プロローグ④
「やれやれ」
「あの!」
立ち去ろうとする彼を引き留める。
「なんだ?」
「助けてくれて、ありがとうございました」
「ふんっ、助けたつもりはない。ただ、あいつらがムカついただけだ。あれで貴族の息子とはな……笑わせる」
彼は不機嫌そうだった。
続けて彼は私に言う。
「お前もだ。勝ち目もないのに無茶をする」
「……それは……お父様を馬鹿にされたことが許せなくて……」
「……お前は父を尊敬しているのだな」
「もちろん! お父様は一番尊敬できる騎士だった。お父様みたいになりたくて……私も……」
身体のダメージが蓄積され、心にも影響が出る。
私は涙を流した。
「どうして……誰も聞いてくれないのかな……」
気づけば、弱音を吐いていた。
誰かもわからない少年に向かって、情けなく涙を流して。
止められなかった。
声が、心が漏れ出す。
「私は……お父様とお母様の代わりに頑張らなきゃ……でも、誰も聞いてくれない。どうすればいいのかな?」
「簡単だ。強くなればいい」
「え?」
少年はあっさりと、まるで初めから答えを知っているかのように口にする。
私は顔を見上げた。
まだ、顔はハッキリと見えないけど……。
「お前は弱い。弱い奴の意見なんて誰も聞いてはくれない。当然のことだ」
「弱いから……」
「そうだ。なら、誰よりも強くなって証明しろ。自分の価値を、ここに自分がいるのだと。それができれば、自然と道は開ける」
「本当に……?」
「さぁな。俺は知らん」
「知らんって……」
少年は背を向ける。
「だが、俺が認める人間ならば、居場所くらい作ってやれるさ」
「……あなたは……」
「じゃあな。機会があったらまた会おう」
少年は手を振り、名乗ることもなく去って行く。
私はその後ろ姿を見つめながら思う。
「強く……」
そうか。
彼の言う通りだ。
私が弱いから、誰も見向きもしてくれない。
だったら強くなるしかない。
周囲から認めてもらえるように、一人でも生きていけるように!
「っ、うん!」
私は立ち上がる。
一人で。
まっすぐ前を見据えながら。
◇◇◇
強くなる決心をした私は、すぐに行動を開始した。
向かったのは騎士団だった。
「お願いします! 私に剣の稽古をつけてください!」
稽古していた騎士の方々に向かって、私は頭を下げた。
強くなりたい。
でも、一人では限界がある。
剣術を磨き、実戦経験を積むためにも、指導してくれる相手が必要だと思った。
王国騎士団には、国中から剣士が集まる。
当然、騎士たちは困惑していた。
十歳の子供が一人、稽古をつけてほしいなんて頭を下げてきたら困るだろう。
「いや、そういうのは困るんだ」
「お願いします! 私はどうしても強くなりたいんです!」
「……」
「わかった。俺たちでよければ」
「――! 本当ですか!」
頭を上げて気づいた。
声をかけてくれたのは、あの日お父様の訃報を知らせてくれた人だった。
他にも数名、協力してくれると名乗りを上げた。
「俺たちはロイドさんに救われた。恩返しをさせてくれ」
「ありがとうございます」
ありがとう、お父様。
亡くなった今でも、私のことを支えてくれている。
感謝を胸に、私は空いている時間に、騎士の方々に指導をしてもらうことになった。
剣術の稽古と並行して、魔法についても勉強する。
人間には魔力が流れていて、剣士のほとんどは魔力で肉体を強化している。
強い剣士を目指すなら、魔力の扱いも卓越していなくてはならない。
無論、それだけじゃ足りない。
騎士として、当主として立派になるためには、剣術だけ学べばいいわけじゃなかった。
私は屋敷にあった書斎で本を読み漁った。
必要な知識は全て網羅する。
訓練以外の空いている時間は、勉学に勤しむことにした。
他にも、街に出てお仕事も探した。
ブレイブ家には資産があるし、それを使えば数年は食べていける。
ただ、それじゃダメだと思った。
お父様とお母様が必死に残してくれた財産だ。
ブレイブ家が貴族であり続けるために、最低限の資産は必要になる。
お金もなくなったら、いよいよ貴族を名乗る資格はない。
自分一人が暮らすお金くらい、自分で働いて稼ごう。
社会勉強にもなるし、体力づくりもできる。
十歳の私を雇ってくれるところなんてほとんどなかったけど、どこは頑張ってお願いして、力仕事でも雑用でも、やれることはなんでもやった。
ただひたすらに、強くなることを目指して。
そして――
◇◇◇
七年後。
私は、十七歳になっていた。
「三百二、三百三」
日課の素振りも欠かさず、毎朝やっている。
かなり様になってきただろう。
魔力操作も毎日繰り返し練習することで、格段に向上していた。
「そろそろ時間だ」
私は剣を腰にさげ、騎士団へ向かった。
あの頃から、指導は継続している。
「おはようございます!」
「ああ、おはよう。ミスティアちゃん」
「今日もお願いします! ラントさん!」
父の元同僚で部下でもあったラントさんは、今は部隊長になっている。
私のことも贔屓にしてくれて、特別に騎士見習いとして働かせてもらっていた。
正式に入団できるのは十八歳からだ。
そのためには試験を受けなくてはならず、その試験は三か月後にある。
「もうすぐ試験なので、もっと訓練の時間を増やしたいと思います」
「頑張りすぎないように。君はもう十分に強いよ」
「そんなことありません! 私はまだまだ未熟です。騎士になるならもっと強くならないと」
「本当に努力家だ。ロイドさんにそっくりだよ」
父に似ている。
そう言って貰えることが嬉しくて、誇らしかった。
「そんな君に、一つ朗報がある」
「はい?」
ラントさんは一枚の紙を私にくれた。
記されていたのは、第一王子ラインハルト殿下の専属騎士の選抜試験について。
「選抜試験……開催されるんですか?」
「うん。急だけど、二週間後に行われる。受けてみないか?」
「いいんですか? これってラントさん宛の参加資格なんじゃ……」
「そうだけど、俺には騎士団の仕事があるし、こっちを投げ出すわけにはいかない。それに君には必要なチャンスだろう?」
「ラントさん……」
「これも恩返しだ」
私は応募用紙を抱きしめる。
「ありがとうございます!」
巡ってきた大きなチャンス。
ラントさんの厚意と、お父様とお母様の意思を引き続くためにも、私は受けることにした。
かつてブレイブ家が担った専属騎士の役割。
私の代で、返り咲いてみせる!