その刃は誰が為に④
怒りで剣が震える。
私は自分が、よくない感情に突き動かされていると自覚していた。
「お父様ぁ? そうかよ! お前、あの男の娘か! そういや娘がいるとか戦いの中でほざいてやがったなぁ!」
「っ、お前が……」
「そうだぜ? 俺が殺した」
「――!」
私は怒りに任せて前進し、思いっきり剣を振り下ろした。
直進すぎる攻撃はあっさり大剣で防御されてしまう。
「素直すぎるな! そんなんじゃ俺は殺せねーぞ?」
「よくもお父様を! 私のお父様を!」
「恨んでるのか? はっ! 剣士が向かい合えば殺されるまで続ける! 当たり前のことじゃねーかよ!」
「がっ!」
筋力ではあちがら圧倒的に上だ。
魔力を制御し、力を増幅させているとはいえ、その差は簡単には埋まらない。
私は鍔迫り合いで推し負けてしまう。
凄まじい動きで、フードが外れた。
ついに男の素顔が露呈する。
思った通り、彼は獣人だった。
狼のような耳が二つ、怪我をして先端が欠けている。
「見えるか! この顔の傷……お前の父親につけられたものだぜ?」
「お父様が……」
傷だらけの顔に、もっとも深く大きな傷が額にあった。
男は額の傷を叩きながら言う。
「凄まじい一撃だった。あれはやばかったなぁ……けどよ? 腑抜けにもほどがある。自分は騎士だからとか言いやがって、守りに徹してやがるんだ。こっちは命をやり取りがしたいってのによぉ」
「……」
「ムカついたから目を潰してやった」
「――!」
「それでも変わらず、オレを斬るためじゃなく、仲間を逃がすために時間稼ぎに徹してやがる。ふざけた野郎だったぜ。本気で斬り合って、オレだけに集中してりゃ、勝てたかもしれねーのに。馬鹿な野郎だな! 騎士ってのは!」
「これ以上、お父様を語るな!」
怒りは収まらず、私は前しか見ていなかった。
力の差など考えず、だたまっすぐに剣を振るう。
「ぬるいんだよ!」
「ぐっ」
簡単に見切られ、反撃を受ける。
辛うじて防御が間に合ったけど、圧倒的な力に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられてしまった。
壁と共に崩れ落ちる。
「ミスティア!」
「……」
「チッ、つまんねーな。あの男と同じ剣士ならと、少し期待したんだが……所詮は女かよ」
「貴様……」
「そんじゃまぁ、本命といきますか? なぁ、大天才様よぉ」
意識が薄れる。
頭から流れる血が、ぴちゃっと地面に落ちた。
ああ、私は……。
何をしているのだろうか。
◇◇◇
襲撃を受けた王城では混乱が起こっていた。
騎士たちが駆け回り、侵入者を排除するために行動する。
だが、それよりも早く、魔の手は暗い部屋に守られた王子の元へと伸びた。
「見つけたぞ! 第二王子だな!」
「あ、あなた方は……」
「何を言うな! 悪いがここで死んでもらうぞ」
「え? ま、待ってください! どうして僕を……」
「お前が……王子だからだよ」
男たちは迫る。
ミトスはベッドから降りて窓際に下がった。
しかしそれ以上は下がれない。
窓から逃げたくても、外は昼だ。
焼かれる痛みに苦しむか、剣で刺されて苦しむか。
どちらに進んでも、痛みしかない。
「僕が死ぬことで、あなた方は幸せになれるのですか?」
「なんだと?」
「もしも本当にそうなら、僕は構いません」
「お前……本気か?」
「はい。僕のせいで誰かが苦しむのは……嫌ですから」
武器を持った男たちは動揺する。
ミトスの表情や口調から、彼が強がりを口にしているわけではないと思えたから。
非常に落ち着いている。
命を危険に晒しながら、彼は微笑みかけた。
武器を持つ者たちに。
「っ、なら死んでもらう!」
「――」
「ダメだ!」
矢が駆ける。
放たれた木製の矢は、ミトスを避けてラプラスの構成員だけを攻撃し、服を地面についつける。
「っ……これは……」
「大丈夫か!」
「ミトス殿下! ご無事ですか?」
「ステラさん! それに、リズさん?」
窮地を救ったのはリズの弓だった。
すぐにステラがミトスの元へ駆け寄り、窓から離れるように手を引く。
他の構成員が武器を構えるが、それよりも早くリズが矢を射抜き、彼らの武器を奪った。
「ぐ、お前エルフか!」
「それがなんだよ!」
「亜人種の癖に人間の味方をする気か! 我々は亜人種の未来のために戦っているのだぞ!」
「知るかそんなの! お前たちがやってることは悪事だ! 人間とか、亜人種とか関係ない! 今の私はここの侍女なんだよ」
「侍女だと? 人間に飼われたか!」
「家畜みたいに言うな! ここの奴らはみんな優しくて、私のことをちゃんと見てくれる。味方だって言ってくれた! だから絶対、誰も傷つけさせないからな!」
そこへ遅れて騎士たちがかけつける。
すでに制圧されたラプラスの構成員を見て、彼らは驚愕する。
「これは一体……殿下!」
「僕は大丈夫です。彼女が守ってくれました」
「君は……確かラインハルト殿下の」
「……」
目を逸らすリズ。
ステラが彼女に駆け寄り、両肩を抱いて皆に紹介する。
「侍女のリズちゃんです! 私のとっても可愛い後輩なので、皆さんも覚えておいてくださいね!」
「ちょっ、やめろよ恥ずかしい!」
「いいじゃないですか。こういう時にしっかりアピールしないと」
「ふふっ、ステラさんの言う通りです。皆さん、僕を助けたのは彼女です。それを忘れないでください」




