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奴が来るのよ

 警察署で、女は目を覚ました。


「こっ、此処はァっ!?」


 女は近くにいた俺の胸倉を掴むと、ドワガッシャーッ! っと投げ捨てた。


「お、おおお、落ち着け! どうしたと言うんだっ!?」

「奴が……奴が来るッ! 奴が来るのよ……ッ!!」

「待ちなさい!」


 逃げ出そうとする女の左腕を警官は掴んだ。女はうろたえた様にだらだらと汗を流して、警官を向く。


「奴が……来るのよッ!?」


 女は自らの左肩に触れ、何かを外す動作をした。すると、そのまま左腕が外れ、女は逃げて行った。


「待ちなさい!」


 警官は女を追おうと駆け出すが、俺が止める。


「もう……待ってやってくださいっ……! 逃げているだけだ……! あの女は……逃げているっ! ただそれだけだ! 無理に追って此方が『敵』と認識されることこそあってはダメだ……!!」


 起き上がって、立ち上がる。


「それに、その腕を見ろっ!」

「ぶ……ブレニキアの国章……!!」


 鷹と茄子を模した機械国家ブレニキアの国章が刻まれている。それにこの重厚かつ緻密な出来の義手……これは貴族──あるいは相応の金持ちにしか手が届かないような、とても高価な代物に違いない。


「あんた警官だろ、ならまずあの女の身元を調査するんだ。最近ブレニキアからこの国に来た金髪碧眼の美女という条件で、国境警備隊に探りをいれるんだ! タイムリミットは3時間……! 素早くしろ!」

「3時間……!? どうしてその数字が出てきた!?」

「あの女の体臭だ。ヘルト、あの女臭かったろ」

「あ? ああ。血の臭いとかで臭かった。硝煙の臭いもあったな。危険な奴はだいたいこの臭いがあるんだ」

「それもあるが、単純に汗くさいっ! 冒険者でもなさそうなあの生まれのいい女からキツめの体臭がしていた! 俺が追えるのははっきりとした臭いだけ……! 3時間もすれば体臭は掻き消されてしまう。夜は風が吹くからな」

「追えるの!?」


 パールが驚いたように言う。


「普段は獣人にしか使っていない嗅覚を……生まれてはじめて……人間に使う……! 俺は頭の中に棚があるんだ。棚には引き出しがある。引き出しの中には香水瓶がある。その香水瓶の中にはいままで出会ったすべての獣人の体臭を閉じ込めていて、いつでも思い出せるようにしている。」


 そこに青髪が揺れた。ナタリーだ。追われていた!


「ほう、やはり君も『万象圧縮記憶法』を使えるのか。ボクも使える」

「でも、なんで獣人の臭いを……」

「役に立つからに他ならない。体臭から紐付けてその匂いの持ち主の隅から隅までを脳内で思い出すことが出来る。まぶたを下ろすと暗闇にその獣人がいて、まるで意思を持つように動く」

「そんな特技をいつも何に使ってるの」


 ナタリーがからかう様に言う。


「それは……っ! それは……それは……追及するな……殴るぞ……!」


 この特技は本来「匂い」に加えて「味」を知っていれば真価を発揮していつでも追えるようになる。行動を予測することが出来るからだ。


 が、しかし!


 俺はあの女の味がわからない! というか、ヒトの味なんて知りたいとも思えない。それに、知る術がない。


 あったらあったで大問題でしょ。


 だから今回は「匂い」の一点に集中して捜索する。


「判明した! 彼女は公爵令嬢だ! 名はジャネタ・シャロトン!」


 ジャネタ・シャロトン。記憶した。


「では。追跡する」

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