいろな種類があるため簡単には言えないが「とても強くなれる魔法の義眼」だ。魔眼適合者からは魔眼適合者が生まれる。
おそらくドナータさんが狙われるのはそういう目的だと思う。やくざはクソだから。
殖やそうとしるんだ。
んで、いずれテメェのところの縄張を守らせるつもりなんだなあ。やくざはクソだ。やくざさん、あなたはクソだ。
「出ちゃダメじゃん。やくざってなんでもして来るからね。この前俺が泊まってた宿屋の、俺の部屋の向かい側に多重債務者が泊まったんだけど、やくざが壁に人糞塗りたくって床に小便巻き散らかしてったからね」
「大丈夫だよ。私はそもそもそんなに必要とされてないから、私が我慢すれば全部丸く収まる。そもそも護衛って言うけれど、本当に護る気があるなら素性もわからない冒険者に頼む訳なくない?」
「うーん」
持ってきていた依頼用紙の写しを見て唸る。
「家庭の事情って奴かい?」
「そ。家庭の事情ってやつ」
「なら俺は何も言わないでお仕事をするだけさ」
「1ヶ月だっけ?」
「うん。8月22日にはタールミナトに帰る事になるね」
「そっか」
「それまでよろしくね」
「ナンちゃんといられるなら何でもいいや」
◆
そうして俺のドナータさん護衛生活は幕を開けた。
ドナータさんには仲のいいメイドさんがいるらしく、名前はハンナさん。俺はハンナさんにベッドメイキングを叩き込まれた。
食事ももちろん一緒にとる。朝食、昼食、夕食、と。3時のおやつの時間も部屋の掃除をしているところを無理矢理中断させられて一緒に。
「なんでお風呂とトイレには来ないの。寝てるときは傍にいるのに。」
「さすがにトイレとお風呂には入れないよ」
「その時に狙われたらどうすんの? 責任とれるの?」
「責任とか言われてもな。ハジキ渡してるし……」
「こっちは素人! 襲われていきなり銃口向けられると思う?」
「それもそうか」
しかし道徳的にアウトでは?
俺はまだガキだけど、満15歳だし。ドナータさんは見た目的に~……18歳くらいだし。一番ダメだろ。満15歳のガキが女性が少なからず下半身晒す場に居ちゃ。めちゃくちゃダメだろ。
俺はそういうの厳しいよ。親に「紳士であれ」って言われてるし。
「シャムくん」
扉の奥でドナータさんが俺の名前を呼ぶ。
「なに?」
「私夢があるんだよね~」
「夢?」
「そ。世界中を旅して、世界中のお花を全部纏めた本を作るの。花言葉とか、お花に含まれる成分とか育て方とか、全部載せた図鑑」
「へー」
いい夢だと思った。俺花とか詳しくね~からわかんねェけど、そういうの需要高いと思うし、何よりロマンだ。
「無謀かな」
「花は日々増えるからね。花言葉も増えるし」
「そうだよね。おかしいよね」
「あっ、おい待てい。おかしいとは言ってないぜ。俺にも『世界中の朝日を見たい』っていう夢があるし。世界中を冒険して、綺麗なものとか見てみたいし。綺麗なものっつったら花だから、俺達の夢ってなんか似てんね」
ドナータさんはしばらく間をあけて。
「そうだね」
と、言ってくれた。