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お嬢さん

 自分がどうしてこんな目に遇わなくてはならないのか、とか。これは本当に自分が受けるべき不幸なのか、とか。


 言いたいことは色々あった。


 自分の不幸を嘆いて、他人を苦しめたかった。だけど、自分の中にいる弱い自分が「それはいけない」といつも叫ぶ。


 痛む手足。ひりひりしている。喉の奥。目尻はじんじん。


 逃げている。


 私はあの女から逃げている。


 母を殺害した女は何かの組織に属していた。手から光を放つライクを持ち、それにて母を殺害した。


 母は憎かったけれど、嫌いではなかった。


 私の好物のエビチリサンドは母──ネトリ・サンドイッチ・シャロトンが考案した食べ物だった。


 石造りの道を走る。端を渡り、瓦礫にまみれた街を縫うように走る。


 心は恐怖で出来ていた。

 あんな女に捕まれば、私はまた恐怖を味わう。


 せっかくあの女の元から逃げられたのに。

 あの女に捕まれば、あの女に捕まれば。


 小石に躓いた。それが小さな不幸。


「見つけた」


 ──これが大きな不幸。


 女が立っている。小肥りで、茶髪。下品な口紅をしている。

 女の名はハーリー・デローク。


 父を母に寝取られた──と思い込んでいる貧民街の女。


 最初は優しかったんだ。私にも母にも。ハーリー・デロークは父が庭師として雇った人だった。父の冒険者時代のパーティメンバーだったらしい彼女はとても手先が器用だった。


 私が誕生日だった時は生垣をハートにしてくれた。私は彼女に心を許していた。なのに、母を殺して、私を拐い、地下に閉じ込めた。


 ハーリー・デロークは私の身体を舐めに来た。色々なところを舐められて、それでとうとう先日、舐められているときに必死に顔を叩いて逃げ出した。


 顔にクソと小便を直接付けてやった。

 最初は仕返した気になって爽快だった。


 でもすぐにやらない方がよかったと気づいた。奴は本気になった。


 警察に逃げ込めば、保護してくれた警官を光で撃ち殺した。


 私はひとりで逃げざるを得なかった。目の前で善人を殺されるのは堪らなかった。心の中の弱い自分が辛いと嘆いたからだ。


「逃げやがってクソビッチ……あの女とおんなじねッ! 愛していたのに! 我が子の様に愛していたのに!」


 私がいろいろな男に手を出して、恨みを買ってストーカー被害を受けたのを彼女に相談したことで、彼女の中の狂気を目覚めさせてしまった。


 殺されても仕方がない、と心の中の弱い自分がいつも言う。もう諦めろ、と。ハーリー・デロークと声を揃えていつも言う。


「またウンコでもするかい!?」

「ひっ……」

「される前に……殺さなきゃね!」


 諦観。


 目にかかる前髪を、そのままにしてハーリー・デロークの手の平に集まり出した光を眺めていると、ギターの音色が響いてきた。


「何者……!?」

「俺が誰かって?」


 警察署にいたあの男の子だ。


「シャム・アヴィス。綴りを教えてあげようか? S・h・a・mとA・v・i・s。好きな食べ物は特に無し。得物はハジキ。冒険者パーティ〝標の一団〟その大将。よろしく、お嬢さん方」

「この女を庇うの? ……屑確定ェ、殺害決定ェっ! 撃ち殺すッッ!!」


 私は思わず飛び出して、彼を突き飛ばした。左脚に光弾を浴びた。焦げて削れた。もう、走れない!


「光を撃つライクか。強いね、お嬢さん」

「次は貴方よ。邪魔されたの怒ってるから、確実に死ぬように連弾ン~ッ!!」

「逃げてッ!!」


 光弾が突き刺さる──というところで、「パキン!」という音と共に光弾は跳ねて消えた。


「何ッ!?」

「冒険者パーティ〝標の一団〟には現在3名のメンバーがいてね」


 彼が言うと、ばちり、というプラズマを引き下げて3つの人影が彼の傍に現れた。


「現時点で俺の誇り達だよ」

「シャムくんはまた思ってもないことを言うんだから」

「思われるように努力してほしいよね」

「最年少の癖に生意気だね。」

「ふむ。あの豚の妖怪が今回の敵か」

「え? スタンピードの殺り残し?」

「ドナさんには見栄えのためわざわざ起こしてしまった負い目もあるので目覚ましの珈琲を差し上げよう」

「ありがと~」

「シャムくんはドナちゃんには甘いね」

「誰にも迷惑かけてねェもん。説明途中でイく異常性欲でもないし、力の制御を知らない哀しきモンスターでもないし。ただはしゃいでるだけだし」

「そういう偏った贔屓は組織の平和を乱すんだよ」


 ハーリー・デロークが叫ぶ。


「あんたたちなんなのよ!!」

「おいアヴィス、俺が殴ろうか」

「殺さないと誓えるか」

「誓って殺しはしない」

「怪しいなあ。ドナさん、頼める?」

「任せて!」


 ドナ、と呼ばれた少女が手を翳すと淡く輝く半透明の存在が現れた。


「取り押さえて縄で捕縛を頼める?」

「承知した」


 コボルトだ。人に手を貸すことはないっていう妖精だ。


「構わないが、その男を私に近づけないでいただきたい」

「シャムくん! コボルトから離れろ」

「離れろアヴィス」

「ごめん、シャムくん離れて」

「陰湿なイジメすぎ。でもまぁ、コボルトチャンの頼みなら拒否しないケド」

「…………本当に気持ち悪い……」

「エーッ? クスクス」


 コボルトは舌打ちをしてからハーリー・デロークに駆けていく。ハーリー・デロークは手の平をコボルトに向けた。シャム・アヴィスは拳銃を出すとその手の平を撃ち抜いた。


「ぎゃああ!」

「邪魔をするなよお嬢さん」

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