選抜試験⑤
「お前は……」
「殿下よりも強いと証明します! だから私を、殿下の騎士にしてください」
「あ、あいつ……馬鹿なんじゃないか?」
「終わったな」
周囲からは呆れられ、恐れ知らずの馬鹿者と思われている。
関係ない。
そんなことどうでもいい。
周囲など気にせず、私は殿下をまっすぐ見つめる。
「お前、名前は?」
「ミスティア・ブレイブです」
「――そうか。お前が……」
「――?」
一瞬、殿下が笑ったように見えた。
「いい度胸だ。だったら証明してみせろ」
殿下はそう言い、近くにいた受験者から木剣を奪うと、私に切っ先を向けた。
「ここで俺と模擬戦をして、お前が勝ったら騎士にしてやる」
「本当ですか!」
「ああ、勝てたらな?」
「勝ちます! 私は、そのためにここにいるので!」
緊張はとっくに吹っ切れている。
ここまで来たんだ。
相手が誰であろうと……殿下であっても、勝って証明する!
会場の空気は変わった。
もはや試験ではなく、私と殿下の戦いを見物するだけの場となってしまった。
これほど大勢に見られながら戦うのは初めてだ。
でも、まったく緊張していない。
見ているのは、目の前の相手だけだった。
「お前、魔法は使えるのか?」
「あまり得意ではありません」
「そうか。なら俺もこれだけで戦ってやろう」
「――! 魔法を使わないおつもりですか?」
殿下は木剣を見せつけ、剣術のみで戦う意思を示す。
「お前は使ってもいいぞ」
「……いいえ、殿下が使わないのなら、私も同じです」
「頑固な奴だな。いや、負けず嫌いか?」
「両方だと思います」
そういうところはお父様に似たのだろう。
お父様も、一度決めたことは決して曲げなかった。
「いつでも来い。お前の力を見せてみろ」
「はい!」
私は木剣を構える。
対する殿下の構えは自然体で、切っ先も地面に向けたまま佇んでいた。
おおよそ隙だらけに見える。
けど、私の直感が警報を鳴らしていた。
無暗に跳びこめば、一瞬で終わってしまうと。
「どうした? こないのか?」
「いえ、行きます!」
やることは同じだ。
自分が有利になる間合いまで詰めて、それを保って戦う。
殿下の木剣は通常の長さ。
慎重さを考慮しても、ラントさんを相手にしている時に近い。
距離を保ち、一方的に攻める!
「へぇ、面白い戦い方をするな」
私の攻撃を、殿下はすべて往なしていた。
明らかに様子見をしている。
攻める気がない。
ならば私も、攻めながら殿下の動きを見極めよう。
「うん、もう慣れた」
「――!」
攻撃の瞬間、殿下は会えて間合いを詰めて来た。
私の横薙ぎを頭を下げて躱す。
(まさかもう――!)
殿下は私の戦い方を学習した。
間合いを完全に見切り、懐に潜り込んで、至近距離での攻防に持っていく。
「っ……」
「長物はリーチの利点はあるが、その分詰められると弱い」
その通りだ。
私と殿下で、拳一個分ほど間合いに差がある。
これは私にとって大きなアドバンテージだけど、同時にハンデにもなり得る。
距離を詰められるとリーチの差を活かせない。
離れようと後退するが、殿下は離れない。
「逃がさないぞ」
「っ、だったら!」
私は木剣を左手に持ち替え、空いた右手で殿下の胸に打撃を打つ。
至近距離の戦闘に持ち込まれた場合の対策。
剣術ではなく、体術で応戦する。
殿下は私の打撃を手で受け止めていた。
「打撃もいけるか!」
「打つのも投げるのも得意です!」
木剣で木剣を抑え、右手で殿下の左手首を掴む。
そのまま重心移動と捻りで殿下のバランスを崩させる。
姿勢が崩れて頭が下がったら、今度は側面から回し蹴りを放った。
「やるな」
「――!」
突然、殿下の頭が下がった。
膝抜きで一気に姿勢を下げたんだ。
そのまま逆に私の腕を掴み、同じ要領で投げる。
「わっ!」
宙に舞う身体。
私は空中で身体を捻り、殿下の刺突を躱し、着地と同時に木剣を構え直す。
「地味だがいい動きだ。よく見ている。目がいいんだな」
「はぁ、はぁ……ありがとうございます!」
たった数十秒の攻防でこの疲労感。
一瞬でも気を抜けば、私は負ける。
これが大天才の力……ラントさんよりも強い。
このまま戦っても……。
敗北。
「……すみません、殿下! さっきの話は忘れてください」
「何の話だ?」
「私は魔法を使います」
このままじゃ負けるだけだ。
今の私が持てる全力を出さなければ、殿下には届かないと悟った。
格好を気にしている場合じゃない。
たとえ不格好でも、勝って証明するんだ。
「申し訳ありません」
「いい。それでいい。もてる全てを出して、俺に見せてみろ」
「はい!」
どことなく彼は嬉しそうだった。
この人も私の全力を求めている。
ならば応えよう。
私が持てるすべてを。
「すぅ……『リミットブレイク』」
私は魔法が得意じゃない。
魔力を練って流すことはできても、魔法の才能は別だ。
どうやら私には才能がなかったらしい。
お父様もそうだった。
私に仕えたのは、自身に作用する補助魔法だけだった。
そのうちの一つにして、私の奥の手。
「行きます」
「――!」
(速度が上がった?)
私の斬撃をギリギリで殿下は受け止める。
が、その瞬間には次の攻撃に転じていて、防御の反対側から斬り込む。
殿下は辛うじてのけぞり、回避する。
「それが本気か!」
「はい!」
リミットブレイク。
肉体の限界を強制的に取り払い、身体能力を一時的に向上させる。
効果は魔力操作の技術が高いほど強くなる。
私とは相性がいい。
身体能力の向上で、筋力や反射神経、動体視力の向上が得られる。
ただし、私にとって最大の利点はそこじゃない。
「好き勝手にさせるか!」
「いいえ!」
殿下が攻撃に転じる前に、その攻撃を潰す。
次の攻撃も、その次も。
(読まれている?)
脳内処理速度の加速。
それによって、殿下の動きを極限まで観察し、予測する。
情報が多いほど予測は正確となり、未来予知にも匹敵する制度に達する。
今の私ではその域には達していない。
でも、限りなく近づくことはできる。
一撃目、下薙ぎの足狙い。
それを回避して半歩後退し、上段に持ち替えて反撃。
を、私が躱すと予測して、振り下ろした直後に方向を変え、そのまま首を狙ってくる。
これも私は受けとめ、私の剣だけが届く距離まで間合いを引く。
殿下は攻撃直後で防御は不十分。
空いている左から首を狙えば、届く!
予測完了。
後は実行するのみ!
「見えています! 殿下!」
「っ……」
押している。
今なら届く、届かせられる!
絶対に勝つんだ!
私が!
「はああああああああああ!」
予測通り首が狙える。
勝利に手が届く。
ガキン!
およそ木剣ではありえない音がした。
私の攻撃は、透明な壁に阻まれ、首に届いていない。
「――魔法の壁」
殿下は魔法の壁を展開し、私の攻撃を防いだ。
リミットブレイクは身体に負担がかかり、長時間持続できない。
限界に達し、身体の力が抜ける。
殿下がその隙を見逃すはずもなく、私の木剣を叩き落とした。
「っ……」
「勝負あり、だな」
「……参りました」
膝から崩れ落ちる。
負けた。
届かなかった。
今の私が持ち得る全力を見せて……。
これで、試験は終わり。
私は夢に届かなかった。
現実を痛感し、涙が出そうになる。
「引き分けだ」
「え?」
殿下は木剣を捨て、私を見下ろしながら言う。
「この勝負は引き分けだ」
「どう、して……」
「俺は魔法を使わないと言った。だが、使ってしまった。いや……お前に使わされた」
殿下は悔しそうに語る。
「最後の一撃は、魔法を使わなければ受けられなかった。あの時点で剣士としては負けている」
「で、ですが私は魔法を使いました」
「俺は最初からそれでいいと言った。お前の全力をみせろと。悪くはない。ただ、まだまだ未熟だ。俺より弱い」
「……」
言い返せない。
実際、殿下は魔法も最後しか使わなかったし、透明な盾の防御だけだ。
全力を出してはいない。
言葉通り、自分より弱い護衛など必要ないと感じているだろう。
勝敗どうであれ、不合格であることには……。
「だが、俺に魔法を使わせたことも事実だ。弱い奴は嫌いだが、お前には興味が湧いた」
「え――」
「一年だ。一年だけ、俺の騎士にしてやる。そこで結果を残せなければ解雇する。俺に認めさせてみろ」
「……」
涙が、溢れてきた。
止められなかった。
「おい、泣くほど嫌か?」
「違います……嬉しくて……ありがとうございます!」
七年間の努力は、決して無駄ではなかった。
それがわかって、嬉しくて……涙が止まらない。
嬉しい。
本当に……でも、まだ夢が叶ったわけじゃないから。
「頑張ります! 一年で必ず、殿下よりも強くなります!」
「ははっ、面白いな。そうあってくれ」
私は涙をぬぐい、殿下に宣言した。
こうして夢の第一歩を踏み出す。
私の戦いは、ここから始まる。
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