その刃は誰が為に②
王都では、とある噂が流れ始めていた。
「本当なのか? 王城にエルフがいるって」
「らしいよ。王城で働いている奴が言っていたらしい。なんでも、第一王子様がお連れになられたとか」
「ラインハルト殿下か……一体どういうおつもりなんだ? 奴隷としてじゃないんだろう?」
「噂じゃ侍女とか、友人としてとか」
「友人……王族が亜人種と友人になるなんて……」
一般的に、亜人種は劣等種族として蔑まれている。
人間のなりそこない。
不完全な存在。
それが彼らに対する認識で、ほとんどの人々は、実際に亜人種を見たことがない。
知らないからこそ、憶測や噂が強調され、思い込んでしまう。
彼らは人間より劣っていると。
「大丈夫なのか? 亜人種って野蛮な奴らなんだろ?」
「種族によるんじゃないのか? エルフって長生きだけが取り柄なんだろ?」
「いやいや、魔法が凄いって話だ。それを使って殿下を洗脳しているんじゃ!」
「ありえないだろ。殿下こそこの国で最も優れた魔法使いだ。エルフごときに洗脳されるわけがない」
「いいや、そんな殿下だからこそ狙われたということも」
「いや、まさかな。だとしたら宣戦布告だぞ」
亜人種が蔑まれているのには、もう一つ理由があった。
それは今から百五十年ほど前。
今でこそ亜人種たちは隠れて生活しているが、当時は彼らの国があり、人間とも共存できていた。
だが、人間と亜人種では生活習慣が異なる。
文化や意見の違いなどから、度々衝突が起きていた。
小さな火種。
それは徐々に大きくなり、やがて爆発した。
人々はここは人間の国だと主張し、亜人種たちは自らの権利も平等にあると主張した。
どちらも間違ってはいない。
ただ、過激的になる言動や行動によって、内乱にまで発展してしまった。
その後は人類と亜人種で対立し、戦火は世界中に拡散される。
結果、人類側が勝利したことで、亜人種たちは居場所を失った。
戦争で大きく数も減らしてしまう。
数の多さで圧倒的だった人類側にも、甚大な被害が出た。
以降、人々は亜人種を嫌い、恐れるようになってしまったという。
百五十年かけて彼らに対する恐怖心は薄れつつあるものの、偏見や差別はより強くなってしまった。
今では隠れて暮らすようになっている。
百五十年。
人類は世代交代を終えて、当時のことを知る者はいない。
が、彼らは違う。
覚えている。
血で血を洗う戦乱の時代を。
人に対して抱いた憎しみは、百五十年経とうと消えることはない。
故に彼らは願うのだ。
人類に染まってしまった世界を変えて、自分たちの理想の世界を作ることを。
◇◇◇
「殿下! 王都中で噂が広まっております」
「それがどうした?」
「どうしたと……殿下が連れてこられたあのエルフが原因です! 何かしら対策を取らなくては、我々の信用に影響します!」
「所詮は噂だ。収まるのを待つのが利口だろう」
「殿下!」
殿下は時計を確認して、会議終了時刻になると即刻部屋から出ていく。
専属騎士である私も同行していた。
あまりいい空気ではない。
会議には大臣だけではなく、陛下も参加されている。
ずっと黙っていたが、殿下が出ていく直前に、声をかけていた。
「ラインハルト、後で話がある」
「わかりました。後ほど伺います」
会議室を出て、一旦は執務室へと向かう。
道中、会話はなかった。
執務室に到着すると、ステラと一緒にリズがいた。
申し訳なさそうな顔をしている。
殿下を見るなり、彼女は頭を下げた。
「あの……ごめんなさい」
「なんで謝る?」
「だって、私がいるせいで迷惑をかけて」
「くどいな。何度も言っているだろう? お前は何も気にすることはない。全て俺が決めたことだ。誰にも文句は言わせない」
「でも……」
「辛気臭い顔をするな。お前はもう俺の侍女だ。堂々としていろ」
殿下がリズに優しいのは、彼女とミトス様が重なるからだろう。
生まれや境遇で差別され、辛い日々を送ってきた。
「大体、亜人種だから悪などと勝手に決めつける。その考え方こそが悪だとなぜ気づかない? 俺からすれば、人間のほうがよっぽどあくどいぞ」
「殿下、それはさすがに問題発言ですよ?」
「ふっ、どうだかな」
ステラに注意されて、呆れたように笑う。
皮肉のつもりだったのだろう。
殿下なりに、リズは悪くないと強調したかったのかもしれない。
「父上のところに行ってくる。ミスティア」
「はい」
「お前はどうする?」
「――ご一緒してもよろしいですか?」
「ああ」
殿下はまるで期待していたかのように笑った。
それが嬉しくて、殿下の後に続いて王座の間へと向かう。
今になって緊張してきた。
思えば初めてだ。
国王陛下と、この部屋でお会いするのは……。
選ばれた者しか入ることが許されない部屋に、私は殿下の専属騎士として立ち会う。
「父上、参りました」
「うむ」
この方が現国王、ジグムンド・グランツ陛下。
今年で四十五歳。
王としてはまだお若いが、その風格はまさしく世界最大国家のトップだ。
見下ろされているだけで、背筋がピンと立つ。
陛下と視線が合った。
「ミスティア・ブレイブ」
「はい!」
「話すのは初めてだな。ラインハルトの騎士を務めていると聞く」
「はい。未熟者ではございますが、殿下のお力になれるよう尽力しております!」
「ふむ、よいことだ」
まさか話しかけられるとは思っていなかった。
心臓が飛び出そうなくらい緊張している。
「彼女は俺が同席を認めました。問題ありませんね?」
「無論だ。話もすぐに終わる」
「……あの件ですか?」
「そうだ。お前が連れてきたエルフ……いや、ハーフエルフの少女か。すでに耳には入っているはずだ。どう対処する?」
「父上も……彼女の存在を否定しますか?」
「……」
空気がひりつく。
父と子ではなく、国王と王子として対峙していた。
私は息を飲む。
国王陛下は、どちら側なのだろうか。




