その刃は誰が為に①
ミトス様のご病気について知った私は、空いた時間を使って亜人種について調べることにした。
亜人種にもたくさんの種類がある。
同じ獣人であっても動物の特徴が異なるように。
その種類は細かく分けると二十を超えると言われていた。
「吸血鬼、吸血鬼……」
ミトス様の状態は、まさに吸血鬼種と酷似していた。
驚異的な再生能力と、日の光に極端に弱い肌。
あの異様に白い肌も、太陽の元に出ることができない吸血鬼の特徴と一致する。
彼らはなぜ、太陽の下に出られないのだろうか?
「皮膚が弱い? 私たちだって日焼けはするし……」
そういう特徴だから、と理由をつければおしまいだ。
けれどそれじゃ足りない。
何事にも明確な理由が存在する。
彼らの特徴にも、医学的根拠、もしくは魔法学的な要因があると推測した。
「うーん……ダメだ。これじゃ足りない」
王城の書斎にあった本を漁ったけど、吸血鬼について記されているものは少ない。
亜人種について書かれた本自体が少なかった。
「これ……」
ページがすり減っている。
明らかに何度も開き、読まれた形跡があった。
きっと殿下だろう。
ミトス様のご病気を治したくて、どうにかしたくて調べていたに違いない。
あの殿下が、書斎にある資料に目を通していないはずがないだろう。
つまり、ここにある資料では答えにたどり着けなかったということだ。
休憩を終えて、私は殿下の元へと帰還する。
執務室に入ると、殿下はすでに椅子に座り、テーブルに積まれた資料と対峙していた。
「遅かったな」
「書斎に行っていました。遅れてはいませんよ?」
「……調べものか?」
「はい。亜人種について」
私は殿下の仕事を手伝いながら話す。
「あまり多くありませんでした」
「当然だ。亜人種についての書物など、一般には出回らない。あそこにあるものは、あくまで一般書物だけだ」
「つまり、一般じゃない書物は別にあると?」
「ある。が、見たところで結果は同じだがな」
それらの資料も、すでに殿下が熟読した後なのだろう。
その上での結論なら正しい。
私が見たところで、大した情報は得られない。
「それでもいいなら、そのうち持ってくるが?」
「お願いします」
一応、目は通しておきたい。
私は殿下の助けになりたいのだ。
ならまずは、殿下と同じ地点まで進まなくてはならない。
「他人事なのに熱心な奴だな」
「他人事じゃありません。殿下の将来は、私の将来に直結します!」
「ふっ、俺は王になる気はないぞ」
「殿下……」
まだ意見は変わらないらしい。
私はショックを受ける。
「今のところは、な」
「今のところ?」
「俺には王としての明確なビジョンがない。そんな状態で王を目指すのは、国民に対して失礼だ。ならばまず、それを見つけるのが先決だろう」
「ミトス様のため、ではダメなのですか?」
「いいわけあるか。この国を統べる王だぞ? 肉親のためだけに目指すものじゃない。それこそ国民に対して失礼だ」
「なるほど……」
考えが及んでいなかった。
殿下はしっかり、国民の未来を考えた上で、今の自分では不釣り合いだと判断している。
それは逃げではなく、冷静な分析だった。
◇◇◇
「殿下、少し明るくなりましたね」
「そう見えますか?」
「はい」
夕刻。
仕事が一旦落ち着いたので、ステラのほうを手伝うことにした。
殿下はミトス様の顔を見てくるそうだ。
「ミスティアさんをミトス様に紹介された日からです。あの時、急いで戻られましたけど、何を伝えられたのですか?」
「えっと……色々と差し出がましい真似をしました」
今から思うと、なんて大それたことを口にしたのだろう。
二人の時間に割って入り、王子に対してあのような意見を強い口調で……不敬罪になっても不思議じゃない。
殿下が優しい方でよかったと、胸を撫でおろす。
「殿下に対して説教じみたことをするなんて……命知らずでした」
「ふふっ、そうですね。殿下も驚かれたと思います」
「もうしません」
「どうでしょう? 殿下は嬉しかったと思いますよ?」
「え?」
嬉しかった?
説教されたことが?
キョトンとする私に、ステラ自身も嬉しそうに笑って言う。
「殿下はあの性格ですし、誰より才能があるお方です。だから常に正しい。誰もあの方に意見しません。陛下ですら、強くは言えないくらいです。誰も……殿下を叱ったりはしませんでした」
「恐れ多いことをした自覚はあります」
「ふふっ、だからこそ、ミスティアさんのように本気で怒ってくれる人は初めてだったはずです。殿下にとってそれは、喜ばしいことだったんじゃないでしょうか」
「そう……なんでしょうか」
殿下はいつも正しくて、大天才と呼ばれた彼は、誰かに意見を求めない。
それは無駄だからだろう。
誰かに頼るより、自分で答えを出したほうが正確だから。
他人の意見よりも、自分の意見のほうが正しいと知っているから。
そんな殿下が、ミトス様のことを周りの誰かに縋っていたのは、それだけ追い詰められていたからなのだろう。
今まで、本気で支えになってあげられる人はいなかった。
否、きっと誰も思わなかったのだろう。
あの天才に支えなど、必要ないのだから。
「殿下の騎士がミスティアさんでよかったです。これからも、殿下が間違っていると思ったら、しっかり叱ってください!」
「ぜ、善処します……クビにされたくはないので」
「大丈夫です! 殿下はミスティアさんのこと、信頼しています。そうじゃなかったら、とっくに不敬罪で牢屋行きです!」
「うっ――怖いこと言わないでくださいよ」
でも、そうなのだろうか?
殿下は私のことを、少しは信頼してくれているのだろうか。
もしそうなら、応えたい。
大天才から向けられる期待に。




