その刃は誰が為に③
私は息を飲む。
現国王、この国トップの亜人種に対するスタンスは、果たしてどちらなのか。
見つめ合う二人を、私は見守る。
「ラインハルト、お前の言いたいことはわかっているつもりだ。彼女は何の罪も犯していない」
「その通りです。むしろ彼女は、俺の命を救いました。あれは賞賛に値する行いです」
「うむ、報告は受けている。無論感謝はしている。だが、我々には王族としての立場があるのだ」
「だから、何の罪もない個人を罰すると?」
「そこまでは言っていない。だが、このまま放置もできん。今や噂は広まり、一部では暴動も起きている」
(そこまで……)
行き過ぎた主張に発展していたのか。
私もそこまで事態が悪化していることは初めて知った。
殿下は知っていたのだろうか?
彼は僅かに眉を動かした。
「不自然だとは思いませんか? たかが一人、噂程度で暴動が起きるというのは」
「それほど彼らにとっては重要なことだと理解すべきなのだ」
「いいえ、考えるべきはそこじゃない。ラプラスです」
「――! 亜人種で構成された反政府組織か」
「はい。この暴動、彼らが関わっているかもしれません」
ラプラスという単語に、私もわずかに反応した。
殿下の主張は思い付きのようで、しかし的を射ている。
噂が広がり、暴動が起こるまで早すぎる。
ただエルフの侍女を招き入れたというだけで、人々が怒るだろうか?
疑問こそ抱くにしろ、暴動は行き過ぎている。
私も、殿下の意見を聞きながら整理する。
「暴動を起こすことが彼らの狙いなら、その先があるはずです。我々はそれに備えるべきだ」
「理解できないな。暴動など起こせば、亜人種に対する風当たりが強くなるだけだ。彼らは自由を求めているのだろう?」
「そうです。そのために、王政を打倒しようとしています。なら、この暴動の真の狙いは――」
直後、爆発音が城内に響く。
同時に地響きが鳴った。
外の護衛を務めていた騎士が慌てて王座の間に入ってくる。
「失礼します! 緊急事態です! 陛下!」
「何事だ?」
「城内に侵入者です!」
「なんだと? どこから入った? 何者だ?」
「おそらく暴動に乗じて中に入ったものと。報告では姿を隠しておりますが、背に黒い花の文様があったと」
ラプラスの花。
殿下の予想通り、暴動も仕組まれたものだったのか?
だとしたら狙いは明白だ。
「すぐに騎士団と連携し、城内に侵入した者たちを拘束しろ! 抵抗するなら切り捨てて構わん」
「それが、暴動に人員を割いている分、城内の警備が不足しております。外からの救援は、暴動を鎮圧してからでないと……」
「そういうことか」
暴動で入り口に蓋をして、城内と外を隔離する。
それこそがラプラスの狙い。
「父上、狙いは城ではなく内部の人間です。侵入できても少数のはず。城内にいる要人に騎士たちを回してください」
「そうだな。城内での魔法も許可する! 誰も死なせるな!」
「はっ!」
騎士は報告に戻ろうと扉を開けた。
が、そこに立っていたのは――
「よぉ、邪魔するぜ」
「貴様――がっ……」
「――!」
半開きの扉を拳で破壊し、巨体の男は王座の間に入り込む。
私たちは知っている。
その男は、ジーナス先生を殺したラプラスの構成員。
私と殿下が取り逃がした手練れだ。
「見つけたぜぇ! 雁首そろってるじゃねーか」
「ちっ……父上! 俺の後ろに」
「ああ」
「ミスティア!」
「わかっています!」
私は剣を抜き、ラプラスの男と向き合う。
注意すべきは彼だけじゃない。
ぞろぞろとフードの男たちが部屋に入ってきて、あっという間に私たちを取り囲んだ。
数は十二……魔力の乱れがある。
おそらく魔法使いも何人かいて、姿を消している者もいる。
狙いは間違いなく……。
「邪魔するなよ、女。オレたちのターゲットはそっちの二人だ」
「なら邪魔をします! 私は殿下の騎士です」
「そうかよ。そっちのほうが面白いけどなぁ!」
瞬間、男は突進と共に大剣を振るう。
その動きは一度見た。
私は受け止めるフリをして、刃が触れた瞬間斬撃を逸らし、大剣を地面に叩きつける。
隙が出来たところで、大剣を持っている腕を狙う。
「うおっと!」
「――!」
(剣を離して――)
大剣を即座に手放し、素手で殴りかかってくる。
殺気と共に魔力を感じた。
受けたらヤバい。
私は咄嗟に大きく跳び避けて回避する。
(この人……やっぱい動きがおかしい。普通の人間じゃない。それに……強い!)
「いいな、お前。中々悪くねーよ。王子の前座にしちゃ十分だ」
「ミスティア! 下がれ!」
「ダメです! 殿下は陛下の護衛に集中してください!」
他にもラプラスの刺客がいる。
私は剣術しか使えないから、一体多数の状況で、二人を守って戦うのは不向きだ。
足手まといになってしまう。
なら、私が今すべきことは、この場で最も障害となるこの男を……。
「彼は私が相手をします!」
「……負けるなよ」
「はい!」
殿下が他の刺客に集中できるように、この男だけは行かせない!
私は目の前の男に剣を向ける。
が、男は何やら考え事をしている様子で……。
「うーん、その剣筋どっかで見たことあるんだよなぁ」
「……?」
「あ! 思い出したぜ! お前もしかして、あの時貴族の馬車を護衛してた剣士の弟子かなんかか?」
「――!」
身体が震えた。
エルフの里で知ってから、深く考えないようにしていたことがある。
私のお父様が散った戦場……。
あの時、貴族を襲った賊はラプラスだった。
なら、誰がお父様を殺したのか。
考えないようにしていた……考えてしまえば、怒りで冷静さを失いそうだったから。
「あいつも中々強かった。上質な剣士はいい血肉になる。お前も、このオレの糧になってもらおうか」
「そうか……お前が……お父様を殺したのか!」




